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〜月面とテンガロン・ハットの間で〜
2019年上半期USヒップホップ振り返り&聴き逃し厳禁の重要作をピックアップ!

30 July 2019 | By Sho Okuda

2017年、全米で正式に最も聴かれた音楽ジャンルとなったヒップホップ。同年から数えて3年目の今年は、昨年に比しておとなしめの“前半戦”を終えた感も否めない。それは、昨年でいえば《GOOD MUSIC》からの5週連続リリースや、同レーベルのトップであるプッシャ・Tとドレイクのビーフのような、ラップ・ゲームを揺るがすような大イベントが無かったことに起因するのかもしれない。

その一方で、今年もヒップホップが確かなアップデートを続けていることも事実だ。なんといっても、とにかくLil Nas Xの「Old Town Road」が快調なのだ。彼自身が小学校に赴いて同曲をパフォームした動画がヴァイラル・ヒットしたことも記憶に新しいが、同曲は本稿執筆時点(2019/7/27)で、16週連続でビルボードのシングル・チャート《Hot 100》1位を記録している。これは、マライア・キャリーとボーイズⅡメンの「One Sweet Day」や、ルイス・フォンシとダディー・ヤンキーの「Despacito」に並ぶ史上最長記録だ。「Old Town Road」ヒット前には銀行口座に5ドル62セントしか入っていなかったというそのシンデレラ・ボーイの躍進は、簡単に止まる気配を見せない。

テンガロン・ハットとウェスタン・ブーツに身を包みパフォームするLil Nas Xの音楽を、人々は「カントリー・ラップ」と呼ぶ。ヒップホップをはじめとするアーバン・ミュージックとカントリーのリスナー層がこれまでどれだけ乖離していたかを踏まえると、にわかには信じがたい現象でもあるが、ヒップホップが生誕してから45年の歴史がどれだけ予測不能な変化と共にあったかを考えれば、これもそうした数ある変化の一つにすぎないのかもしれない。また、毎年話題となる《XXL Freshman Class》では、史上最多となる3人のフィーメイル・ラッパーが選出された。ジャーメイン・デュプリの小言など滑稽に思えてしまうくらい、フィーメイル・ラッパーたちもバラエティに富み、そして力を得ている。それらを押し進めているのも、Lil Nas Xが言うところの“Can’t nobody tell me nothing”(誰にも何とも言わせない)の精神なのだろう。実のところそれはヒップホップの歴史上、変わらず核にあり続けてきたものでもある。

そんな2019年の上半期に、おそらくビッグ・リリースとして期待されていたであろう作品の一つとして、スクールボーイ・Qの『CrasH Talk』が挙げられよう。同作はQにとって5作目のアルバムだ。これまで基本的に2年以内の間隔でアルバムをリリースしてきたQだが、昨年9月に盟友のマック・ミラー、今年3月に同郷のニプシー・ハッスルと、不世出のラッパー2人が亡くなったことを受け、アルバムのリリースを先送りしていた。そうした事情もあり、『CrasH Talk』は前作『Blank Face LP』(2016年)から約3年ぶりのフル・アルバムとなった。今作のリリースにあたり、Qは二人にトリビュートを捧げている。

前作や、メジャー・デビュー作『Oxymoron』(2014年)のデラックス版が70分前後の長尺だったのに対して、今作は14曲で39分45秒というコンパクトな仕上がり。オープニング・トラックの「Gang Gang」をはじめとして、おそらくは意図したであろう短くシンプルな楽曲構成と、リリックの単純明快さが目立つ。これは、例えば「Prescription/Oxymoron」における物語性を帯びたビート・チェンジあたりと比べると対照的だ。前作からの時間の経過とともに今作への期待が膨れ上がっただけに、このシンプルでミニマムな作風に肩透かしを食らったように感じたのは《Pitchfork》だけではないように見受けられるが、この作風は、近年の再生時間が短いヒット曲の増加や、リリックを覚えてライブで合唱するリスナーの楽しみ方など、少なからずトレンドを意識した結果といえよう。

それでも、スクールボーイ・Qは依然としてスクールボーイ・Qだ。「金庫に死体を積み重ねる」と息巻く「5200」をはじめとしたお得意のGシットは健在であり、所属レーベル《Top Dawg Entertainment》随一のお調子者である彼らしく、トラヴィス・スコットとの先行シングル「CHopstix」や21 Savageを迎えた「Floating」など享楽的な内容の楽曲も目立つ。また、これまでもそうであったように、そのLAのラッパーは時として内省的な一面も見せる。彼が物思いに耽るとき、そのお供はお酒のようだ。6LACKとの「Drunk」をはじめアルコールに言及した曲が多く、「Black Folk」でもグラスの中の氷が小気味好い音を立てる。アートワークで被っている紙袋が、「CrasH」の歌詞に登場するドン・フリオ 1942を買った時のものではないかなどと考察すれば、Qには笑われてしまうだろうか。

今作は特段明るい作風にはなっていないものの、アルバムを出してこんなにハッピーだったことはない、とQは嬉しげだ。そこにはサッカーに夢中な最愛の娘と3匹の愛犬に加え、趣味のゴルフが好影響を及ぼしているようで、ゴルフを通じた新たな人間関係や自然に触れることが良いインスピレーションになっているのだと語る。2017年にジェイ・Zが『4:44』をリリースした際、50セントはそれを「ゴルフ・コースの音楽」と揶揄したが、ある程度のトレンドを意識しつつも自分のやりたいことに正直な、今年33歳を迎える彼なりの「ゴルフ・コースの音楽」が今作『CrasH Talk』なのかもしれない。

今作収録の「Dangerous」で共演したキッド・カディに対し、Qは「『変人でもいいんだ』と思わせてくれた人」とシャウトアウトを送っている。メランコリックな世界観を音楽で表現するカディと、カウボーイの格好をしたLil Nas Xの間で、Qは今日もヘンテコな帽子を被ってゴルフ・コースに出ている。同時に、先述の「CrasH」において、Qは「まだまだ稼ぐべきM(100万ドル)がある/まだまだ破るべきルールがある/娘にも新しい靴を買ってやらなきゃ」とスピットしている。TDEの首脳陣がしばしば口にする“Hustle like you broke”(貧乏であるかのようにハッスルしろ)の精神を、スクールボーイ・Qは忘れていない。(奧田翔)

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Text By Sho Okuda

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