「多くの人々が薬物乱用に悩まされている。それを乗り越える過程を表現した作品をアートとして形にしたかった」
現代屈指の女性SSW、ワクサハッチーことケイティ・クラッチフィールドが語るアメリカーナと女性同士の連帯
アメリカの田舎町の片隅に潜む、人々の暮らしのダークな死臭やそれに対峙した生命力を歌にしたもの。アメリカーナ、ゴシック・アメリカンと呼ばれる音楽を抽象的な言い回しで表現するなら、さしずめそんなところだろうか。カントリー、フォーク、ブルーズ、ソウル、ブルーグラスといったルーツ・ミュージックに向き合う際、おそらく「生きるということと引き換えの垢や染み」のようなものは放っておいても滲み出てくる。それをいかに現代の息吹の中で、逸話や寓話などではなく、生々しくブラッディな現実の風景として描いていくのか。アメリカーナという音楽の醍醐味は、作る方も味わう方もそこの一点を自覚しているかどうかにかかっているような気がする。
アラバマ州出身のケイティ・クラッチフィールドによるソロ・ユニット=ワクサハッチーのニュー・アルバム『Saint Cloud』。まだコロナ禍の序盤である春先にリリースされたので少しばかり印象が薄くなってしまった感があるが、この作品こそはその点でも今年屈指のアメリカーナ・アルバムだと言っていい。これまでの作品とはうってかわってフォーキーな作風に転じた背後にある、自身のアルコール、ドラッグ中毒との戦い。そこに、幼少時の思い出が刻まれた土地や町とシンクロさせて描いた楽曲の数々は、町の中に刻まれた個人の記憶を鮮やかに浮き彫りにさせている。ちなみに、アルバム・タイトルの『Saint Cloud』はミシシッピ川流域のミネソタ中部の町の名前であり、パリ郊外にある歴史的な街(サン=クルー)の名前でもあるが、ケイティの父の出身地でもあるフロリダの同名の町からとったのだそうだ。
加えて、ワクサハッチーは近年の女性アーティストたちの連帯、連携、交流を象徴するようなアーティストでもある。ワクサハッチー、ベドウィン、ハレイ・フォー・ザ・リフ・ラフという女性アーティスト3組は、つい先ごろ、ビッグ・スター「Thirteen」のカヴァーをEPとしてリリースしたばかり。これはコロナ以前に行った3者のコラボ・ツアーの際、ミズーリー州コロンビアでライヴをした時に思いついたアイデアからだそう。そう、ポウジーズのメンバーをバックに従えたビッグ・スターの再結成ライヴ・アルバム『Columbia』はまさにこの地での公演を収録したものだった。土地、町の歴史をそこに重ね合わせていくと、アメリカーナという音楽はきっともっと豊かで刺激的なものへと変化していくのではないだろうか。ケイティ・クラッチフィールドとそんな話をしてみた。
(インタビュー・文/岡村詩野 通訳/原口美穂)
Interview with Katie Crutchfield
——先ごろリリースされた、あなた、ベドウィン、ハレイ・フォー・ザ・リフ・ラフという女性3人で制作したビッグ・スター「Thirteen」のカヴァー・シングルが素晴らしかったですね。そもそも彼女たちとはいつからの知り合いなのですか?
Katie Crutchfield(以下、K):どんなきっかけだったかあまり覚えていないんだけど、多分私が彼女たちのファンだったから提案したんだと思う。あのツアーの一年くらい前までに3人ともアルバムをリリースしていたから、ツアー・サイクルが一緒だなと思って「3人で回らない?」って言ってみたんじゃなかったかな。だから、彼女たちに最初に会ったのはあのツアーの準備の時。ツアーのためにみんなで初めて集まって、すぐに意気投合して仲良くなったの。ビッグ・スターのあのカヴァー曲は、ベドウィンのアイディアだったわ。
――あなたには、そもそも双子の姉のアリソンがいますよね。お二人は長く同じバンド(The AckleysやP.S.Eliot)で共に活動してきました。そして、ソロになった今も、こうしてまた再び女性アーティストと組んでいる……そこには女性同士の結束のようなものも感じることができます。特にあなたは10代の頃、厳格な父親のもと、貞淑な女性としての生き方を求められていたと聞いていますが、女性同士が支え合い、協力しながら生きていくことにはどのような意味があると思っていますか?
K:ええ、それは私にとってとても大きな意味をもつことよ。女性同士で繋がることには自然と惹かれるし、すごく大切なことだと思う。特にベドウィンたち3人で回ったあのツアーはクルーたちも女性だったの。女性が集まると、本当に大きなエネルギーが生まれると思うのよね。勢いや、子供の時に感じていたような興奮を感じることができる。だから、女性同士で何かを成し遂げるのって大好きなの。
――さらにいうと、ベドウィンことアズニフ・コルケジアンはシリア生まれのサウジアラビア育ち。ハレイ・フォー・ザ・リフ・ラフことアリンダ・セガーラはプエルトリコ系。いわば移民文化を背負ったリベラルな二人と共にツアーすることにはまた別の大きな意味があると感じます。南部アラバマで生まれ育ったあなたにとって、彼女たちのような民族アイデンティティのあるミュージシャンと交流することで、どのような刺激や気づきがありましたか?
K:あの二人はすごくユニークだし、それぞれに独特の世界観を持っている。ベドウィンは彼女自身のサウンドにすごくコミットしていて芯があり、ステージへの上がり方も堂々としていて、そこにはインスパイアされたわね。あの姿勢はすごくクールだと思ったわ。彼女はツアーでショーのオープニングの役割を果たしていて、彼女のおかげで、その夜のトーンが最初からビシっと設定されたと思う。ハレイ・フォー・ザ・リフ・ラフのアリンダは本当に素晴らしいソングライター。実はあのツアーで私はちょっとしたアイデンティティの危機に陥ってしまっていたの。前のアルバム『Out in the Storm』(2017年)よりも、今度の『Saint Cloud』ではよりアメリカーナというかカントリーというか、よりそっちの方向に進んでいたから。でも、アリンダのパフォーマンスを見ていて面白いと思ったの。彼女はアメリカーナやカントリーの分野から来ているのに、彼女の音楽にはパンクロック的なエネルギーがあったから。その中間というか。それがすごくカッコいいなって思ったのよね。
――ええ、まさにあなたの最新作『Saint Cloud』は、それまでのあなたのどの作品にもないアメリカン・ルーツ・ミュージックへの踏み込みを感じさせるアメリカーナな内容になっていて大変驚きました。あなたからこういう作品が届くことをずっと待っていたので嬉しくもありましたが、そもそも、今作でこうした方向に舵を切ったのはなにがきっかけだったのでしょうか?
K:自分の中で意識していたわけじゃなかった。本当に自然にそうなっていったの。前の『Out in the Storm』のオーディエンスはいきなりでびっくりしたでしょうけど、私自身にとってはすごく自然の流れと変化だったのよね。ベドウィンとハレイ・フォー・ザ・リフ・ラフのアリンダからツアーでインスパイアされたのもそうだし、ボーイフレンドのケヴィン・モービーからの影響もあったし。彼に会った時、彼の音楽からすごく刺激を受けたの。私の友達や周りにはカントリー、フォークっぽい音楽をやっている人が多いから、その皆との付き合いの中で変化していったんだと思う。私の音楽ってすごくシンプルだから、ある意味何100通りの方法で演奏出来るのよね。今回自分が書いた曲をカントリーっぽくしてみて、「これってこんなに上手くいくんだ!」って思った。そんな過程で、今回の作品が出来上がったというわけ。
――つまり、自然にアメリカーナな作風、作法に寄っていったと。
K:そう。もちろん、自然の流れだったとはいえ、もっとカントリーっぽくしたいという意識はあったわね。このレコードで、私はルシンダ・ウィリアムズから大きく影響されているの。彼女の音楽はメインといえる参照ポイントだったし、レコード制作の間中彼女の音楽から影響を受けていたわ。あとは、今回はあまりヘヴィなギターは使いたくないっていうのもあった。そもそも私はそれがあまり好きじゃなくて、最初のレコードではエレキギターは全く弾いていないの。今回はエレキは使われているけど、私自身はピアノとアコースティック・ギターしかプレイしていない。もう一つは、サウンドをよりクリーンに、シンプルにしたかった。雰囲気に凝りすぎたくなかったというか、ミックスの時は、自分の声をよりクリアにして全面に持って来たかったの。ヴォーカルはエフェクトが殆どかかってなくてすごくクリアになってる。そのあたりが人からも指摘される目に見えた変化だと思うわ。
――あなたのお父さんはカントリー・ミュージックの熱心なリスナーだったそうですね。
K:ええ、両親ともカントリーが大好きだったから、私もカントリーを聴いて育ったの。10代の時にインディー・ロックにシフトしてそっちを自ら聴くようになったけど、カントリーはずっと自分の側にあった音楽だった。で、ここ数年でまたカントリーに火がついて、また聴くようになったの。子供の時に聴いていた音楽を再び訪れた感じ。それと、今回のアルバムに影響しているのは、さっき話したルシンダ・ウィリアムスと、フィオナ・アップル。フィオナと同じような何かを感じさせる歌詞を書きたいと思った。カントリーやフォークって心の痛みだったり何かダークなものがものすごくうまく表現されていると思うんだけど、フィオナって本当にそれが上手いのよね。だから、楽器をシンプルにしてフィオナのような歌詞を歌うヴォーカルを際立たせたかったの。もう一人はSZA。私は彼女の歌い方が大好き。彼女の歌声には様々な感情が詰め込まれてるし、それを聴いて、聴いている側も胸がいっぱいになる。彼女は素晴らしいリリシストでもあるし、内省的なところが好きなのよね。そのパワフルな女性ソングライター3人は、大きなインスピレーションだったわ。
――今回のアルバムはザ・ナショナルのアーロン・デスナーが所有する《Long Pond》スタジオで約半分を制作したそうですが、何がきっかけだったのでしょうか? 実は先日、フリート・フォクシーズのロビン・ペックノールドに取材をしたのですが、彼らの新作も同じ《Long Pond》で制作開始したそうです。
K:そうそう! 私がレコーディングを終える頃にロビンが入ってきたのを覚えてる。私がそのスタジオを選んだのは、アルバムのプロデューサーのブラッド・クックがアーロン・デスナーの友人だったから。最初のレコーディングはテキサスで、それはバンドと一緒のセッションだった。その時は本当にジャムみたいな感じで、皆で音を鳴らしてみるって感じだったの。一方、《Long Pond》でのレコーディングは、私とプロデューサーとエンジニアだけだった。ヴォーカルとテキサスで録ったサウンドの仕上げをしたの。すごくクールなスタジオで、作業には最適の場所だったわ。
――そのプロデューサーのブラッド・クックもそうですが、ボニー・ライト・ホースマンのジョシュ・カウフマンやケヴィン・モービーのバック・ドラマーでもあるニック・キンジーが参加するなど、全体的に、ボン・イヴェール、ザ・ナショナル、フリート・フォクシーズ周辺人脈が濃く、薄く関わっていてとても興味深いですね。彼らはアメリカン・ルーツ・ミュージックを現代にアップデートさせている重要人物たちですが、同じ目線があなたの新作にもあるように思えます。そうした自覚、意識というのはどの程度ありますか?
K:その辺は敢えて意識しないように心がけてる(笑)。ジャンルに関しては、私は渡り歩きたいと思ってるの。今回はたまたま自然とアメリカーナになったけど、このサウンドにコミットするつもりはない。私にとっては1曲1曲が違うし、それぞれの曲を作る時に出来るだけ良い曲を作ることしか考えてないのよね。いつか、60歳とか70歳になったときに振り返って、「ああ、私、あの時アメリカン・ミュージックのアップデート・ヴァージョンを作ったんだな……」とか思えたらいいかな、というくらい(笑)。個人的に、様々なジャンルを渡り歩くことでオリジナルの作品が出来ていくと思っているから。
――曲タイトルが「War」「Hell」「Fire」など、挑発的でありゴシック・アメリカンとも思えるようなものが多い印象です。こうした歌詞のモチーフになっているのはどういうものなのでしょうか?
K:レコード全体のテーマは、共依存と中毒性。私は2年半前にお酒とドラッグを絶ったんだけど、アルバムの内容は主にその話。地に足がついた状態でいること。そして、その問題を抱えた自分以外人たちの話も反映されてる。私にとって、それと向き合うことは大切だった。シラフって本当にクレイジーな個人的旅だし、多くの人々、そしてシラフでない人たちでさえも、薬物乱用に悩まされている。だから、それを乗り越える過程を表現したレコードを作りたかったの。強引にそれを広めたり、大げさにそれを語るんじゃなくて、アートとしてそれを形にしたかったのよね。
――シラフでいようとすることは大変でした?
K:イエスでありノーね(笑)。自分自身にそれが必要だってことは痛感してた。そこから距離を置いて変わりたいっていう気持ちがあったの。だから、大変でもあったけど、やり甲斐以外に感じるものはなかったわ。
――全体的に何かに対する焦燥や怒り、諦念のようなものが感じられる歌詞になっているのも、アルコールとドラッグ依存との闘いが反映されているのですね。
K:そう。レコードの始まりは、私がシラフになり始めた時の様子が描かれてる。正しいこととしているのは承知なんだけど、アップダウンが激しい時。だから、レコードにはその時の怒りやフラストレーションそういったものが出てくるし、レコードに収録されている曲は、それを乗り越えることを歌ったアンセムなの。正しいことをしているのに感じる惨めさ。それがエネルギーになってるんだと思う。怒りというか、激しさかな。でもね、このレコードには怒りやフラストレーションが映し出されているけど、同時に希望も表現されているの。例えば、現在のコロナの状況でも、確かにフラストレーションはあるけど、そこには希望もあるし、そのどちらをも抱えるという状態はみんな同じだと思うのよね。それによってより多くの人が繋がりを感じることになるんじゃないかと思うわ。
――そうした思いに紐づけられるような小説、映画、音楽、体験など何かインスピレーションになったものはありますか?
K:スタジオに入る前……レコーディングを始めた時かな、ちょうどSally Roonyの『Normal People』(2018年の英コスタ賞小説部門受賞作品)を読み終えたの。だから、彼女の本はけっこう鮮明に頭の中にあったわね。あとは、コンテンポラリー・フィクションは沢山読んでた。私、プロからインスピレーションを受けるのが好きなのよね。本を読むのも好きだし、何かいいなと思ったら、そのアイディアはとっておくの。
――アメリカの田舎のダークサイドをえぐり出すような描写からは、ジョニー・キャッシュや70年代のブルース・スプリングスティーン、ウィルコなどを連想します。実際に、あなたが生まれ育ったアラバマの土地の空気などとも何か影響、関連があると考えますか?
K:そうね。ルシンダ・ウィリアムスの話をしたけど、彼女の何が好きかって、彼女は彼女がいる場所をセ鮮明に描き、リスナーをそこへ連れていく。彼女の見たもの、経験がすごく伝わってくるのよね。シーンのセッティングが素晴らしいと思う。私自身も、自分の曲でそれを成し遂げようといつも心がけてる。このレコードでは、それを更に意識したの。だから……私のレコードの多くが、みんなをアメリカ南部、私のホームタウンに導くと思っているわ。
<了>
Waxahatchee
Saint Cloud
LABEL : Merge / Big Nothing
RELEASE DATE : 2020.03.27
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Tower Records / HMV / Amazon / iTunes
Text By Shino Okamura
Photo By Christopher Good
Interpretation By Miho Haraguchi