Review

Addison Rae: Addison

2025 / Columbia
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新ポップ・アイコン誕生

30 June 2025 | By Nao Shimaoka

「審美眼は特権だ」とルイジアナ州出身の元TikTokスターが語るのにも、それなりの理由がある。南部の比較的田舎町で育ったアディソン・レイにとって、高校3年生の時にTikTokをダウンロードし、実家の部屋で投稿し始めたダンス動画がすべての始まりだった。幼少期から熱心にダンス教室に通い、ちょうど大学に入学した時期にTikTokのフォロワー数が100万人を超え、彼女は母親と共にロサンゼルスに引っ越すこととなる。以降、映画やコスメの広告塔、EP『AR』(2023年)のリリースなど精力的に活動を続けてきたが、レイは同じルイジアナで育ったポップ・プリンセス=ブリトニー・スピアーズが全盛期に築いたような影響力を手にすることはなかった。

今この記事を読んでいる読者の中に、ここまでの彼女の話に少し戸惑ってる方がいても不思議ではない。しかしそれは、筆者をはじめとする多くのリスナーにとっても同様だった。先行シングル曲「Diet Pepsi」を聞くまでは──。

ファースト・シングルとして最初にリリースされたこの楽曲は、それまで払拭できなかった「ただ動画アプリで踊る子」という偏見を打ち破った完璧なサマー・ポップ・ソングだ。少女の空想を描いたリリックと煌びやかなシンセポップのサウンドの組み合わせが、大衆に強く響いた。そしてこの夢幻的なムードを詰め込んだ初のフル・アルバムが『Addison』である。

「痛みを受け止める/気分を紛らわすためのタバコが必要/すべてのいい出来事が私を待っている/だからばっちりオシャレをしないと」というコーラス部分から、「だからヘッドフォンをつけるの」のラインまで、レイは現実逃避をする人々の気分を代弁(「Headphones On」)。そして、経済的に自立することを説きつつ、マドンナやラナ・デル・レイ、レディ・ガガ、マリリン・モンローの名前を呼び、憧れのポップスターたちに自身を照らして楽観的な価値観を歌う(「Money is Everything」)。家庭内の揉め事や、セレブリティとして大衆に消費され批判の的でいることに対する憤りなど(「Times Like These」)、24歳の心情も垣間見える。

「Diet Pepsi」以降からアルバム・リリース後の今も、アディソン・レイの変貌ぶりと快進撃を作為的なリブランディングと批判をする世論も一部ある。しかし、彼女の音楽に対する純粋な姿勢には、若手プロデューサー=エルヴィラ・アンダーフィヤールドとルカ・クローザー、そしてレイの女性3人でほぼ全ての楽曲を制作した背景を見る限り、彼女たちのケミストリーがただ上手く機能した結果のように思える。

さらに、彼女の再構築を支えたクリエイティヴ面にも触れずにはいられない。チャーリーxcxのショーや映像作品などの総合演出を手がけるディレクター=イモジーン・ストラウスが携わっていることも、レイのTumblr時代風の美意識に貢献している(クレイロもイモジーンの顧客だ)。MV映像や歌詞はセンシュアルな雰囲気を漂わせるが、そこに携わっているプロダクション・チームやスタジオでもメール・ゲイズを感じさせない部分が、彼女が支持を集めている一つの大きな理由だろう。フェミニンな価値観を重視する若者が共感を抱いているのだ。

元TikTokerというラベルから解き放たれるために、世界中のスマートフォン越しに見られる自分とは真逆の世界で、別のペルソナを演じようとするのは、20代前半の女性にとって決して驚くことではないだろう。リリース・パーティーの場としてマンハッタンの地下ナイトクラブ=《The Box》を選び(数日後にロンドンでも開催)、レイは限られたファンにだけ特別にパフォーム。衣装はブリトニーの全盛期を彷彿させ、ヘッドヴォイスを生かしたヴォーカルとダンスで構成されたパフォーマンスは見事なので、ぜひ見ていただきたい。

先行発表されていたトラックは5曲と多めで、アルバムはインタールードで埋めている分余白を感じるが、「Diet Pepsi」から「Fame is a Gun」まで、非の打ちどころの無いシングル展開は今後のポップ・カルチャー史でも言及されていくであろう。ポップスターという偶像は、時代を超えて若者たちの幻想の対象であり続けてきた。その背後にどれほど残酷な現実が潜んでいようとも、人々はなお、彼らに空想を重ね続ける。そしてレイは、まるで当然のように問いかける。「女の子がただ楽しんで何が悪いの?」(Can’t a girl just have fun?)。空想の中に生きながらも、彼女はその構造を誰よりもよく知っている。アディソン・レイの快進撃は始まったばかりだ。(島岡奈央)

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