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Le Makeup: 微熱

2020 / Pure Voyage
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この心を、この身体を、突き動かす微かな熱

05 August 2020 | By Daiki Takaku

もしかするとここで彼の名前を初めて見るという人がいるかもしれないので、念のため簡単にではあるが先に説明しておこうと思う。プロデューサー兼シンガーであるLe Makeupこと井入啓介は、関西学院大学在学中に作曲へと本格的に取り組みはじめ、ほどなくしてEP『Diegese』を2016年6月に《Wasabi Tapes》からリリース。その後、LAの《Eternal Dragonz》やオーストリアはウィーンの《Ashida Park》など海外レーベルからのリリースも重ねながら、国内のダンスミュージック・シーンで精力的に活動。tofubeatのフックアップよってドラマ『電影少女』の劇伴に参加したことでシーンの外からも注目を集める。そして彼と同じくプロデューサー兼シンガーであるDoveと共に運営する自主レーベル《Pure Voyage》から満を持して(本稿)ファースト・アルバム『微熱』をリリース。全18曲、セルフ・プロデュース。これがもう、本当に素晴らしいのだ。

空間系のエフェクトが多用されているギター・サウンドに着目すれば、本作の音楽性はドリームポップといえるだろう。しかしながら重要なのは、ところどころ歪んだヴォーカルやラップ的な歌唱、リズムマシンによるビート、浮遊感のあるシンセ、環境音など、ロック、ヒップホップ、ハウス/テクノ、エレクトロ、アンビエント……様々な音楽のリファレンスが文脈/歴史に連なるというよりもそれぞれが断片的に混ぜ込まれ、どこか懐かしいようで明確な居場所のない音が鳴っているということ。あらかじめ注意しておくと、この『微熱』をインターネット・ネイティブな若い世代による音楽と切って捨ててしまうのはあまりに早計すぎる。というか、あくまで傾向ではあるが、インターネットによって時間や場所を選ばずに繋がってきた、裏を返せば上の世代にあった現実的な歴史や文脈との繋がりは薄れているのかもしれない彼のような若い世代にとって、ジャンルを跨いだ音楽性を持つことはごく自然であるように思えるし、様々な文脈の影響を受けながらも直接的(物理的にあるいは時間軸に沿って)に繋がっていないという矛盾もこの居場所のなさを感じさせるひとつの要因なのではないか、という考察もできるだろう。また、既にFNMNLで公開されているインタビューの中で「このアルバム制作の伴走者のような楽曲」として公開されているプレイリストを覗いてみれば、そこに並ぶのはUKガラージにインダストリアルな響きを見事に重ね合わせたJam Cityやダンスホールと内省という矛盾を音にしたPalmistryなど、もちろん国内のダンスミュージック史を更新したtofubeatsの名前もある。加えて、そういったジャンルや価値観の折衷的な、あるいは新しい音の探求者たるものの他に、槇原敬之「素直」や原田知世「くちなしの丘」、GOING UNDER GROUND「東京」など時代を選ばぬ美しい日本語詞によって歌われる楽曲が並んでいることも見落とせない。ここに、本作は様々な文脈が断片的に落とし込まれた居場所のない、且つジャンル折衷的な音を言葉によって紡いでいくことが目指されているのではないか、という仮説を導くことも可能であろう。

居場所のない音、それは決して本作が散漫であることを意味しない。全18曲、42分程度というアルバムとしてはコンパクトなボリューム感ももちろん手伝ってはいるが、前述した通り、本作が巨大な塊となって胸を打つもっとも大きな理由は、言葉。情景を描きながらも、苦しみと優しさに満ちた言葉にある。もっというと、内面を誠実に描き出す言葉や環境音と同期するような言葉のチョイスそのものの魅力だけでなく、同じ言葉、あるいは類似した言葉が全体に散りばめられていることにあるだろう。例えば「風/風邪」、「エイ」、「さっき飲んだ酒/さっき飲んだウォッカ」、「わからない/わからなかった」、「悲しみは広ささ/悲しみの広さを」などなど……言葉たちによって過去と現在が縫い合わさり、まるで終わることのないループの渦に巻き込まれていくように、時系列の感覚は薄れていく。だからこそ、冒頭曲「Beginnings」のフックにある“この曲もただの音さ”というフレーズは、表題曲「微熱」で“この音は肌で この言葉は僕の血だ”と反転し(このフレーズは同曲以降、執拗なまでに繰り返し登場する)、強烈に耳に残る。そして終盤、steiとの共作「Watcher」における“変わってく自分を愛してる”という高らかな宣言によって、そこにある覆すことのできない事実と可変的で多層的な価値観が立ち上がる。言い換えるならば、僕と君は違っていて、同じ景色を見ていても同じように見ることはできないという不変の事実と、その圧倒的な壁を前に、それでも君に惹きつけられるように、あるいは君に近づこうと変化していく流動的な生、夜を越えた数だけその内側に宿る複数の声だ。“居場所のない音”と形容したものも、膨大な音楽のアーカイブの中からそれぞれが独自の地平において観測していることによるリスナー/アーティストとしての壁/多様性とそれぞれが内包する複数性を表現しているかのようでもある。Le Makeupは日常を介して、その慢性的な苦しみと、涙が出るような眩い希望を抽出する。

正直なところ、演奏や歌の技術的な面では伸び代を感じる部分もたしかにある。しかし、きっと息をしている間は終わることのない、苦しくも煌めきに満ちた営みについて、すなわち、愛について、音とその言葉をもって描き切った傑作である。そこに漂う曖昧なエネルギーを彼は『微熱』と呼ぶのだろう。本作は2018年の夏、台風が大阪を直撃してから現在に至る2年間の記録/記憶であるというが、同時に多様性と複数性へと捧げられた、時代を貫く普遍的な愛の歌集でもある。愛読書を捨てて、あたためた火を消して、風に揺れる睫毛の先を見つめることの尊さよ。(高久大輝)

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