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Anna Butterss: Activities

2022 / Colorfield Records
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楽器間に織りなすジャズ・ノット・ジャズ

09 August 2022 | By Fumito Hashiguchi

アンナ・バタースのことを最初に意識したのはマカヤ・マクレイヴンの2018年作『Universal Beings』を聴いた時。現代ジャズの最重要作のひとつであるこのアルバムのサイドD、つまりLAセッションの6曲に参加している。その後彼女はジャズ系のみならず、フィービー・ブリジャーズ、エイミー・マン、ササミといったインディー系のアーティストの作品にも少なからず参加し、アップライト・ベースとエレクトリック・ベースを使い分けて演奏してきた。

そしてこの2022年7月に、そういった活動履歴から、つい抱きがちな「LAの優れたセッション・ジャズ・ベーシスト」というイメージを瞬時に無効化するようなソロ作が発表された。

冒頭3曲を聴くだけでも、すべてタイプが異なっている。1曲目はどこかモロッコのグナワを連想させる。アップライト・ベースの音色がグナワで使われる弦楽器、ゲンブリに近いからかもしれない。かと思うと2曲目はYMO『BGM』の中にそっと紛れ込ませておいても、気づかなそうな1分半のエレクトロニック・ミュージック。続いては曲名どおりのかわいらしいコーラスがループされ、ベース、ギター、ドラムスがルーツ・レゲエにも似た隙間のあるゆったりとしたスペースを作っている。

4曲目以降についても、時にはデジタル時代のフュージョンのようなスムースなテクスチャーやシンセの音色がヴェイパーウェイヴうんぬんという註釈無用にてらいなく展開されたりもしていて、風通しの良さを感じさせつつも、ドリーミーにも、ヒプノティックにも、スピリチュアルにも、エクスペリメンタルにも響いてくるのが興味深い。そして全編に渡っての異様なまでの音の良さは特筆すべきものがある。

本作の発端は、LAのレーベル《Colorfield Records》のプロデューサー兼エンジニア、ピート・ミンが自身のスタジオ《Lucy’s Meat Market》にアンナを招いて行われた1日だけのセッション。手応えを感じた2人は予定を変更し、楽曲制作へと発展していったという。

彼との関係性で作られているとはいえ、本作は非常にパーソナルな作品になっており、まずここで聴けるサウンドは、一部のドラムスとサックスを除いて、すべて彼女1人の手によるものである。

作品のテーマに関してもよりパーソナルなものが色濃く反映されている。アンナ・バタースはオーストラリア出身。LAに移住したのは約10年前で、異郷での生活に対する思いや離れてしまった故郷への想い、さらには親友の死が本作の世界観に影響を与えているという。

自身の内にある物語を込めたアートを創り出すにあたって、ストイックに何かを極めるというよりも、出会ったスタジオの中で自由に創造性を発揮し、時にはハードとも取れる実験性を帯びつつも、結果的には耳に入って来やすいサウンドを提示できていることが、シリアスになるほうが容易な今の時代には眩しいものに感じられた。最終曲のタイトルは「制限と独断」。まるでソロ作品そのものの性質を表しているかのようだが、それらが発動する場(本作におけるスタジオ、ひいてはLA音楽シーン)の重要性を感じさせられもする。

立花ハジメが1997年にLowPowersというバンドを組んでアルバムを出した際に、「自分がロックから受けた影響を言葉にするなら、ショックや退廃やギミックなどではなく真摯。この言葉を自分なりに言い換えるとミュージシャンシップになる」といった趣旨のことを発言していたが、本作のミュージシャンシップ=真摯度は非常に高いと思う。ここにあるのはヴァーサタイルな才能というよりは信頼するに足る真摯なミュージシャンシップではないだろうか。(橋口史人)

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