神話なき世界を生き残るには?
“2010年代のロックバンド” ROTH BART BARONのディケイドと、その集大成『けものたちの名前』 #2
ROTH BART BARONのフロントマン、三船雅也へのインタビューの後編。前半では、社会に引かれた見えない線を自ら再定義することへの三船の自然な視点が、彼らの表現の源泉であることが見て取れた。社会をぼんやりと覆っていた、私たちが盲目的に信じていた(部分的には偽りの)“神話”が崩れ去っていった2010年代、社会全体にも意識され始めたその「自分で線引きを再定義する」視点と、磨きをかけてきた彼らの表現が呼応し、エネルギーを増していったのだ。その果実こそが、今作『けものたちの名前』。当初はシンプルでカジュアルな作品を構想していたという今作が、結果的に多くの人の賛同を得ながら大作となったこととも、その流れは無縁ではないはずだ。
後編では、その『けものたちの名前』のキーワードである「けもの」の意味から、けものと人間の境界線を考え直していく。さらに、アルバムが店頭に並ぶリリース日に2週間も先駆けてアルバム全編のストリーミング配信を開始するなど、国内では他にあまり例を見ない方法で音楽を届けようとする彼らに、その真意も問うてみた。
いや、そのやり方を「例を見ない」などと言うのがそもそもルールや線引きに縛られていることの証拠なのかもしれない。音楽の聴かれ方が劇的に変わった今、音楽家がこの先を生き残るには、音楽を届けるためのルールや線引きも、自ら再定義しなくてはいけない。2010年代に愚直に“ロックバンド”であろうとしたバンドの思惑を、さらに掘り下げていこう。
(photo:澁谷 征司 / costume:suzukitakayuki(トップ写真)、取材・文・本文内写真 / 井草七海)
Interview with Masaya Mifune
──『けものたちの名前』というアルバムは奇しくも〈生き残れたら〉という歌詞から始まる(「けもののなまえ」)、というお話が出ましたが、その「けもの」っていう言葉は当然ながら、今作のひとつのキーワードです。ロットは今までの楽曲でも、人間の中のプリミティブなパワーとか、野生性に焦点を当てることが多いですよね。それがこれまでになく直接的に表現された曲だとは思うんです。
三船:そうかもしれないです。ただ、イノセントな部分、プリミティブな部分とかを「少年性」とか「少女性」とか言っちゃうと、それも性別を限定する言葉になっちゃうなと思ったんです。そこで何かいい言葉がないかなと思ったときに、ひらがなの「けもの」って言葉が浮かんで。
──一方で、文明に生かされている部分も今の我々にはあるわけですよね。
三船:そもそも名前をつけるって行為って、人類の文明の象徴じゃない? 熊だったら「自分は熊だ」思わないし、「あいつは白熊だな」とか思わないでしょ。思考をするっていうことは言葉によるものですよね。人間は、そのおかげで文明を持てたわけです。だから、言葉や名前っていうのが人間と動物を分けるものなのかなと。そういう文明的なものと野生的なものがくっついたら面白いなと思って。
──ただ、人間の野生性っていうのが、凶暴さを持つ場面も最近はよく目にします。それこそ言葉でもって、ネット上で人を攻撃したり。本人は理性的で筋の通ったことだと思ってやっていても、その実とても凶暴な衝動や直情的な感情に駆り立てられていて、それが止められない状況になっている光景とか。
三船:自分が圧倒的正義だと思っていることに関して、それを振りかざして人をボコボコにするとかね。その人間の凶暴性は、デジタルの毛皮を纏った獣のようにも見える。人間はなぜ戦いが好きなのか、とか考えると、まだまだ人間も「けもの」だなと思う。
──人間の「けもの」性っていうのは、一方で凶暴な野蛮さという側面もある。だから、「けもの」っていうキーワードは、とても裏表がある言葉だなと思うんです。
三船:そうですね、「けもの」っていう言葉にはいっぱいレイヤーがあると思う。かわいいものにも思えれば、人に襲い掛かる怖さもあったり。別の世界に連れていかれるかもしれないし、でも触ったらすごい心地よいかもしれないし(笑)。
最近目にする話題って、言ってみれば人間の話題ばかりですよね。「新しい植物が生まれた!」とかそういう話題はなくって。だから今作では音を人間っぽくしたくないなっていうのは思っていました。その代わり広くいろんなフィールドが見えるような作品にしたいなと。
そういえば、ちょうどこの作品を作っているときに、国連の会議でグレタ・トゥーンベリさんがスピーチをしていたんです。そんな中で、彼女がスピーチをしたことに対して、反発心を抱く人たちもいた。彼女は子どもだから、大人に利用されてる、とかね。でも、あれを仮におじさんやおばさんが言ったとしてもいいと思うんですよ。でも、年齢とか性別とか、見た目とか、アイコン的な部分で人を決めつけることがあまりに多いんだなと感じて。そこに、人間の野蛮性を見た気がしました。アルバムのタイトルはその段階ではすでに決まってたんだけど、無意識のうちに世の中の空気感を感じ取ってたんだなと思いましたね。
──その話でいうと、今回のアルバムには、13歳のHANAさんが参加されていますよね。HANAさんの声もまた、大人とも子どもとも取れない響きですし、大人と子どもの線引きの再定義ということも、アルバムから感じました。大人と子どもの境界を、意識しないように、作られている。
三船:でもさ、みんな最初は子どもだったわけでしょ。子どもだったときの記憶って…例えば「どんぐり、すげえ!」みたいな(笑)。なんていうか、そうやってある種人間社会を無視して生きられた時期っていうのは全員に共通することですよね。
今回は、幅広い人種、性別、年齢の人をこの世界の縮図みたいにアルバムに取り入れたいなっていう意識があって。HANAの場合は、出会いは偶然だったんですけど、素っ頓狂な歌い方がアルバムに合ってるなと思ったので「よかったら歌わない?」って連れてきたって感じですね。
──ちなみに、今回はアルバムの発売に2週間先駆けて、先行で全編をフルで配信されたわけですけど、これにはどういう狙いがあったんでしょうか?
三船:作品が出来たら早く聴いてもらいたい、っていう思いからです。自分も、ストリーミングで聴いた後で本当に欲しい音楽はCDやレコードを取り寄せたりするようになったし。
音楽の聴き方もそういう意味ではこの10年ですごく変わりましたよね。そこに対して一番いい方法って何かな? と思ったときに、今回の方法がいいんじゃないかと。音楽には、いろんな聴き方があってもいいと思うんです。その多様性に、自分たちも対応していきたいなっていうのが発端でした。レーベルはすごくびっくりしていたけど、最終的には理解してくれましたね。聴いてくれた人たちからの反響もとてもよかったです。
──びっくりもしましたけど、リスナーとしてはめちゃくちゃ嬉しかったですよ。聴いた感想がどんどんSNSにあがってくる状況にもワクワクしました。
三船:単純に、発売日に店頭にCDが並んで、プロモーションして、2週間くらいしたらお店の棚からも消えちゃう、みたいなリリースの仕方って、自分としてももうきついなというか。そのためだけに音楽作っていくのってしんどいなと思い始めていて。既存のシステムの中で音楽を世に出していくっていうことについても、音楽家たち自身は再定義していかないといけないなって。
──決められたやり方に乗っかってルーチンのように、音楽を作ってリリースするということを「こなす」だけでは、ますます疲弊するだけだなとは痛感しますね。本当に、労力をかけて制作されるわけですから、そんな音楽が瞬間的に消費されていくのは、見ていてつらい。
三船:もちろん、自分もCDカルチャーの中で育ってきたから、CDに対する愛着もあるのは確かです。デジタルなものはいつ聴けなくなるかわからない側面も当然あるわけだから、形として残るものがあるっていうのも大事ですね。突然、ある日電子戦争が起こってみんなスマホを使わなくなるかもしれないわけだから。でも今回は、もっといろんな生き方があるじゃん、っていうことを表現してみたかった。
──ちなみに、ロットは作品制作のたびに、クラウドファンディングを意欲的にやられますよね。もちろん、アーティストがそれをやることに対して、疑問を持っている人もいると思うんです。でも、音楽活動をするにあたってクラウドファンディングをやるってことは、音楽を、決められた販売ルートや定められた価格から自由にする取り組みだと私は認識しています。参加者にとっても、自分が面白いと思うことに投資することで、そのプロジェクトがより面白いことになるのだとしたら、それはその人にとってのこの世界に対する能動的なアクションなのだと思いますし。
三船:音楽をやるって、ある種人間の作ったカルマから解き放たれるためにあるものだけど、それが資本主義的な仕組みとかビジネス的な都合を身にまとっちゃうのって、自分で自分を縛ることになっちゃいますよね。
──作品を出すたびにクラウドファンディングで様々な価格帯のプランと、様々なリターンを用意して、それに参加してくれる人に価値を委ねるっていうことも、アルバム全編の先行配信と同じで、バンドがフォーマットやルールから自由になるための実践のひとつですよね。
三船:資本主義を否定したいわけじゃないけど、やっぱりその中でこれから生き残るには、自分がいいと思うものを、自分にとっていいペースで、いいと思う方法で世に出していくっていうことをやるしかないと思う。バンドとして、音楽で自由になるための場所を持ち続けていかないと、続けていけなくなっちゃう気がするし。でもそれは、やっぱりバンドだけではできないと思うんですよね。
──ファンコミュニティの“P A L A C E”(*)が、ロットにとってはまさにそのためのひとつの場になっていますね。
クラウドファンディングやP A L A C Eに参加する動機ってたぶん「バンドを応援したい」というのとは、またちょっと違う気がしてるんですよね。バンド自身もそうだけれど、私も含め参加者自身が、それを通じてなにか決められたあり方──それはありふれた“バンド”と“ファン”というあり方だったりも含め──から自由になろうとする行為なのだと思います。P A L A C Eでのやりとりから、グッズのアイディアが生まれたり、ファンがコーディネートしたプラネタリウムでのライブが実現したりしましたしね。
*P A L A C E: ROTH BART BARON自身が運営するFacebook上のファンコミュニティ。バンドの活動からそれ以外のちょっとした話題までも、バンドをふくめたコミュニティのメンバー同士の交流の場となっている。
三船:もちろん、誰が責任を取るの? という社会性をまとってくると、どうしても制約が出てくる。けど、もしかしたらクラウドファンディングやストリーミングでの先行配信とかをすることで、今まで誰も作り出したことのない音楽や体験を生む可能性がまだ残ってるから、そのアイディアに賭けたいなと思っています。今回みたいなやり方だって、10年後にはあるかどうかもわからないですけどね。でも、思いついちゃったら、できる人がやるべきだなって。
そうした自分たちなりの音楽のやり方を編み出していくことは、メインストリームの音楽とも共存できるようにも感じているし。例えば、最近ではa flood of circleの佐々木君が声をかけてきてくれたり、アジカンのゴッチが僕らをフックアップしてくれたりっていうこともあって。それをこれからどう枝葉を伸ばして育てていこうかなということには、今すごく興味があります。
──小さシーンの中で閉じこもろうとか、ここが自分たちの居場所だからメインストリームには興味ないっていう姿勢では決してないってことですよね。
三船:物事を二つに分けてシンプルに落とし込んでしまうのは楽だけれど、「俺とお前は違う」って言ってしまうのって実はすごく危険だと思うし、一方で、そうやって物事を分けないでいてよかったなと思うことが最近はたくさんある。こうやって、友達もいっぱいできたしね。だから、物事のグラデーションやディティールの部分をいかに見つめていくか、というのが音楽を通して自分がやらなきゃいけないことだと、今は強く思っています。
■前編はこちら
神話なき世界を生き残るには? “2010年代のロックバンド” ROTH BART BARONのディケイドと、その集大成『けものたちの名前』 #1
■LIVE INFO
<ROTH BART BARON “けものたちの名前” Tour Final – Live at めぐろパーシモン大ホール>
2020年5月30日(土) START 17:30
オフィシャル web 先行販売2020年1月1日(水)AM 0:00〜 1月13日(祝月)23:59(抽選)
全席指定 S席=5,500円 A席=4,500円 B席=3,500円 学生席=1,500円(※入場時要学生書提示)
一般発売2020年2月1日(土)AM 10:00〜
チケット購入はこちら
<参加アーティスト>
ROTH BART BARON三船 雅也 (vo/gt)中原 鉄也 (dr)
with Musicians
西池 達也 (key/ba)
岡田 拓郎 (gt)
竹内 悠馬 (tp/key/perc)
須賀 裕之 (tb/key/perc)
大田垣 正信 (tb/key/perc)
工藤 明 (dr/perc)
ermhoi (vo/key)
HANA (vo)
優河 (vo)
[徳澤 青弦 弦楽カルテット]
梶谷 裕子 (1st vn)
吉田 篤貴 (2nd vn)
須原 杏 (va)
徳澤 青弦 (vc)
映像演出:近藤 一弥共同プロデュース:林口 砂里
Text By Nami Igusa
ROTH BART BARON
けものたちの名前
LABEL :felicity
RELEASE DATE : 2019.11.20
“けものたちの名前” Tour Final – Live at めぐろパーシモン大ホール
2020年5月30日(土) START 17:30
オフィシャル web 先行販売2020年1月1日(水)AM 0:00〜 1月13日(祝月)23:59(抽選)
一般発売2020年2月1日(土)AM 10:00〜
全席指定 S席=5,500円 A席=4,500円 B席=3,500円 学生席=1,500円(※入場時要学生書提示)
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