複雑で鮮明な炎の物語
「問題は勝利に罪悪感が伴うことだ」。今年の9月にリリースされたアルケミストとWikiとのアルバム『Faith Is A Rock』を除けば前作に当たる『Beware of the Monkey』(2022年)のクローザー「Closing Credits」でマイク(MIKE)はこうラップしていた。そして本作『Burning Desire』のイントロはこうだ。「未来への希望はなく、そこにたどり着く方法もわからない」
その声に続いて、客演のKleinによるスポークンワードが響いてくる。それはアルバムのリリースに当たって公開されたテキストとほとんど同じ内容で、本作のテーマを説明するものだ。「コメディタッチのダークなロマンチック・ホラー。複雑な美しさで覆い隠された、復讐と荒廃に深く根ざした炎の物語。それはリベリアとコートジボワールの国境沿い、ダン族の故郷のどこかから始まる(以下略)」
1998年にニュージャージーで生まれ、5歳でロンドンに移り、12歳でフィラデルフィアへ、16歳でニューヨークへ……というような移住を経て現在はニューヨーク・アンダーグラウンド・ヒップホップを牽引するラッパー/プロデューサーとなったマイク(2015年ごろにsLUmsを設立したメンバーとしても知られている)。彼がアフリカの文化に触れるのは本作が初めてではないが、ともあれ、本作において西洋で育ってきたアフロ・アメリカンである彼が、“復讐”というテーマを扱うとき、そこに複雑な層が形成されることは言うまでもないだろう。ルーツがあるにせよ、西洋で生まれ育った人間がアフリカ大陸から多大なインスピレーションを得て、何かを生み出し成功を手にするとき、文化的な豊かさや広がりは抜きにして、何を感じるのか。マイクは『Burning Desire』でこのようなテーマを明確にすることで、そこにある怒り、孤独、愛、金、セルフケアといった感情や精神、社会の複雑さを複雑なまま、より鮮明に表現している。
さらに言えば、ここにあるリリシズムは素晴らしいビートに後押しされている。大方のトラックは自らがプロデュースを手がけており(クレジットされているdj blackpowerはマイクの別名義だ)、マイクの低く、比較的レンジの狭い声はほとんどサンプルのみで構成された音の中で輝く。例えば「Zap!」ではイントロのブラスが刻まれ、キラキラと反射するシンセの中に放り込まれてうねるグルーヴを生み、彼のメンターとも言えるアール・スウェットシャツとの「plz don’t cut my wings」では、滑らかなストリングスと割れたドラムが調和している。メアリー・J. ブライジの同名曲からのサンプルがピッチシフトされ曖昧さを強調する「REAL LOVE」や、マイクが初めて生楽器を導入(サックス奏者/プロデューサーのヴェンナによるサックス)し、ダラス出身のプロデューサー/シンガー/ラッパーのリヴと共にまどろむ「U think Maybe?」など、(複雑ではあるが)スウィートな瞬間も聞き逃せない。
また、dj blackpower以外にもGawdが「African Sex Freak Fantasy」を、Laronが「Snake Charm」をプロデュースしているが、前者のような荒く歪んだパーカッションの中でもマイクの声が遮られることはない。どのプロダクションもマイクの初期の作品から変わらない大胆さを持った上で、なおかつ洗練され、彼自身の声とシンクロしているように聞こえるのだ。
『Beware of the Monkey』のリリース時、The FADERのインタヴューを「自分以外の誰かがまだここにいて、このクソみたいな状況を生き抜いているのを見ることほど、未来を感じられることはない」と、マイクは締めくくっているが、その言葉を『Burning Desire』を聴いた感想として彼に返そう。全24曲、約51分間、マイクのこれまでで最も長大な作品は、複雑な世界で彼が足掻き続けた末の成果であり、その足掻きこそが未来だと伝えるものである。(高久大輝)
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