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《NC4K》の元に集結したプロデューサーたち
記念碑的作品Sekitova & isagen『Mirrorcode』が映し出す、豊かな個性に育まれた音楽的土壌

23 December 2021 | By Haruka Sato

Sekitova、isagen、そして7組のリミキサー──blackglassG、Lomax、khatru(パソコン音楽クラブ西山の別名義)、Stones Taro、Pee.J Anderson、in the blue shirt、リョウコ2000──のうち、誰かひとりでも知っていれば、参加プロデューサー全員の名前を必ずどこかで目にしたことがあると言っていいだろう。友人同士であることが告知の際にも触れられていたが、各々の道を邁進しつつ、ときにはパーティーや制作を共にする面々が集結した、関西、いや日本のクラブ・シーンにおける記念碑的作品Sekitova & isagen『Mirrorcode』が届いた。そこに並ぶ名前を見て思わず笑顔になってしまったのは私だけではないはず。

リリースは、東アジアでUKサウンドを推進する存在と海外からも評価されるStones Taroを中心に、Lomax、Pee.J Andersonが運営し、blackglassGやPaperKraftがコアメンバーとして関わる《NC4K》から。2017年に発足した京都拠点のニンジャ・ハウス・レーベルだ。国内外から知名度を問わずレーベルのムードと共鳴するアーティストを取り上げ、継続的に作品を世に送り出している。また、レーベル主催パーティー『PYRAMID』では、京都在住の若手に出演をオファーしたり、同じく2010年代後半から活動を開始した東京拠点のハウス・ミュージック・コレクティブ《CYK》やレイヴプラットホーム、レーベル《N.O.S》とも協働したりするなど、《NC4K》は、いま現在のクラブ・シーンを縦にも横にも編み広げる重要な基点としての役割を担っている。

さて「Mirrorcode」は、大阪在住(2022年から東京へ)プロデューサー、DJのSekitovaと、TREKKIE TRAXに所属し、以前は京都に住んでいた静岡在住プロデューサー、DJのisagenによる共作トラック。この不思議な充足感に満ちたドリーミーな音像のブレイクビーツ・ハウスには、二人が気に入っているゲームの質感、影響を受けた音楽への憧れが詰め込まれているそう。当のゲームのタイトルはわからないけれど、ホワイトノイズとパンフルートのような掠れたシンセがノスタルジアを呼び起こし、キックの鳴りやテンポ感の変化は聴く者をその世界に引き込む。反復するビートに、ベースラインやキラキラとしたシンセ、水泡のような電子音、マイナーの旋律とメジャーのコードなどが順々に重なっていくと、まるで胸の高鳴りを抑えながら未知の空間を歩き進んでいる気分に。光が差し込むようにやさしく曲が閉じるのはどこか儚く、たゆたうシンセと相まって、夢を見ていただけのような気もしてくる。そして、全体を通じた繊細さ、シンセのテクスチャにはisagenのルーツのひとつ、エレクトロニカの色が出ている。また、ダビーでフロート感のある後半にはChristopher Rauが思い出され、その後の跳ねるリズムにやや陽気なウワモノ、徐々に音が引かれていく流れに、曲調は異なるもののAda「robotica」が頭をよぎった。両者ともSekitovaが影響を受けたと述べたプロデューサーだ。

共作という形を取ったSekitovaとisagenだが、二人の音楽性そのものは異なる。SekitovaがDJやトラックメイクで披露する多彩なエレクトロニック・ミュージックの軸はテクノだ。一方、isagenはファースト・アルバム『Sh』でもそうであったように、ポスト・ダブステップが軸となっており、そこにエレクトロニカ、チルウェイブ、ドリーム・ポップなどが合わさるスタイル。またisagenはベーシストでもあり、ポスト・ロック・バンド「POLPTOM」ではボーカル、ギター、プログラミングを務めてもいる。居住地の違いもあり同じパーティーへの出演は滅多にないが、それぞれの場所で活動を重ねてきた二人の妙味が本楽曲で融合していると言えるだろう。

リミックスも順に聴いていこう。M2(blackglassG)はビットクラッシャーのかかった音が特徴的で軽快なテック・ハウス。M3(Lomax)はフェイザーのかかったシンセとループによる没入感が気持ちいい爽やかなミニマル・ハウス。M4(khatru)はリズムの芸が細かく、メディテイティブなディープ・ハウス。M5(Stones Taro)は原曲のノスタルジアを純化したような恍惚感で、ベースが印象的。M6(Pee.J Anderson)はベースラインが高揚感を生み、アグレッシブでメロディアス。M7(in the blue shirt)はボーカル・カットアップの魅力が遺憾なく発揮された明るくウォーミーなトラック。M8(リョウコ2000)は最後に相応しい、ゆったりとした展開の多幸感に満ちた仕上がり。どれもそれぞれ異なる心地よさを持ち合わせた個性溢れる楽曲だ。

冒頭でも触れたように、本作は参加プロデューサー達が友人同士という極めてパーソナルな作品だ。それにもかかわらず、批評的で個性が表出しやすいリミックスという行為を通して集まった楽曲はこのようにバラエティに富んでいる。とすると、この作品は、関西を中心とするクラブ・シーンの音楽的な豊かさを物語っているのではないだろうか。

彼らは早い者では2000年代後半から活動を開始し、今に至るまで作品の制作やパーティー、昨年からは配信企画など多岐に渡る活動を積み重ね、各々の関係を構築すると同時にシーンを醸成してきた。音楽性が近いわけではないSekitovaとisagenが共作するに至ったのも、その積み重ねがもたらしたシーンの音楽的な豊かさがベースにあったからだと窺える。また、この豊かさはSeihoやtofubeatsなどがプロデューサー同士を積極的に出会わせ、関西のクラブ・シーンが発展する土壌を作ってきたからこそ実現しているものだ。そしてそれは現在も積み重ねられている。先述の《NC4K》の在り方のほかにも、たとえばin the blue shirtとStones Taroが主催のDTMワークショップ『POTLUCK LAB.』。この企画をきっかけに、oriik internetというトラックメイカーが活躍の場を広げたり、彼女を含む参加者有志がコンピレーション・アルバム『Track Cruising.』をリリースした。またパソコン音楽クラブ西山が主催のオープンな雰囲気のパーティ『ALTN』もクラブ・シーンの間口を広げている。彼らの活動の積み重ねを収めた『Mirrorcode』、シーンのこれまでに考えを巡らせるとともに行く先に期待が膨らむ。(佐藤遥)


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Text By Haruka Sato

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