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【未来は懐かしい】
Vol.69
ドノヴァン
ついに国内盤再発が叶った伝説の来日コンサート作品〜その「独り」の世界を聴く

15 April 2026 | By Yuji Shibasaki

今回紹介するドノヴァンのライヴ・アルバム『Live In Japan: Spring Tour 1973』の存在を私が最初に知ったのは、今から25年ほど前のことだ。当時の私は、既に『Sunshine Superman』(1965年)や『Mellow Yellow』(1965年)等のフォーク・ロック〜サイケデリック・ロック期のドノヴァン作品には親しんでいたものの、彼のその後のキャリアについて知るところは少なく、レコード店で時折見かける70年代以降の作品についても特段関心を示すことがなかった。そんなある日、音楽之友社から出ていた『シンガー・ソングライター 名盤700』というディスクガイド本を手に入れ、ドノヴァンを紹介するページを読んでいたところ、見慣れないライブ盤のジャケットが目に入った。そこでは、当時の私がシンガー・ソングライター系作品の紹介者として全幅の信頼を寄せていたライターの小尾隆が、こう書いていた。


この『Live In Japan: Spring Tour 1973』は、残念ながら未だにCD化されていないが、内容の素晴らしさ故にファンの間で密かに語り継がれてきた名盤だ。「Colours」「Season Of The Witch(魔女の季節)」「Mellow Yellow」など、数々のヒット曲を聴きたければベスト盤を買えばいい。サイケ時代と共振した色彩感溢れる姿を確かめたかったら『Sunshine Superman』他、エピック時代の諸作を聴けばいい。メルヘンチックな世界に遊びたかったら名盤『HMS』もCD化されている。しかし、それらではとうてい補えないドノヴァンの裸の姿がここにはある。
たった一本のギターとハーモニカ。そして喉元で微かに震える歌。いわばそうした“素”の部分だけで、大阪のフェスティバル・ホールと厚生年金会館に集まった聴衆を、ドノヴァンは魅了したのだ。

(2000年7月発売『シンガー・ソングライター名盤700』音楽之友社 142頁)

「そんな作品があったなんて!」このなんともそそられる紹介文に触発されしばらくの間レコード店の「D」欄を欠かさず漁ってみたものの、なかなか見つからないのだ。ある日、ついに中古盤店の壁にかけられた同作に出くわしたものの、そのころはまだ10代の高校生だった自分には到底手の出ない価格……。ということで、いつしかこの『Live In Japan: Spring Tour 1973』は、自分にとって文字通り「幻の名盤」の筆頭的な存在となっていったのだった。その後に至っても一向に再発されないこと、また、YouTube等ネット上でも断片的にしか聴けなかったことも、そうした「幻」化に拍車をかけてきたようなところがある。更に、音楽業界で働くようになった後、事情に通じている方から、長らく再発されない理由にはオリジナル盤発売元の《Epic》およびドノヴァン本人が本作の原盤権を所有していないことが関係しているらしいと聞いたこともあった。

そんなこともあり、結局私はリイシュー盤の発売を待つことを諦めて、それなりのプレミア価格の付いたオリジナル盤を入手することになる。ドキドキしながら針を落とし、「噂に違わず素晴らしい!」と感動したのも思えば既に10年以上前の話。今回、ようやく国内盤再発が叶った本作を聴きながら、まさに「吉報は忘れた頃にやってくる」という格言通りの感慨を味わっているところだ。そして、改めてじっくりと聴き直してみて、何やら若い音楽ファンから忘れ去られているような節がないでもないドノヴァンという稀代のアーティストへの入門編として、ひょっとするとこの『Live In Japan: Spring Tour 1973』こそが最も適した存在かもしれないという気持ちを抱くことになった。

先に引いた小尾の文章からも察される通り、ドノヴァンという人物の商業的な成功、あるいはサイケデリック時代のアイコンとしての絶頂期は、1960年代後半の数年間だった。弾き語りスタイルのフォーク・シンガーとしてしばしばボブ・ディランと比較された初期を経て、名プロデューサーのミッキー・モストと組んでサイケデリック・ロックの意匠をたっぷりまとった作品を連発していた1960年代後期の彼は、まさに新時代の主役ともいうべき存在感を放っていた。いかにもヒッピー的な振る舞いや、ビートルズやローリング・ストーンズを含む華麗な交友関係、東洋の神秘主義思想への傾倒、さらにドラッグにまつわるスキャンダルなどが重なり、彼という存在自体が時代の狂騒的イメージと強く結びついてしまうことにもなった。その一方で、そんな彼が作り出す音楽の繊細さ、ヴィジョンの多様さ、精神的な深遠さは、多くの才能がひしめくフォーク界のみならず、イギリスのロック界全体を見回しても、きわめて稀なレベルに達していたといえるだろう。サイケデリック・ロックやフォークはもちろん、ジャズや時に(プレ)ハードロックの要素をも取り込んだ彼の音楽は、まさに元祖「ミクスチャー」とでもいうべき極めてスケールの大きいものだった。

ところが、さしもの彼も、上述のミッキー・モストと袂を分かつことになった1970年以降は、その歩みに迷いのようなものが見られるようになる。先の引用文で小尾が挙げていた『HMS』(1971年)のように、濃密なメルヘン世界を構築してみせた傑作があったりはしたものの、1972〜3年頃になると、さすがに往時の勢いのままとはいかなくなっていた。そんな中、ミッキー・モストと再邂逅の末にスタジオ・アルバム『Cosmic Wheels』を制作するといった新しい動きもあった。同アルバムは、アイデア豊かなアレンジが施された充実作ではあったものの、ややオーバープロデュースの感も否めず、かつての作品に存在していた深遠な精神性のようなものをそこから聞き取るのは(ごく一部の曲を除いて)なかなか難しい。

そのアルバム発売の直後、1973年3月にドノヴァンは二度目の来日公演のために日本へやってきた。バック・バンドを一人も引き連れずに、アコースティック・ギターひとつを伴って。初日の武道館公演は大盛況で、多くの観客を魅了した。そして、3月25日と翌26日。大阪の地で、ここに収められた伝説的なパフォーマンスを行ったのだ。

本作を聴いていてまず耳を奪われるのは、ソロ・パフォーマーとしての彼の力量、そして集中力の高さだ。いかにかつてスターダムに上り詰めたスターといえども、このような環境下でこれほどまでにリラックスした、だが同時に程よい緊張感を伴った堂々たる弾き語りパフォーマンスを行い得たということは、やはり大きな驚きに値する。

かつてビートルズの面々にフィンガー・ピッキングを伝授したという有名なエピソードからも分かる通り、その指使いは自在かつ巧みで、安定感も抜群だ。一方で、たっぷりとしたストロークの豊かな響き、リズムの正確さ、推進力にもはっとさせられる。バート・ヤンシュやマーティン・カーシーなど、ギターの名手がひしめく英国フォーク界にあって、決して派手さはないものの、彼もまた他の才能に引けをとらない稀代の奏者であることが再確認できる。また、今回の再発盤付属の五十嵐正によるライナーノーツに引かれた本人発言にもあるように、そのリズミックな演奏の背景には、ブルービートなどのカリブ海音楽やジャズからの影響が滲んでいるようだ。更に、独特のヴィブラートを駆使したヴォーカルの技術と、その声に宿る温かな表情もやはり他にはない魅力だ。この声に包まれているだけで、何やら幸せな気持ちになってくる……。

新旧のレパートリーを織り交ぜた選曲も興味深い。直近の『Cosmic Wheels』からの曲はもちろん、コンサート開催時点で未発表の曲も次々と披露してしまうあたり、彼の芸術家としての矜持が色濃く滲む場面だが、それらの曲がおしなべて素晴らしいのだから全く感服するほかない。元来非凡極まる作曲センスを持った人だが、その才気がここでもまさにほとばしっているのだ。特に、「Sadness」、「Your Broken Heart」(いずれもスタジオ版は1974年作『7-Tease』に収録)、「Living For The Love Light」(スタジオ版は1984年『Lady of the Stars』収録)、「Sailing Homeward」(ジャック・ドゥミ監督映画『ハメルンの笛吹き』テーマ曲。後に本ライヴ・テイクにオーバーダブの上1974年作『Essence to Essence』に収録)あたりの美しさはどうだろう。正直に言って、各曲ともにスタジオ版よりもこちらの方がずっと感動的に聴こえる。もし広い会場の中で生演奏を聴いていたら、涙がこぼれるのを我慢できなかったと思う。

加えて、録音の素晴らしさも特筆しておきたい。ゼマティス製アコースティック・ギターの豊かな響き、ドノヴァンの歌声の美しさについては既に述べた通りだが、とにかくPAと録音が素晴らしく優秀なのだ。クレジットによれば、この日のオペレーションとエンジニアリングは、当時《CBSソニー》所属の鈴木智雄が務めていたようだ。彼は、ベック・ボガート&アピスの『Live』(1973年)やサンタナの『Lotus(ロータスの伝説)』、マイルス・デイヴィスの『Agharta』『Pangaea』(ともに1975年)、ボブ・ディランの『Bob Dylan at Budokan(武道館)』(1978年)など、錚々たる作品に関わった名手中の名手なのだが、まさにこのアルバムでも抜群の技術でその場の音をコントロールし、記録している。時折加えられるリヴァーブ等のイコライジングも実に効果的で、その確かな音楽的センスには是非敬意を評すべきだろう。

なお、今回の再発盤には、当時ドノヴァンの発案によって制作せれた短編映画『Yellow Moon』のDVDも収められている。来日公演の様子をはじめ、日本でのオフショットを織り交ぜた本映像は、不勉強ながら私もその存在を全く知らなかったものだ。彼らしい東洋趣味むき出しの内容は、今観るといかにもキッチュで、なんとも牧歌的なオリエンタリズムが横溢するものだが、本ライブ盤に漂うスピリチュアルなムードがどこからやってきたものなのかを知るにあたっても、きわめて貴重な資料になっていると言えよう。

最後に一言。(私自身もニック・ドレイクの大ファンなのであえて言うが)現在、ニック・ドレイクがインディー・ミュージック好きの「基礎科目」のようになって久しいのに比して、その当時彼よりもはるかに知名度・人気度が高かったはずのドノヴァンの音楽が後年世代のリスナーの間でそれほど熱心に聴かれている感じがしないという状況には、何やら歴史の皮肉を感じないではいられない。もちろん、どちらが優れているからどう、とかそういう話ではないし、両者の表現の違いも十分に分かった上で、だ。単純に、(仮にニック・ドレイクのことを好きで)ドノヴァンの音楽を耳にしたことがないという方がいれば、それはいかにももったいない気がするということが言いたいのだ。まずはこの『Live In Japan: Spring Tour 1973』から聴き、その後に『HMS』、『Colours』(1965年)、『Sunshine Superman』(1966年)へと進んでいくのをお勧めしたい。きっと、現在的な美意識と共鳴する何かが見つかるはず──と書いていて最後に気づいたのだが、やはり彼の音楽の何よりの魅力は、それがどんなにきらびやかな色彩をまとっていたとしても、優しく孤独を溶かしてくれるような繊細な表情がそこにはっきりと刻まれているという点にあるのだと思う。その表情を敏感に感じることのできる感性が自分の中にあり続ける限り、私はこれからもずっとドノヴァンの歌を聴き続けると思う。(柴崎祐二)



Text By Yuji Shibasaki


Donovan

『Live In Japan: Spring Tour 1973』


2024年 / ソニー・ミュージックレーベルズ


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柴崎祐二 リイシュー連載【未来は懐かしい】


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