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Смешарики: Мёд

2023 / Riki Music
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Musical Parodyはトレンドの残響音

25 July 2023 | By Shoya Takahashi

苛立ちとか、悲しみとか、もやもやとして晴れない気持ちをとりあえず鎮めるには、私の場合はとにかく刺激の強い音楽が適している。ハイパーポップだとか、学生のころに後追いで聴いた2000年代後半のニュー・レイヴとかがまさにそう。強炭酸のエナジードリンクのように、無理やりにでも心拍数とテンションを上げてくれる音楽だけが頼りになる夜がある。2022年春ごろから話題になっていた「phonk」というタームも、そんな刹那的で即物的な快楽を与えてくれる音楽だった。Spotifyのプレイリスト「phonk」にコンパイルされたその音楽は、歪んだシンセやTR-808のカウベルの音色によるシンプルなリフ、切り刻まれたラップのサンプリング、赤や紫を基調にしたゲームやクルマがモチーフのアートワークなどが特徴。深夜のカーレースを連想させるようなこのジャンルは「drift phonk」と呼ばれるようになった。またTikTokではイラストなどにdrift phonkの楽曲が合わせられた動画が多数アップされていて、それをきっかけにヴァイラル・ヒットした楽曲も数多い。Dxrk ダーク「RAVE」、Kordhell「Murder In My Mind」、MoonDeity「NEON BLADE」、INTERWORLD「METAMORPHOSIS」などが代表的な楽曲といえる。2023年に入るころには早くも下火となっていた実感があるが、今年に入ってからもS3BZS「MONTAGEM – PR FUNK」などヴァイラル・ヒットは生み出されていて、バイレファンキなどと接合しつつ徐々に形式が多様になりつつある楽曲たちはすでにポストphonkとでも呼べるものなのかも。

さて、このСмешарики『мёд』は音楽アーカイヴ・サイト、Rate Your Musicをサーフィンしている時に見つけた作品だ。作品ページにdrift phonk、musical parodyといったジャンルタグが設定されているのと、phonkに似つかわしくないポップなアートワークに興味を惹かれた。調べてみると、『Смешарики(Smeshariki)』というのは2003年から放送されているロシアの子供向けアニメ・シリーズなのだそう。そこで使用されている楽曲のTikTok経由でのミーム化を受けて、既存の楽曲をEDMやトラップやトランス風にリミックスした『Смешарики. Ремиксы(Smeshariki Remix)』(2021年)、その第2弾『Ремиксы 2.2.22(Remix 2.2.22)』(2022年)に続く企画がこの『мёд』というわけだ。ハチミツを意味する『мёд』は、シリーズ開始20周年という節目において、既存の楽曲のリミックスではなく、キャラクター・ボイスをサンプリングした新曲で構成されたEPとのこと。YouTubeのキャプションによると、ハチミツというのは味のジャングルであり喜びの雑木林、すなわち不釣り合いなものの組み合わせとジャンルの実験のことだというのだ。

6曲からなるこのEPのうち、最初の2曲はphonkをフィーチャーした楽曲であることが曲名からも示されている。1曲目「O.M.S.K. Phonk」の、完璧なまでにクリシェをなぞったphonkのパロディにまず笑う。音色の抜き差しを強調したメロディ&ベースといい、「おらおらおらおら!!」とばかり迫り来るような四つ打ちのキックといい、とにかく頭がわるくてテクスチャに耳を澄まさせる隙も与えない強引なビート。思考を捨てて手軽にハイになりたい夜のための音楽≒phonkとして、あまりに完璧である。ミュージック・クリップは、drift phonkというジャンルの既存のヴィジュアル・イメージと『Смешарики』のキャラクターのチャーミングさが融合したものであり、だがそのあまりのベタさにやはり笑ってしまう。2曲目「M.E.D. Phonk」にしてもそう。構成はEDM的なビルドアップ/ドロップに寄っているが、メロディを奏でるカウベルの音色やそのフレーズの単調さはまさにphonk的。時折挿入されるがなり声の持ち主は、アートワークにも描かれているクマのキャラクターのようだが、このしゃがれたような声もまたビジーでノイジーでphonkな気分にとても合っている。よくよく聴いているとその要点やクリシェを抑えきった楽曲は、ある種の雑さや粗さもまた魅力であったdrift phonkと比べると、少しお行儀が良すぎる印象もあるにはある。だがそれによってこのEPの魅力が削がれることはなく、むしろ芸としてのphonkやmusical parody=パロディ音楽としてのおもしろさや、可笑しさを増幅している。

それらphonkを取り上げた楽曲以外にも、4曲目「MEDOMANIA」のジャージー・クラブを意識したビートなど、現行のサウンドに対する試みが感じられる。だがやはりphonkを標榜した2曲に比べるとやはり見劣りするかも。Смешарикиのこのプロジェクトに魅力を感じるポイントは、やはりミームに対するパロディ意識のようなものだと思う。YouTubeで公式に配信されている「O.M.S.K. Phonk」が10時間続く耐久動画。AIによって描かれたというアートワーク。パロディは既存のトレンドやミームがあるからこそ機能しうるというもの。音楽は残響音として、アートワークは写し鏡として、ちょっとしたユーモアを織り交ぜながら“いま”を反映する。クリエイターたちの無邪気さや気まぐれさが、日々の気晴らしにもなるような刺激の強い音楽を生み出したことは、初期のphonkの作り手の粗さや奔放さにも通ずるし、それこそがСмешарикиのいう、ジャングルで見つけたハチミツに他ならなかったということだろう。(髙橋翔哉)

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