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映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』
普遍性を持った、眩しい青春映画

27 March 2026 | By Kentaro Takahashi

史実に基づいたフィクションという形式を取る音楽映画が海外では量産されている。日本でももっと作られないものかと思っていたら、思いがけぬ話題作が登場した。1970年代の終わりに遡る日本のパンク・ムーヴメントを題材にした、田口トモロヲ監督の『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』だ。原作者はフォトグラファーで、テレグラフ・レコードの主催者でもある地引雄一氏。しかし、彼の同名著書が『ミュージック・マガジン』の別冊として最初に書籍化されたのは1986年のことで、それ自体が記憶の彼方だったから、今頃になっての映画化というのにはかなり驚かされた。

映画は基本的にその地引雄一氏をモデルにした主人公、ユーイチの回想録という形を取る。パンク・ロックに惹かれた彼が、東京ロッカーズというムーヴメントに引き込まれ、カメラマンやツアー・マネージャーとして深く関わり、さらには《ドライヴ・トゥ・エイティーズ》というイヴェントを自ら企て、《テレグラフ・レコード》というインディペンデント・レーベルを興す。時代的には1978年から1985年くらいまでだろうか。地引氏だけでなく、登場人物にはそれぞれモデルがいる。実名はほとんど使われないが、個人もバンドも当時のシーンを知る人間なら、すぐに特定できてしまうだろう。

左からユーイチ(峯田和伸)、サチ(吉岡里帆)、モモ(若葉竜也)

TOKAGEのモモはリザードのモモヨ、ロボトメイヤのサチはゼルダの小嶋さちほ、加代子は高橋佐代子、軋轢のDEEPはフリクションのレック、S-ToraはS-Ken、解剖室の未知ヲはスターリンの遠藤ミチロウ。ごくつぶしのヒロミはじゃがたらの江戸アケミなどなど。物語はかなり史実に忠実で、実在した各バンドの軌跡とも齟齬がない。

それだけに僕は最初のうち、自分の視線の置き場にちょっと困ってしまった。登場人物(のモデル)に知りあいが多過ぎるのだ。主な登場人物では、ちほちゃん、佐代子、S-KEN、アケミ。ゼルダやじゃがたら(JAGATARA)はレコード制作にも関わった。それは時代的にはだいぶ後のことになるが。映画に描かれた時代に会って話したことがあるのはミチロウさんだ(1980年頃)。

前列左からDEEP(間宮祥太朗)、S-TORA(大森南朋)、モモ(若葉竜也)

いずれにしろ、1978年には僕はもう音楽業界に足を踏み入れていたから、リアルタイムで体験している時代状況が描かれる。これは史実をモチーフにしたフィクション映画だよ、と言い聞かせつつも、どうしても自分の記憶と照らし合わせながら見てしまう。すると、若かった頃の自分のアンビバレントな感情が呼び起こされて、むずむずしてきたりもする。60年代のボブ・ディランを題材にした『名もなき者』も、当時の《Newport Folk Festival》の関係者が観たら、こんな感覚に囚われるんだろうか。そんなことを考えてしまう映画体験だった。

映画中でも「東京ロッカーズ」は実名のままだ。あとはファンジンの『ロッキン・ドール』と《新宿ロフト》も実名。1978年に六本木の《S-KENスタジオ》で開かれていたイヴェントである《東京ロッカーズ》に関しては、僕は目撃者ではない。当時の僕の音楽的なテリトリーは渋谷から新宿、そして中央線沿線の奥の方までという感じで、六本木は足を踏み入れるような場所じゃなかった。東京ロッカーズの名は知っていたが、それは業界の年上の人達が仕掛けたものだと思っていた。実際、地引氏やS-KEN、レック、モモヨはみんな上の世代だ。『ロッキン・ドール』を作っていたちほちゃんだけがぐっと年下のはずだが、映画中のサチはそういう感じでは描かれていない。

フリクションのレックをモデルにした軋轢のDEEP(間宮祥太朗)

フリクションを初めて観たのは渋谷の屋根裏だった。《ドライヴ・トゥ・エイティーズ》以後の新宿ロフトを舞台にした日本のパンク/ニューウェイヴはたくさん目撃した。当時、仕事していた雑誌『プレイヤー』の編集部が同じに西新宿にあったので、毎日のように前を通って、パンクスの行列を目にした。あの光景は当時の東京ではかなり異様で、そこまで音楽に関心のないガールフレンドと前を通ったら、何あの人達?と引かれた記憶がある。実は僕自身、その行列にたびたび混じっていたのだが。ロフトによく一緒に行った『プレイヤー』のデザイナーの女子に、「ダメよもう、そんな長髪、アタシが切ってあげる」と言われて、編集部のベランダでジャキジャキのパンクヘアーにされてしまったというのも甘酸っぱい思い出だ。

映画中の新宿ロフトの入り口付近の光景は、そんな当時の雰囲気を見事に捉えていた。そして、そのあたりから僕も本作を楽な気分で楽しめるようになっていった。最高だったのは、インディー制作したシングル盤のプレス上がってきて、ユーイチとサチが二人で駆け出すシーンだ。あのシーンの高揚感は、音楽制作をする者なら誰もが知っているものだろう。題材はパンクだけれど、映画の物語は実はそれほどパンク的なアティテュードに依拠している訳ではない。バンドをめぐるトラブルやストラグルは他の音楽性のバンドでも起こることばかりだし。

シングル盤が出来上がり高揚して駆け出すユーイチとサチ

新宿ロフト以後の時代は僕のリアルタイム体験も深い。新宿《ACB会館》の《天国注射の夜》で初めて江戸アケミが流血するじゃがたらのライヴを見たり。ただ、当時はパンク/ニューウェイヴのミュージシャンはみんな怖い人達だと思っていた。これは微妙な世代の問題でもある。1956年生まれの僕は桑田佳祐や佐野元春の世代。東京ロッカーズは上の世代の人達だったが、80年代になって次々に登場してくるニューウェイヴのバンドは2、3歳、年下の世代からが多かった。1978年には僕は洋楽のパンク/ニューウェイヴに熱中していたが、同世代の友人はほとんどそれに興味を向けなかった。バンド仲間はリトル・フィートやスティーリー・ダンを聴いて、フュージョンのプレイヤーにも興味を持って、みたいな人達。レコ屋でイギリスのヘンテコなバンドを漁っているのは僕だけで、話の合う友人は一人もいなかった。とても孤独だった。

江戸アケミをモデルとするヒロミ(中村獅童)

日本のパンク/ニューウェイヴはそんな僕からすると、上の世代と下の世代のムーヴメントで、そして、どちらの世代も怖かったのだ。常識外れで、きれっきれで。ところが、映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』の中の彼らは存外、普通の若者である。始めのうち、僕はそこに自分の記憶との齟齬を感じていたのだが、ユーイチとチホが駆け出すシーンで吹っ切れた。眩しい青春映画だと思った。当時のパンク/ニューウェイヴのことなど何も知らない人達が観ても、素直に楽しめる、そういう普遍性を持った、現代の青春映画なのだと。

監督の田口トモロヲは僕より少し下の世代。彼がばちかぶりのヴォーカリストとして登場したのは1984年だ。2003年の初監督作品『アイデン&ティティ』はみうらじゅんの漫画を原作とする80年代終わりのバンド・ブーム中のミュージシャンの物語で、脚本は宮藤官九郎、主演は峯田和伸、音楽は大友良英という布陣だった。これは『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』と全く同じだ。その点では、本作は『アイデン&ティティ』の23年後の続編的な色合いも持つ。しかし、バンド・ブームは彼ら自身の体験の中にあるが、東京ロッカーズには誰も間に合っていないという距離感の差はありそうだ。その距離感と23年間の彼らの経験値が『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』にすっきりとしたエンターテイメント性を与えたようにも思われる。

上記布陣は全員がミュージシャンなのに、『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』の主人公はミュージシャンではないというのも面白いポイントだろう。『アイデン&ティティ』では峯田和伸はミュージシャンを演じた。そのステージ・パフォーマンスの自然さは当然のことだった。対して、『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』で彼が演じるユーイチは、ミュージシャンの集団の中にいる、ただ一人だけミュージシャンではない人間だ。この演技が見事だった。ミュージシャンがここまでミュージシャンらしくない人間を演じることができるのか、と思った。このミュージシャンではない人間を語り部とするという構造も、『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』という映画の間口を広くしていると思う。音楽映画のタイプとしては、昨年公開された『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』とも似ている。

もうひとつ、徹底的にラヴアフェアやセックスを物語から排除していたことも、『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』という映画の特徴に思われる。そこまで折り込むとスピードが削がれるという判断だったのだろうか。『アイデン&ティティ』にあった男女模様のグダグダ感などはきれいに消え去っている。パンクスはラヴ・ソングなど歌わないから? いや、彼らも愛やセックスと無縁であるはずはなく、それは別の映画を作りうるようなテーマとして残された気がするが、その分、本作は爽やかな疾走感を持つ青春映画として成り立った。製作陣のその選択に救われて、僕も本作を良質なエンターテイメントとして楽しんだ、とは言えるかもしれない。

最後にひとつだけ、細部のディテールのことを。時代考証はかなり頑張っていると思うが、レコード店のターンテーブルにピッチコントロールが付いていた。テクニクスのSL-1200MK2は1979年発売だからぎりぎりセーフ? いや、ボディがブラックだったので、だとするとSL-1200MK3。1989年発売だ。こういうツッコミは史実に基づく音楽映画のお楽しみ。近いうちに、もう一度見て、さらにネタを見つけたい。(高橋健太郎)



ミュージシャンの峯田和伸がミュージシャンではない役を好演


Text By Kentaro Takahashi


『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』

2026年3月27日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開

監督 : 田口トモロヲ
原作 : 地引雄一『ストリート・キングダム』
脚本 : 宮藤官九郎
音楽 : 大友良英
出演 : 峯田和伸、若葉⻯也
吉岡里帆、仲野太賀、間宮祥太朗、中島セナ
大森南朋、中村獅童
企画製作・配給:ハピネットファントム・スタジオ

©2026映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』製作委員会

公式サイト
https://happinet-phantom.com/streetkingdom


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