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【台湾最新インディー事情】
前編
《LUCfest貴人散歩音樂節》、
台南に集ったインディー・シーン最前線

28 March 2023 | By Yo Kurokawa

台湾インディー・ミュージックの現在地

2022年11月3日夜から6日まで台湾・台南市で開催された音楽フェスティバル《LUCfest貴人散歩音樂節》は2017年に始まり今年で第6回目を迎える。台湾の音楽フェスといえば、台南からも程近い高雄市の野外フェス《Megaport Festival大港開唱》や、台湾の国民的ロック・バンド、五月天が主催する《Super Slippa超犀利趴》(コロナ禍以降は中止が続いている)なども有名だ。その中で《LUCfest》が特徴的なのは、海外から音楽関係者を招いて同時開催される多様なカンファレンスに象徴される「台湾からアジア、更には世界の音楽シーンを繋ぐ」という迷いのないインターナショナルな志向と、台湾でも特にディープな“台南”という街とフェスが深く繋がる地域密着型の開催形式が美しく融合している点にある。

《LUCfest》では、美術館に隣接するイベント会場、アート・ギャラリー、旧公会堂跡地のアート・センター、さらには映画館(!)まで、普段は市民の生活風景になじんでいるお店や施設がライヴ会場に様変わりして数々のショーケースが同時発生的に進行する。ほとんどの会場が徒歩圏内に位置しており、フェス参加者は(身体が一つしかないことを恨みつつ)興味の赴くままあちらこちらへ台南の街を飛び回ることになる。更に会場を一歩出れば街中には台南の多様なレクリエーションが広がっていて、フェス公式の観光タウンマップも提供される。今年は市内中心地のホテル・ドミトリー宿泊付き通し券が販売され、宿泊者限定のワークショップが催されるなどコロナ禍以降の国内旅行需要の高まりにあわせた展開も見られた。

《LUCfest》が私を最も強く魅了するのは、国内外問わず出演者のほとんどが気鋭のインディー・アーティストだということ。これは台北の著名なインディー・レーベル《White Wabbit Records》が主催しているためで、その心躍るラインナップに私は興奮を抑えられなかった。今回は全80組の出演者のうち台湾から61組、海外からは19組という構成で、特に国内組は台湾のインディー音楽アワード「金音創作奬」の最佳新人奬に名前の上がる注目株が多数出演している。

例えばヒップホップ・アーティスト、wannasleepは1stアルバム『裸雀』で2021年の同賞に輝いていて、同じくノミネートされた緩緩 Huan Huanも出演者に名を連ねている。緩緩は、上映作の広告看板を未だに手書きで制作している老舗映画館「全美戯院」のシアタースクリーンの前に設置されたバンドセットで、最新EP『Blue Room Orange Man』の収録曲を含む7曲を惜しみなく披露した。全座席に収まりきらないほど観客で映画館が溢れかえり、各席間の通路にまで押しかけた立ち見客の多さに人気の高さを窺わせた。

「南美里活動中心」は台南市美術館2館に隣接するイベントスペースで、フェス事務局の拠点でもある。このステージに出演したRobot Swingは、受賞は逃したものの2022年の新人奬に1stアルバム『System Booting…』がノミネートされていた。フェス最終日のこの会場ラストの出演で、更にアルコールが持ち込み可能なことも手伝って、Robot Swingのライヴはかなりの盛り上がりを見せた。唐突に始まる謎の腕立て伏せやマイクでギターを弾くパフォーマンスには有り余るエネルギーがみなぎり、ギターの弦が切れてしまうほど激しいインプロヴィゼーションの応酬はインストゥルメンタル・バンドの面目躍如といったところ。

翻って、2022年の新人奬を制したシンガーソングライター、LÜCY。彼女は新人奬以外に最佳專輯奬(ベスト・アルバム賞)を含む計4部門にノミネートされており、弱冠22歳ながらその実力は折り紙付き。旧台南公会堂のクラシカルな洋館建築が魅力的な「呉園藝文中心」のステージで、小さく華奢な身体から堂々としたハスキーな歌声を響かせた。オールスタンディングの会場は汗ばむほどの満員ぶりで、ビリー・アイリッシュを彷彿とさせる内省的なベッドルーム・ポップにひととき酔いしれた。

週末の5、6日には《LUCfest》の一部として《南城市跡音楽祭》が開催された。ヘッドライナーであるタイのPhum Viphuritを除いて、この野外ステージは入場無料。市内からバスで30分ほどの海岸沿いにある会場には飲食ブースが軒を連ね、芝生にシートをひいた家族連れやおじいちゃんおばあちゃんは演奏を観るともなく歓談しており、ゆったりとした時間が流れている。

シンガーソングライターの王彙筑やR&Bシンガー、鄭雙雙などある程度活動歴のあるこのステージの出演陣で、若い層の人気をひときわ集めていたのがJ.Sheon。後ろに従えたベースとドラムの心地よいビートにのせたスムースなヴォーカルでステージに詰めかけた観客を沸かせた。J.Sheonの系譜といえるソウル風マンド・ポップ男性歌手の新潮流、NIOそしてJinboも今後の可能性を感じさせたが、今回の個人的ベストアクトは鶴The Crane。最も楽しみにしていた一人だったけれど、メロウな世界観と体に響く快いビート、中国語と英語を飄々と行き来する甘いボーカルはその期待をはるかに上回って私の胸を打った。未発表曲の嬉しいサプライズを含む全7曲で歓声のうちに《LUCfest》最終日の有終の美を飾った。

メイン会場「南美里活動中心」の外には《LUCfest》の公式Tシャツや出演アーティストの物販コーナーに加えてビール販売ブースがある。Robot Swingの開演を待つ間、現地の人の真似をして会場前の芝生に陣取って缶ビールをぼんやり啜ってみた。アルコールで次第に紅潮してくる頬を台南の気持ちの良い風が撫でていくと、言いようのない幸福感に包まれる。待ち望んでいた日常が、台湾の気持ち良い音楽で体を揺らせる日常が、ふたたび戻ってきたのだ。

台湾におけるアジア諸国音楽の受容

《LUCfest》は台南から世界に向けて開かれたショーケース・イベントとして、各国から気鋭のインディー・アーティストを積極的に招いている。今回は80組中19組と約20%が台湾国外のアーティストという構成だ。もちろんそこにはイギリス、フランス、カナダといった欧米アーティストも含まれるが、そのラインナップは明らかにアジア勢の充実が図られている――タイからは4組、シンガポールと韓国からそれぞれ3組、インドネシアから2組、そして日本からは1組。シンガポール勢はこの中で二番目に多いが、特に《LUCfest》出演アーティストの推薦・選考チームにシンガポール最大級の無料音楽フェスティバル《Baybeats》が名を連ねていることも手伝っているだろう。他の会場へ向かう途中に通りがかった「全美戯院」に驚くほど長い入場待機列を作っていたのがシンガポールのインディー・ロック・バンド、Coming Up Rosesで、この《Baybeats》の推薦だそうだ。

目を引くのは計4組と最多出演数を誇るタイのアーティストの存在感だ。インディー・アーティストでありながら世界的な人気を集めるPhum Viphuritは《LUCfest》初年度である2017年にも出演しており、今回が2度目となる。ヴァイラルヒットとなったシングル「Lover Boy」が2018年リリースであることからも、改めて《LUCfest》の確かな審美眼を感じさせる。今回はヘッドライナーとしての参加で、その期待と人気の高さを窺わせた。

こちらも2021年に引き続き2回目の出演となるシンガーソングライターのNumcha。私が観た全ショーケースの中で、最も多くの人を集め、最も多くの興奮を集めたのが彼女のライヴだった。オール・スタンディングの「呉園藝文中心」の会場は開演前から超満員。昨年10月リリースの1stアルバム『Bloom』の収録曲を中心に持ち時間をオーバーする大盛り上がりを見せた。「すごく楽しい!」と笑顔を弾けさせるNumcha自身の温かでピースフルなフィーリングと、それを上回る熱さで歓迎する観客との間で生まれる好循環にライヴの醍醐味を噛み締めた。

私がこのフェスで最も感銘を受けたAlec Orachiもタイのアーティストである。タイの新進インディー・レーベル《newechoes》でNumchaとはレーベルメイトである彼は、昨年11月23日に日本でも1stアルバム『FREE 2 GO』をリリースしたばかり。ラフな腰パン姿でマイクたった一本掴んでふらりとステージに現れたカジュアルさからは想像もつかない、その強烈なグルーヴとダウナーなパワーに、言葉通り打ちのめされた。彼自身が自らのビートに陶酔していくその体全体を打ち鳴らすようなパフォーマンスは、観客を興奮の渦に巻き込んでいく。2022年の英NMEアワードのBest New Asian Actにノミネートされるなど既に海外からの注目度も高いAlec Orachi、まさにショーケース・イベントらしい幸運な出会いだった。

2018年前後からアジアの音楽を繋ぐキーワードとして「シティポップ」をよく目にするようになったという極めて個人的な肌感覚があるが、この《LUCfest》全体を通していわゆる70年代、80年代日本のポップス的なサウンドはほぼ感じられなかった(当然、「シティポップ」という語はそれを超えてもっと曖昧で多義的ではあるが)。それは《LUCfest》としてのキュレーションはもちろん、現在のアジアのインディー・シーンのムードとがそれぞれ反映された結果だろう。その一方で、アジアのシティポップという地平で落日飛車が果たした役割にも思いを馳せずにはいられない。

今回《LUCfest》のメインアクトとして最も大きく紹介された前述のPhum Viphuritと韓国のO3ohnは、この夏、落日飛車が企画したコラボレーションプロジェクト“Infinity Sunset”に参加している。そして落日飛車のフロントマン、Kuoとのコラボ曲「Merry Midnight」を披露したNumchaのライヴ会場で見かけた、落日飛車のツアーグッズを身に着けたファン! 2016年リリースのEP『Jinji Kikko』が耳の早い海外のリスナーから評価を受け、いち早くUSツアーやアジアツアーで世界中を飛び回っていた彼らだからこそ培われた人脈、肌で感じた現地の最新シーンや流行のサウンド・・・。海外での様々な刺激が国外アーティストとの積極的なコラボレーションワークに繋がっているのだろう。洗練されたそのサウンドがアジアのシティポップという文脈で国際的に受容された落日飛車が、彼らの意図に関わらずアジア各国のポップ・ミュージックのインディー・シーンをハブとして繋いでいく立ち位置になっていった様は非常に興味深い。

日本からの参加アーティストはNTsKiのみと他のアジア諸国と比べて少ないことも印象的で、既にある程度成熟した市場規模を国内に持つ日本と、サウンドとしても興行としても自国から積極的に海外のマーケットへ飛び出していこうとする台湾、韓国、タイなど各国のモチベーションの違いのようなものを感じる。自国以外のフェスやショーケースに参加することで得たコミュニティで新たな楽曲が生まれたり、ステージを観た海外プロモーターから別のイベントに招かれたり、といった有機的なシーンの躍動が確かに生まれているだろうという実感が《LUCfest》には確かにあった。(文・写真/Yo Kurokawa)


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【FEATURE】
台湾最新インディー事情
後編
台北レコードショップで見たインディー音楽界隈
http://turntokyo.com/features/taiwans-latest-indie-scene/

【REVIEW】
緩緩 Huan Huan『Blue Room Orange Man』
http://turntokyo.com/reviews/blue-room-orange-man/

【REVIEW】
Robot Swing『SYSTEM BOOTING…』
http://turntokyo.com/reviews/system-booting/

Text By Yo Kurokawa

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