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今年の最重要アルバム『Soil』を発表したサーペントウィズフィート クィアーかつ純然たるR&Bシンガーの妥協なき葛藤のうた

26 July 2018 | By Shino Okamura

今振り返ると、この人物が2016年にデビューしたのは象徴的だった。2016年、それは、ソランジュ『A Seat At The Table』、フランク・オーシャン『Blonde』、ビヨンセ『Lemonade』、カニエ・ウエスト『The Life Of Pablo』、チャンス・ザ・ラッパー『Coloring Book』……これだけの作品が発表になったビッグ・イヤー。そんなシーズンに「Blisters」という5曲入りEPはリリースされた。サーペントウィズフィート誕生の瞬間だった。

足を持った蛇……つまりは蛇足ということになるのだろうか。そんな奇妙な名前を持つサーペントウィズフィートは、現在、本国ではペイガン・ゴスペル、エレクトロニック・ゴスペルなどとして紹介されることが多い。2016年にリリースされたそのEP「Blisters」を手がけていたのがハクサン・クロークことボビー・クーリック(ビョーク、ファーザー・ジョン・ミスティなどの作品にも関わる英国人プロデューサー、クリエイター)だったり、その「Blisters」を出していたレーベル=Tri Angle周辺のmmphやケイティ・ゲイトリー、あるいはクラムス・カジノらとも交流があるように、確かに捻りをいくつも経た末に辿り着いたクィアーな存在と言っていいだろう。そして、実際にこの6月、アノーニなどで知られるシークレトリー・カナディアンからリリースされたファースト・アルバム『ソイル』にはなんとポール・エプワース(アデル、ロード他)が部分的とはいえプロデューサーとして関わっていたりもする。それでも彼は言う、「自分としてはR&Bシンガーだと思っている」と。

グレゴリオ聖歌を現代にアップデートさせ、生きる力のようなものをしなやかに注入したかのごとき、アルバムからの素晴らしい先行曲「Bless Ur Heart」は、確かに伝統的なゴスペルのスタイル、スピリットを継承したものだ。サウンド・プロダクションに作り込んだエクスペリメンタルな踏み込みが強く現れていたこと、そして鼻ピアスやタトゥーともフィットした奇抜とも言えるエッジーなファッションに身を包んでいること、あるいは彼自身ゲイであると認めていること……などなどが、メリーランド州ボルティモア出身、本名をジョサイア・ワイズというこの人物をヴィヴィッドに見せてしまっていたが、その横顔は真摯にブラック・ミュージックの歴史に向き合い、それを受け継いでいこうとするひたむきなアーティストと言っていい。だが、彼はそうした姿勢をストレートには出さない。いや、出せないのだ。感情はたった一つではない、喜怒哀楽いくつもの相反するフィーリングがジワジワと交差するもの、という人間の真理を知っているから。そしてそれこそが長く苦しい、でも生きる喜びをも伝えるブラック・ミュージックの根幹にあることも彼は知っている。だから、サーペントウィズフィートの曲の中では自然と正反対の感情が曲の中に同時に出現するし、だから、ストレートなR&Bシンガーとは(本人の思いとは裏腹に)言い切れない、クィアーなスタイルの表現者になっているのだろう。

「このアルバムは、タイトルに相応しくSoil=(土)のようなアルバムにしたかったんだよ。根があって、しっかりしていて、豊かで……土がもつ素晴らしい性質のある作品にね」。大地をしっかり踏みしめて歌を歌う。なんということだろう! 彼は黒人音楽の歴史がそんな名もなき労働者たちから誕生したこともまた知っているのだ。フジロック・フェスティバルで初来日、この7月で30歳を迎えたそんなジョサイア・ワイズのインタビューをお届けする。最終日のレッドマーキー、絶対に見逃すな。(取材・文/岡村詩野)

Interview with Serpentwithfeet

――大学ではヴォーカル・パフォーマンスを学んでいたそうですね。その頃はどのような音楽家を目指していたのですか?

サーペントウィズフィート(以下、S):そう、フィラデルフィアにあるUniversity Of The Artsという大学に行ってたんだけど、そこではクラシカル・ヴォーカル・パフォーマンスという分野を勉強していたよ。当時はその道に進もうと思っていたんだ。でも卒業してからは自分で作る音楽っていうのが自分にとって大事なものになってきて、今の道に進むことにしたんだよ。

――チベットなどの宗教音楽を聴いて育ったと聞いています。

S:チベットの宗教音楽には触れてはないんだけど、教会の聖歌隊として育ったのは事実だよ。教会で歌うことで、いろんなことを考えたり触れられたりできたと思う。人間関係、恋愛、聖なること……いろんな考えのもとその頃は歌ってたから、そこで得た言葉を今でも歌詞に使っている気がする。そういう環境で吸収したことが自然と自分の身についているんじゃないかな。

――そういえば、2009年には地元ボルティモアで撮影されたビデオ、「Have A Merry Christmas」をアカペラで歌った動画をYouTubeで公開していますね。まだ本名のジョサイア・ワイズ名義だったこの映像を見ると、まだ鼻ピアスもしていないですし、服装も現在のようなクールなものとも違います。

S:ああ、あの映像は僕が公開したものではなく、勝手にアップされてしまったんだ。実はすごく嫌で、削除したいんだけど、やり方が分からなくて(笑)。あの頃は……もう別の人生と言っていいくらい、今の自分とは違う時代だったよ(笑)。

――わかりました(笑)。ただ、その「Have A Merry Christmas」を聴くと、スティーヴィー・ワンダーやカーティス・メイフィールドを思わせる伸びやかな歌声に驚かされます。現在のような圧倒的な個性とクィアーとも言えるスタイルとは異なるオーセンティックな作法。この「Have A Merry Christmas」の時点では、どのような意識で音楽に向き合っていたのでしょうか。スティーヴィーやカーティスのような先達の足跡を純粋に受け継ぎたいという意識もありましたか。

S:ああ、今も昔もR&Bとソウルミュージックが大好きで、それはこれからも変わらない。あの時と比べると僕自身すごく成熟されたと思うし、声も大人になったと思う。これからもどんどん声は成長すると思うし、ヴォーカリストとしてもよりいい歌い手になるには時間と努力が大事だと思う。時間と共にもっといいヴォーカリストとして成長できると思っているよ。

――そこからどのように現在のスタイルへと変化していったのでしょうか。今のお話だと、少なくともヴォーカリストとしての目線は変わっていない、と。ただ、クリエイターとして、表現者として、特にニューヨークに移ってからは大きく改革したのではないか? と想像できるのですが、実際に何があなたの表現力を大きく拡張、飛躍させたのでしょうか?

S:確かにニューヨークに引っ越してからは自分のやりたいことのコンセプトがもっと明確になった気がする。自分の限界を追求して、自分に嚙みつくようなものを作るのが好きなんだ。ニューヨークに来てからそれがより深まったし、形になったと思う。あと、音楽以外に、アートや読書にも貪欲に興味をもって、いろいろ勉強の幅も広げたよ。面白い音楽を作ることって、それだけを目指しても無理だと思うんだよね。実際にいろんなことを吸収しないと。そうしてる中で、自分が何を伝えたいかが明確になって来たんだよね。アメリカに住むブラックで、なおかつゲイでもある、そういう自分のアイデンティティーも大切にしたいって思うようになった。僕の歌詞はそこまでは政治的ではないけど、欲望とか愛情とか願いとか自分の中にある感情を書きたいって思うようになったんだ。その気持ちになった途端、どういう歌詞やサウンドにしたいかという方向性まで明確になった。それから、ニューヨークで出会った人たちにもすごく影響されたと思う。僕と同じくブラックでゲイな人たちもたくさんいて、そういうコミュミニティーに変えられた部分はたくさんあると思う。彼らはすごく強くて堂々としていて、そういうスタンスや、コミュニティーのつながりが僕に自信を与えてくれたと思っているよ。

――ええ、あなたは自身が性的マイノリティであることを自覚し、周囲の多くのインターセクシュアルな友人たちと同様、自身のアイデンティティと格闘することとも向き合ってきた、とインタビューなどで語っていますね。そして、ノーベル文学賞も受賞しているアメリカの黒人女性作家、トニ・モリソンの『ソロモンの歌』(1977年)を同じように悩み苦しむ友達のために繰り返し読んであげていたことが大きな心の変化を生んだとも語っています。そうした自身のアイデンティティに自負を持てるまでにどのような葛藤がありましたか。

S:セクシュアリティ以前に、人として自分がどういうアイデンティティなのかを考え始めたんだ。息子、兄弟、友達という立場を超えて、一体自分とはどういう人なのか? 何を求めているのか? ということを考える中で『ソロモンの歌』という本はすごく刺さったんだよね。この話にはすごく共感できたんだ。彼のアイデンティティや彼の恐怖をすごく理解できたし、すごく自分も動かされた。この本を読んだことで、自分のアイデンティティや状況において、もっと大きな声をあげていいんだという気持ちになったよ。あと、自分に正直でいることを止めてしまっている要素や要因を手放すことの大切さも教えてくれた。僕みたいに、ブラックでゲイで、ブラックでクィアーであることってすごく葛藤だと思うんだ。なかなか正直になれなかったり、苦しんだり。でもこの本を読んだことで、気持ちがすごく開けた。この本のおかげで、今の僕の音楽ができていると思う。今のような感情や言葉は、この本を読まなければ出てこなかったと思う。だから自分にとっては……本当に人生を変えられた本だよ。あとは……そうだな、Yrsa Daley-Wardの『Bones』という本と、Keith Boykinの『One More River To Cross』にもすごく救われたよ。

――なるほど。いや、このアルバムからは、そうした葛藤を経て身につけたのだろう、艶かしいエロティシズムと、その正反対のストイシズムとが同居したようなヴォーカルが凛々しく伝わってくるんです。そうした相反する感覚、対照的な感情を表現することについて、最も難しいのはどういうところだったと言えますか。

S:すごくいい質問だね。この対照的な感情を表現するのは、僕にとってはすごく自然のことのような気がしたよ。実はこの対照的な感情ってみんなにとっても日常に存在しているものだと思うんだよね。例えば、仕事をクビになってしまったことがいい例えだと思う。僕も何度か仕事をクビになっているんだけど、クビになったことで対照的な感情が存在するんだよね。あまり好きではない仕事から解放された喜びと開放感を感じ自分と、それとは対照的に、経済的な安定を失ってしまった恐怖の両方が存在すると思うんだ。だからこういう自然な感情のもと、僕は音楽を作っているよ。例えば恋愛もそうだと思う。誰かを好きになった時、すごく嬉しい感情を噛み締めながらも、うまくいかなかったらどうしようという心配も存在したり。だから人生のすべての物事に、この対照的な感情が存在すると思うんだよね。それを僕たちクリエイターがどう表現するかが大事だと思う。画家も演劇者もすごく上手く表現していると思う。特に、演劇上でそういういろんな感情をモノローグとして表現するのがすごく好きなんだ。喜んだり、叫んだり……いろんな感情の移り変わりを表現しているような演劇にはすごく動かされるよ。人生の10分間って実はすごくいろんな感情が存在していると思うんだよね。だからこそ、僕の音楽もそうでありたい。1曲のうちにいろんな感情を味わえるような音楽にしたいんだ。

――となると、あなたのその奇抜な衣装やファッションは、あなた自身が真摯に自身の心に向き合っていることを、コントラストとして表現しているとも言えますね。実際に、このアルバムの中では、味方も敵も含めて全ての他者と葛藤、対峙している様子がほぼ全編で真摯に描かれている。男も女も、生も死も、もちろんブラックもホワイトも、生音もエレクトロニクスも、相反するあらゆる事象、価値観すべてを一つの枠組みの中で抱擁し、それを自分自身の内面にそっと汲み入れていくような曲が揃っている印象です。あなた自身、そうした相反する両者を自身の表現の中で、どのように咀嚼して伝えているのでしょうか。

S:これを聞いてくれてすごく嬉しいよ。これもすごく大事なポイントだと思う。僕は自分の音楽を通して、僕自身を表現したいと思っているんだ。僕はすごくシリアスなところもあるし、プレイフル(遊び心)なところもあるし、そういう一面が分単位で変わっている気がするんだよね。すごくシリアスで直接的な面もあれば、次の瞬間にはすごくひねくれていたり遊び心溢れていたりして。だから僕の音楽に僕のパーソナリティーが反映されていることはすごく大事だと思うんだ。このアルバムでは、そういう自分のパーソナリティをキチンと出したかった。シリアスな話をしながらも、ユーモアに溢れていなければいけなかったんだ。ハートブレイクを経験した時も、家族の死に直面した時も、感情はいろんな層でできていると思うんだ。感情が一つだったり、無だったりすることなんてないから、だからこのアルバムもそういうアルバムになって欲しかった。僕自身のようなアルバムにしたかったんだ。

――となると、一般的にあなたの音楽に対して紹介される、ペイガン・ゴスペル、エレクトロニック・ゴスペルという呼称でさえも適さない、様々な音楽エレメンツを越境したスタイルなのも至極当然だと感じます。そして、それはどこにプロファイリングされるのかもわからない、非常に危ういものであり、同時に、非常に強いものでもあるように思えますが、あなたはこの作品を通じてそうした安易なレペゼンやプロファイリングに抗っていると言えるのでしょうか?

S:そうだな……僕は自分のことを、R&Bシンガーと思ってはいるんだけど、あまりジャンルとか気にしたことがないんだ。自分としてはどこに属するかなんて考えたことがないから、聴いてくれた人が判断してくれればいいと思う。でももし誰かに聞かれたら、僕は「R&Bシンガーだよ」と答えてる。R&Bの伝統を受け継いでいるとは思っているから。R&Bはいつだってすごく幅広くて、現代的で、未来的で……だからそういう意味でも自分はR&Bの伝統のもと音楽をやってきたと思っているよ。

――伝統を受け継ぎつつ、その枠組みに支配され過ぎない……では、そんなあなたがこのファースト・アルバムの両サイドに、他のアーティストのどの作品を並べてその特異なポジションを伝えますか?

S:うーん、難しいね!(笑) 多分、ブランディのアルバム『Full Moon』と112のアルバム『Room 112』かな。2枚とも僕たすごくよく聴いたアルバムで、すごくクラシックなR&Bのアルバムだと思う。ヴォーカルもプロダクションもドラムも本当に素晴らしいアルバムだと思うんだ。

――ところで、あなたは自身の頭の刺青に“SUICIDE”と“HEAVEN”という文字を入れていますね。それはそれぞれ何を象徴していると言えますか?

S:僕はいつだって生と死を考えていると思う。言葉にするとあまりにも簡易でディープで詩的には聞こえないかもしれないけど、実際に一瞬一瞬が誰かの死なんだよね。人生を考えたりする中で、自分の人生に感謝をする中で、死を考えることは不可欠だと思うんだよね。死があるからこそ、命のありがたみを感じたり。すごく大事なことだと思う。だから僕はそのタトゥーを頭にいれたんだ。今は髪の毛を伸ばしてしまって見えないけどね(笑)。でもまだそこにタトゥーはちゃんとあるよ!

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Text By Shino Okamura

Photo By Ash Kingston


Serpentwithfeet

Soil

LABEL : Tri Angle Records / Secretly Canadian / Hostess
RELEASE DATE : 2018.06.08

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