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内なる声と対峙する修験者が求めた「平穏」
サーペントウィズフィート、最新作『ディーコン』のポップネスの理由

06 May 2021 | By Nami Igusa

 サーペントウィズフィートが、セカンド・アルバム『ディーコン』をリリースした。正直言うと、私にとって彼の音楽を端的に表現するのは難しく、いつも頭を悩ませてしまう。だが、その歌唱にサウンドに、そしてその存在感に、惹きつけられているのは紛れもない事実だ。エクスペリメンタルなトラックに、ゴスペル由来のホーリーな歌唱。ストイックな繊細さの中に蠢く艶かしい生(あるいは性)の鼓動と死の匂いを感じさせるサウンド。ブラックであり、ゲイであり、クイアである自らのアイデンティティを打ち出したリリック。そうした個性を内包したまま、ストイシズムにとざされていた心の扉をグッと解放してみせたのが今作での大きな進化と言っていいだろう。そんな今作について、私の表現では補いきれない部分を、今回叶った彼自身へのインタビューで得た言葉を借りながら、少し紐解いてみたいと思う。

 前作『Soil』(2018年)の段階では、ニューヨークに拠点を置いていた、サーペントウィズフィートこと、ジョサイア・ワイズ。今作の制作前後からLAに拠点を移したのだそうだが、その背景をこう語る。

 「多くの物理的スペースと静かな時間が必要だったんだ。だから、LAは僕に多くをもたらしてくれる。いわゆる『静かでリラックスさせてくれるもの』が好きなんだ。静かな時間は僕のライティング・スタイルとレコーディングへのアプローチの仕方に影響を与えている。今回のアルバムでは、より成熟して落ち着いたサウンドが必要だと思ったし、僕のヴォーカルにとっても要だったんだ。LAではそれを達成できたと思っているよ」(発言引用はインタビューから、以下も全て同様)

 デビュー作である前作を聴いて私が彼に抱いたイメージは、「ストイックな修験者」だった。華美な装飾を拒み、そぎ落とされたエレクトロニクス・サウンドを細く縒りあわせるように紡ぎ出す繊細な音像。加えて、喉から絞り出すように細く頼りなげなようでいて、その実、針に糸を通すように微細な声の揺れまで表現している独特のヴォーカリゼーションは、彼にとっての音楽の原体験である教会音楽のフィーリングをたっぷりと含んだものであって、そんな側面からも、その身と魂から削り出されるものを彼のルーツであるブラック・ミュージックの源流──主にゴスペルへとまっすぐに捧げているような印象があった。スティーヴィー・ワンダーをさらに硬派にしたような、とでも言えばいいだろうか。

 ただ、そこにはある種の緊張感が常に漂っていたことも否めない。翻って今作を聴いてみると、彼の言う通り、ぐっと軽やかでリラックスしたムードに満ちていることがわかる。ニューヨークでは自分のやりたいことのコンセプトを固めることができたと以前のインタビューで語っていたが、そこで見つけたものを元手に、LAでは纏っていた鎧を剥ぎ取ることに成功したのだろうか。肩の力が抜け、曲調もポップ。包容力と温かさに溢れ、なによりカラフルだ。ヒップホップのようなフロウも聴けるし、ベースミュージックのように低音をブイブイ効かせた曲もある。歌のラインもより明瞭でメロディアスで、ぐっとメインストリームのポップスに近づいた感じさえある。

 「とにかく僕自身がノれるようなハートフルな曲が作りたかったんだ。このアルバムを作るのはとても楽しかった。僕は自分に『どんなアイデアも愚かすぎることはないし、平凡すぎることもない』と言い聞かせてたからね。僕は浮遊感のある作品を作るつもりだったし、実際がそれができて満足している」

 なにせ<恋人と靴のサイズが同じでうれしい>(「Same Size Shoe」)などと、日常のふとした瞬間のささやかな幸せを切り取り、軽やかに歌うのである。愛や欲望についてただ一人、心のうちで煩悶し葛藤していたのがこれまでだとすれば、今作では同じテーマを語りながらも、恋人と顔を突き合わせて笑いあいながら愛や親密さを確認し合っているような人肌の体温を感じさせるものとなっていると言えるだろう。

 そんな変化に、明確なきっかけはあったのだろうか。例えば、このパンデミックはどうだろう。

「実は、このアルバム自体はパンデミックの前から書き始めていたんだ。でも、僕は常に1対1の親密な時間を大切にしているよ」

 きっかけが明確にあるとするならば、今作からの先行シングルでもあり、アルバムのラストを飾る「Fellowship」だろう。トロピカルなビートに乗せた、ストレートで温かなダンス・チューンは、彼のこれまでの音楽性からは想像だにしなかったもの。浜辺で恋人と戯れる様子を映したMVも印象深く、彼がこれまで以上に人と過ごす時間を心の拠り所としていることが伺える。またそれのみならず、<30代になったことを祝福しよう / 今は憂うことより、愛を確かめることに時間を費やしているんだ>という、30歳を迎えた彼自身の人生観の変化を歌ったリリックも耳を引く。

 「30代になった今は、冷静になって自分を見つめ直すことができている。それから、20代の時より静かになったね。今作も、平穏と静寂への欲求を反映していると思うよ」

 静寂、というほど静けさに満ちた作品だとは言いづらいように思うが、とは言え確かに前作よりピンと張りつめたようなサウンドの緊張感はほぐれ、音同士に余白が生まれているのは事実だ。また「僕はずっと(今作でコラボした)ネイオ、Lil Silva、サンファのファンだった。彼らの音楽は、より無防備で遊び心のある人でいたいと思わせてくれる。彼らの曲を聞くたびに、楽しみながら音楽を作っていると感じるし、自分の音楽もそうでありたいと思うよ」とも語ってくれた彼。彼らUKの(ソウル)ミュージシャンはアメリカのそれとは違う遊び心をもっている、という解釈なのだろうか、少なくとも、彼、ジョサイア・ワイズが、これまでになく、平穏の中で無防備なままで居られることを希求したことで、産み落とされたものが今作なのだと言えるだろう。

 ……とそんな言葉にしてしまうと、あまりにありきたりではあるのだが、それは、常にメディアがざわめき、人々が疑心暗鬼に駆られ、自分そのものを見失いがちな、こうしたパンデミックのもとではなおさら、であろう。たとえパンデミックの前に制作されたとは言え、今作はそんな世の中の空気を敏感に察知した作品になっているし、他人との親密さの中から自分自身を見出すということが難しい今の状況下において、それが人間にとって決して欠かせないものであることを改めて認識させてくれる。

 クイアな有色人種であり、異形なエレクトロニック・サウンドでアイデンティティを世に提示するアーティストという点では、イヴ・トゥモアやアルカと並び評されることの多いサーペントウィズフィート。だが、彼ら彼女らに比べ、ジョサイア自身はそのアイデンティティをより自然なものとして受け止め、平穏な日常の中に救済を見つけようとするアーティストなのだということが今作で浮き彫りになったと、私には感じられた。 それは、元をただせばある意味ではキリスト教の教えなのだろうし、彼の徹底した自己の内面との対話と内省によって、思考を削ぎ落とし、自分自身が今本当に求めているものをシンプルに見出した結果なのだとも思う。キャッチーでリラックスしたムードに包まれた今作だが、やはり彼の根っこは「修験者」(今作のタイトル『ディーコン』とはキリスト教の「助祭」、原義は「教会の召使い」)。自分を見失わず、自分に正直であるために内なる声を聞き続ける。アウトプットの形を変えながらも、彼のそんな健康的なストイシズムはこれからも貫かれていくことだろう。(文:井草七海、インタビュー翻訳:相澤宏子)

Photo by: Braylen Dion


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Text By Nami Igusa


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DEACON

LABEL : Secretly Canadian / Big Nothing
RELEASE DATE : 2021.03.26


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