「変化についての作品を出すことに不安も感じていた」
人間交差点ロスタムが新作で描く変わることを恐れない美学
フランク・オーシャン、ソランジュ、ハイム、チャーリーXCX、アンジェリーク・キジョー、クレイロ、キッド・カディ、カーリー・レイ・ジェプセン、ハミルトン・ライトハウザー……ヴァンパイア・ウィークエンド在籍時代からロスタムが何らかの形で関わっているアーティストは実に多彩だ。それだけに、ソロ名義としては初となった前作『Half-Light』(2017年)が、ソングライティングから演奏、プロデュースまで全て一人で行ったアルバムだったのは少々意外だった。クラシックからジャズ、ヒップホップやアフリカや中東の音楽まで音楽知識の上でも幅広く造詣が深いロスタムは、しかしながら、自身の作品作りにおいては慎重なのか内向的なのか、本当に心を許せる仲間を除けば静かに一人で作業に向き合う傾向にある。だが、それゆえにイラン/ペルシャ系移民の子供として生まれ、ゲイであることもカミングアウトしているロスタムはそのパーソナルな横顔──本音とも告白ともとれる個人としての表現を浮き彫りにしてきた。今年1月、バイデン大統領就任式典で詩人のアマンダ・ゴーマンが詩を披露した映像にロスタムは即興で曲をつけその動画をアップしたが、そこにもまた、彼が彼自身と向き合っている姿が刻まれている。
人間交差点である一方、自分自身を静かに鏡に写すかのような表現者でもあるそんなロスタムのニュー・アルバム『Changephobia』には、少々のミュージシャン仲間が参加している。尤も、プロデュースは今回もロスタム自身。ハイムのダニエル・ハイム、そのハイムの作品にも参加するサックス奏者のヘンリー・ソロモン、ドラムのネイト・ヘッドといったロスタムが時間をかけて交流を深めてきた信頼できるゲストが関わっているものの、ピアノ、オルガン、メロトロン、ウーリッツァー、ギター、ベース、ムーグ、サンプラー、シンセ、ドラム・プログラミング……とありとあらゆる楽器を曲ごとに自らこなして完成させている。しかも、“変化することを恐れるな”とでも言うような強いメッセージを持つアルバム・タイトルに反して、サウンド自体はドラスティックな変化より、じわじわと時間をかけてその境界をなくしていくようなオブスキュアなもの。LAの新世代ジャズとの接点も感じさせるトラックながら、その柔らかなヴォーカルに寄り添うようなコンフォタブルでバウンシーな音質に、穏やかに変化を受け入れようとするロスタムの平静な哲学がみてとれる。
ロスタム・バトマングリ。イラン/ペルシャ系移民の両親の間に生まれた彼は、そのルーツに誇りがあるのか、これまでの作品のジャケットに自分の名前、Rostamをペルシャ語表記「 رستم 」で綴っている。もちろん屋根に寝そべる写真をあしらった『Changephobia』にも。
(インタビュー・文/岡村詩野)
Interview with Rostam
──今年1月、あなたはバイデン大統領就任式典で詩人のアマンダ・ゴーマンが詩「The Hill We Climb」を披露する映像に即興で曲をつけたものをすぐさまYouTubeで公開しました。彼女のパフォーマンスと詩のどういうところにインスパイアされたのでしょうか。
Rostam(以下、R):何が面白いって、アマンダ・ゴーマンのことについて聞かれたのは日本のインタビューが初めてなんだ。アメリカの音楽媒体はまったく興味がないみたいでね(笑)。彼女のスピーチは、彼女の心の奥底から来ているところが好きなんだ。そして、すでに音楽のように聞こえたから、そこに音楽を更に付け足すのは正しい選択のように感じた。彼女の存在やパフォーマンスは僕に確実に勇気や強さを与えてくれたよ。彼女のスピーチにはひっそりとひそめたような政治性があるんだ。彼女がスピーチしたその「The Hill We Climb」、そのタイトルにはすごくたくさんの意味が詰まっている。2021年1月6日に僕たちが目の当たりにした光景というのは…まさに人々が首都を攻略するために丘を登っているようなものだった。その光景を反対の立場にいる人間としての言葉として使うというのは…すごく政治的でパワフル、なによりすごく賢いよね。
──実際、あなたのニュー・アルバムは静かなるパワがみなぎっていて、非常に示唆的でもあると感じました。あなた自身による音作りもかなりハイブリッドですが、歌詞も感情を押し殺してしまうことなく、それぞれの考えを表現することの意味を伝えているようです。その面でもすごく多様で、積極的な発言と意志を明示することを前提にした作品だと感じました。《Nonesuch》から前作『Half-Light』(2017年)を出したあと、今作に向けて、あなたはどこに焦点を置き、どういう位置付けで、どのようなヴィジョンでこの作品の制作に入ったのか詳しく教えてください。
R:クラシック音楽から脱却して、ジャズからの影響を表現したいという明確なヴィジョンは持っていた。あと、僕にとって音楽は内側から湧き上がってくるから、曲をつくるというのはすごく簡単なことなんだ。その代わり歌詞を書くのはすごく時間がかかる。だから歌詞を書くことに注力したかな。曲を書くことを仕事だと思ったことはないんだ。僕のそばにピアノがあれば、なにかしら自分で気にいるものが浮かんでくるからね。僕にとって新しいものを作ること、今まで作ったことのない作品を作ることに焦点を置いたよ。どういう位置づけかは…アルバムが発売されてないから今は答えられないな!(笑)まずは世界中の人たちに聞いてもらわなきゃ。それからもう一度話そう!
──その歌詞の話ですが、アルバム・タイトル曲の歌詞がとても衝撃的あり、とてもシンボリックですね。
was it just changephobia
that made you scared
of the future in front of ya
目の前の未来が怖くて、変化することを恐れる……と解釈できるような歌詞ですが、社会のどういう事象、あるいはあなた自身の心理のどういう欲求がこの歌詞を書かせたのでしょうか。この曲が作られた時のことを教えてください。コロナより前のことですか? それともコロナ以降の社会状況もいくらか影響しているのでしょうか。
R:コーラスのパートから作り始めたんだ。実はコーラスの歌詞は一年以上温めていて、ヴァースを思いつくまでにすごく時間がかかった。特にファースト・ヴァースはこのアルバムのなかで一番最後に書いたものだよ。アイデアが出来た段階で僕は絶対このコーラスを気に入るって確信があったんだけど、それをどうやって生かすかを考えなきゃいけなかったんだ。この歌詞は、自分自身の経験から生まれたものだね。変化について書いてある本を読んで考えたこととか、ベンチで出会った見ず知らずの人に言われた「変化はいいものだから、続けていきなさい」という言葉とかね。そんなこと今まで人に言われたことなかったから、ずっと頭に残っていたんだ。そういう意味でも、このアルバムの曲のほとんどはコロナより前に書いたものだよ。「These Kids We Knew」はパンデミックが始まって、コロナにかかって熱にうなされながら書いた曲だけどね。だから「These Kids We Knew」はコロナからの影響を受けているよ。僕はコロナウィルスは地球温暖化とも関係していると思っているんだ。なぜそれが起こったのかを解明しなきゃいけないのと同時に、これからどうやってそれに対処していくのかも探っていかなきゃいけないよね。コロナは全世界が取り組まなければいけないことことの一例だし、地球温暖化だって同じことだよ。そういった意味ではコロナと地球温暖化は繋がっていると思う。
──変化を恐れないことを前提に、それを妨げるもの、立ちふさがるものを「changephobia」というあなた独自の表現で形にしていますが、それは現世、今の社会の中で何を象徴していると考えますか? 政治や権力、差別や格差といったものだけではない、もっとこれからの時代において恐れるものとしてあなたが想定しているのはどういう感覚なのでしょうか。
R:「Changephobia」というコンセプトとしては…例えば僕たちにとって正しくない事象が起きたときにまず僕たちがとる最初の反応が、それについてネガティヴな感情を抱くことになってしまったり、変化を受け入れれば物事がよくなるかもしれないけど、なかなか新しい環境を受け入れられないということかなあ……。
──なるほど。チャールズ・ダーウィンは「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である(It is not the strongest of the species that survive)」という名言を残しているとされています。ですが、変化したくても勇気が出ない、変化の決意をするまでに時間がかかってしまう、というような人も一定数いますよね。
R:まず、その言葉すごく素敵だね、今まで聞いたことなかった。これからインタビュー受けるときに使おうかな(笑)。「Changephobia」という曲を作るのはすごく長くて大変なプロセスだったよ。このアルバム自体が変化についての作品ともいえるから、アルバムの制作自体もね。実際変化についての作品を出すことに不安も感じていた。だけど同時に口に出すことが安全ではないことを題材にする恐怖を感じるというのもこの作品のインスピレーションになったよ。
──アルバムにはダニエル・ハイムやサックス奏者のヘンリー・ソロモンら親しいミュージシャンが何人か参加しています。今あなたが暮らしているLAには個性的な素晴らしいアーティストが大勢いて、あなたはそうしたコミュニティの中心にいる印象もありますし、プロデュースやコラボレーションも盛んに行っていますよね。一人で変化することの恐怖と戦う一方で、仲間と気軽に交流していく、そのバランスをあなたはどのようにとっていますか?
R:ああ、実はいま休暇でサンフランシスコにいるんだけど、まさにいつもはLAで暮らしているんだ。コラボレーションすることが好きだからね。僕はサックスが入った音楽が大好きだけど、ヘンリーみたいにサックスを吹くことはできないし、一緒に作業することが楽しい。だから一人で音楽をつくるのも大好きだし、プロデューサーとして他のミュージシャンと一緒仕事をするのも大好きなんだ。どちらも楽しむことのできるこの状態が気に入っているよ。僕のなかにある二つの魂を満たしてくれているようなものだね。そしてそれこそがまさに僕のバランスのとり方。どちらもできるっていうことがね。
──では、ジャズやヒップホップからアフリカ音楽、中近東の音楽まであなたの作品の音楽的要素は作品を重ねるたびに広がっていますし、その咀嚼もどんどん高まっています。エリアを超えた様々な地域のフォークロア音楽、最先端の技術に基づく音楽制作、生楽器、エレクトロニクス……あなたの音楽は常にシームレスでボーダーレスですが、そうした音作りにあなたを向かわせている一番のモティヴェイションはどこにありますか?
R:90年代に育ったせいだと思うよ。90年代の音楽にとって、ジャンルというのはとても大切で、そのジャンル間には大きな溝があったと思うんだ。だけど、僕たちキッズはそのジャンルすべてを経験してきたじゃない? だから僕みたいな90年代を経験したキッズたちが成長して、経験したジャンルすべてを詰め込んだような音楽をつくりたいと思うことや、ジャンル間を隔てていた壁を壊したいと思うのは自然なことだと思うよ。
──今作には東京に滞在している時に思いついたフレーズなどが生かされているそうですが、そんな“壁を壊したいと思う”あなたから見た、今の東京はどういうところが魅力的で、どういうところに落胆を感じますか?
R:携帯に入れていた、まだインストだけの曲のアイデアを聞きながら、原宿とかを歩きまわっていたんだ。そう、「From The Back Of A Cab」の一節は日本で書いたものだね。あと、代官山にあるお店にいたときに、たまたま店で流れていた曲があって、それが何だったのか全然見つけられなかったんだ。「4Runner」はその代官山のお店で聞いたけど見つけられなかった曲を、僕が自分で作ったものだよ。東京の良いところは建築物と食べ物、あと落ち着いた雰囲気かな。よくないところは……アメリカ人としてはゴミをどうしたらいいのかいつも迷うね。何マイルも歩いても道にゴミ箱がないでしょ。だからもしゴミを持ってたとしたら、お店の人に捨ててくださいって頼まなきゃいけないじゃない? アメリカではそんなこと聞いたこともないし、もしアメリカで店の人にゴミ捨ててくださいなんて頼んだら出てけって言われちゃうよ。だけど、一回どうやって過ごしたらいいかを学んだら、東京はかなり過ごすのが簡単な都市だと思っているよ。
<了>
Rostam
Changephobia
LABEL : Mastor Projects
RELEASE DATE : 2021.06.04
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