Review

Lil YachtyJames Blake: Bad Cameo

2024 / Quality Control / Motown / Republic
Back

不安定さに身を委ねる

09 August 2024 | By Tatsuki Ichikawa

迷宮に迷い込むことって、この時代においては、声の大きな人間や具体性を持たない根拠なき自信に盲信し、ついていくことよりも数倍は価値のあることだと私は思う。冷静さを欠いているのか、ふざけているのかももはやよくわからない2024年において。煩わしいナショナリズムやポピュリズムの中で、いかに個が個であることを貫き、尊重できるのか。リアリストであるかもしれない私たちにそれが果たせるのか。それを確かめたいのであれば、“空虚なたくましさ”を疑って、一度迷宮に迷い込んでみよう。

「なんで高いところが怖いの?」
「高所恐怖症の人は大勢いるけど、僕は落ちて地面に激突した時の衝撃が怖いんだ」

キャメロン・クロウ監督による『バニラ・スカイ』(2001年)という映画を覚えているだろうか。このスペイン映画のハリウッドリメイクで、トム・クルーズは出版社の御曹司。父親から継いだ会社を回しながら女遊びに耽る。彼の奔放で恵まれた生活は、彼自身の判断、過ちによって奪われる。かつての自信と恩恵が消え絶望に陥る彼は夢の中で生きることを決める。理想の女性と結ばれ、親友と会社を保ちながら、自らの醜さが消えていくような世界を。ナイーブで身勝手なこの映画の冒頭付近で流れるのは、レディオヘッド「Everything In Its Right Place」(2000年のアルバム『Kid A』収録)だった。

レディオヘッド「Everything In Its Right Place」の不安定な歌声とビートは、まるで抱える不安や繊細さが痺れを切らして苛烈に分裂していくような感覚を秘めており、それはジェイムス・ブレイクの音楽を聴いた時に垣間見える脆さと隣り合わせのようなものであると考えている。

不安定な状態、目の前の現実を目に入れるのを恐れるような、そういう不安感の表れとも言えるかもしれない。現実逃避的なロマンを秘めているリル・ヨッティとのコラボレーションはこの部分をまさに高めている。『Bad Cameo』の2人のコラボレーションは、2人の音楽性を顧みるに必然のようにも見えるが、そういった現実の拒絶、つまり不安定の快楽をとことん追求している。脆さと逃避願望は融合し、巨大な迷宮になる。

このコラボレーションは、エレクトロニックなアンビエントにラップの快楽成分を注ぎ込み、サイケデリックと言うのも違うような、しかし現実的ではない浮遊感のもと、ダークな色調に統一している。加えて、震えるようなふたりの声質は、不安定な感覚を高める。

夢幻的であるが故に頼りなく、脆そうな世界だ。この作品の持つ不安定さは、ダンスフロアのBPMから、だだっ広い空間を演出するような歌声によるスケールの拡大まで、いくつかの表情を持っており、無闇に可能性や予測を導き出したがるものたちを惹きつけないほど、フリーダムな状況下に自ら陥っていると言えるだろう。「Midnight」の美しいビートスイッチ、「Twice」の速まる速度……。規則性、ジャンル、何かに囚われることからはすっかり解放された音楽であるが、同時に安定を手放してもいる。『バニラ・スカイ』や『ザ・ビーチ』(2000年)という映画たちが21世紀の初め頃に、前向きに描写していた主題──夢から目覚めること──はもう無邪気に語れなくなった。現実逃避の切実さ、もっと言えば現実を拒否することの切実さは、シリアスな側面が色濃くなっている。

だからこそ、『Bad Cameo』の最初から最後まで地に足のつかない感覚を肯定したい。それ自体が、そこまでラディカルなものでなくとも。壊れやすさと揺らぎに満ちた、不安定な場所の存在は、むしろ私を安心させてくれるのだ。(市川タツキ)

『Bad Cameo』Official Store
https://badcameo.shop

More Reviews

1 2 3 72