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ジョニ・ミッチェル『Joni Mitchell at Newport』
今、歌わねばならない歌を歌いたいという意志

06 September 2023 | By Kentaro Takahashi

ジョニ・ミッチェルのアルバムは、リリースがあれば、必ず聴いてきた。僕は移り気なリスナーで、特定のジャンルや特定のアーティストを追い続けることよりは、新しい音楽との出会いを重視する。どんなに敬愛するアーティストでも最良の時期と思えるのは10年間くらいだし、好きなアルバムは2、3枚に絞られていったりする。だが、ジョニ・ミッチェルだけは例外だった。

初めて聴いたのは15歳の時。クラスメイトから貸してもらった『Ladies Of The Canyon』だ。1970年のサード・アルバム。そこから2枚は遡って聴いたが、以後の新作リリースはすぐにチェックしてきた。2023年にリリースされた『Joni Mitchell at New Port』ももちろんである。

とはいえ、2022年の《Newport Folk Festival》でのライヴ・パフォーマンスを収録したこの最新作を聴くことに、ある種の抵抗感がなかったかといえば嘘になる。難病を患い、長く音楽活動を停止していたジョニの復活ライヴ。そこに「老い」や「衰え」を見なければならないことは、先に公開されていたYouTube映像を見れば明らかだった。

思えば、最初に同種の抵抗感を感じたのは2007年のアルバム『Shine』だった。これもジョニの復活作と言えた。1999年の『Both Side Now』、2002年の『Travelogue』と、ジョニは2作のセルフ・カヴァー・アルバムを発表した。とりわけ、CD二枚組、22曲入りの大作となった『Travelogue』は驚嘆すべき傑作だった。ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ブライアン・ブレイドらのジャズメンの演奏、ヴィック・メンドーサのアレンジによる70人編成のオーケストラとともに過去作品をアップデートし、ヴォーカリストとしても細やかに歌い上げていくジョニ。それは彼女の音楽界からの引退宣言であるとも言われていた。

だが、5年後の『Shine』でジョニは再びオリジナル・アルバムに挑んだ。現代状況への危機意識を折り重ねた深みあるソングライティングで、アルバムは高い評価を得たが、僕は一点に強いショックを受けた。ジョニの声が変わってしまっていたことだ。一説にはジョニは喫煙を止めることができず、声を枯らせてしまったのだとも言われる。

2022年の《Newport Folk Festival》はそのさらに15年後。長い闘病生活を経験したジョニがそこに出演すること自体が奇跡だった。ステージは“Joni Jam”という形で、シンガーのブランディ・カーライルを中心とするミュージシャン集団がジョニの曲を演奏し、ジョニもその一員としてパフォーマンスする(中には歌唱・演奏を完全に任せ、聴いているだけの曲もある)。この“Joni Jam”は2015年頃からジョニの自宅で、様々なミュージシャンとともに開かれてきたプライヴェート・パーティだったらしい。その中で、ジョニはリハビリを進めてきたのだと思われる。

YouTube映像で断片的に観ていたジョニのパフォーマンスは、「Carey」や「Big Yellow Taxi」のようなアップテンポの曲では周囲に遅れがちだったり、エレクトリック・ギターを弾いた「Just Like A Train」ではただたどしいリズムにミュージシャン達が必死で合わせる様子が伺えたりで、正直、サプライズ以上のものではないように思えた。しかし、『Joni Mitchell at New Port』というライヴ・アルバムでは、現代の編集〜ミックス技術によって、それらの曲もスムーズに聴けるように仕上げられている。曲順なども実際のステージとは異なっている。《Newport Folk Festival》では「Carey」が1曲目だったが、ライヴ・アルバムは終盤のパーティ状態だった「Big Yellow Taxi」から始まる。そういう意味では純粋なフェスティヴァル出演の記録というよりは、精密なポスト・プロダクションによって、リスニングに耐える構成に到達したアルバムと考えた方が良さそうだ。

音楽的に最もスリリングなのは2曲。ひとつは「Help Me」で、そこにはジョニは参加していない。シンガー/ギタリストのセリース・ヘンダーソンが独自の解釈で、ジョニの難曲を歌い上げる。ギター・ワークも素晴らしい。隣にはブレイク・ミルズがいたのだが、彼はギターは弾かず、シェイカーを振っていただけだ。セリースのフレッシュな才気がほとばしるこの「Help Me」はアルバムの中でも特別な時間になっている。

もうひとつの特別な時間はジョニがソロ・ヴォーカルを取る「Summertime」だ。ジョニはカヴァーにはあまり積極的ではなかったし、ましてやジョージ・ガーシュウィン作の大スタンダードを歌うなど、過去には考えられなかった。ピアノ中心のアレンジはエラ・フィッツジェラルドのヴァージョンに近い。そして、ジョニは今の彼女の声で、今の彼女のフィーリングで「Summertime」を歌う。ギター・ソロを弾くのはセリース・ヘンダーソン。ジャズ&ブルーズを軸としたアメリカ音楽の歴史の中に自身を置いてみることに、ジョニは意識的になっているのかもしれない。思えば、それは2002年の『Travelogue』の頃から覗いていた志向性だったと、この「Summertime」を聴いて、僕は気づくことになった。

多くの曲はステージ上の大勢のシンガー、あるいは客席も参加するシング・アロング形式で歌われ、リード・パートはブランディ・カーライルが取ることが多い。会場では声量的にジョニのヴォーカルは埋もれがちだったと思われるが、ライヴ・アルバムはそれも上手く拾い上げている。ジョニは低いパートでハーモニー・ヴォーカルを加えていることが多いのも分かる。彼女のハーモニーに対する感覚は衰えていないと知ったのは嬉しい。

シング・アロング形式の曲の中でも、ジョニがリード・ヴォーカルの位置を取るのは「Both Sides Now」だ。半世紀以上前に自身が書いた詩に、老いたからこそ見出せる新しい意味を付け加えていくようなこの歌唱も魅力的だ。フェスティヴァルの映像を確認すると、会場ではブランディの声が目立っていたが、アルバムのミックスはそこを抑えて、ジョニの声に焦点を定めている。

「A Case Of You」はブランディ・カーライルとマーカス・マムフォードを中心に歌いだされるが、二番の「I’m a Lonely Painter」という一節からはジョニがリードを取り、回想を綴る形になる。歌詩の最後の「I Would Still Be On My Feet」の部分でジョニのソロ・ヴォーカルが浮き立つように作られているのも、心憎い演出だ。

「A Case Of You」については、いまだにグラハム・ナッシュとの別離を歌った曲だと語られているのを見かけるが、これは明らかにジョニとレナード・コーエンの関係を歌ったものだ。カナダ人のレナードでなければ、「コースターの裏側にカナダの地図と彼の顔を描く」というシーンはあり得ないし、シェイクスピアやリルケの引用も意味もなさない。1967年の《Newport Folk Festival》で、ともにカナダ出身のジョニとレナードは出会っている。ジョニはレナードの詩人としての才覚に心酔し、レナードが暮らすニューヨークのチェルシー・ホテルに自身も移り住んだ。しかし、レナードにとって、ジョニは目の前に現れた若い女の一人に過ぎなかった。

「A Case Of You」は「貴方」を「ワイン」になぞらえ、それは私の血の中に注ぎ込まれたとする。それはジョニがレナードの詩から受けた影響の比喩だ。でも、もう1ケースの貴方を飲み干しても、私は自分の足で立っていられる。最後の「I Would Still Be On My Feet」でジョニはそう宣言する。「A Case Of You」はそういう別離と自立の歌だった。

しかし、2023年に歌われた「I Would Still Be On My Feet」は、もはや故レナードに向けた言葉ではないだろう。それは長い闘病から復活したジョニを祝福する言葉に転化されている。レナードとの出会いから55年後の《Newport Folk Festival》の会場で歌われた「A Case Of You」、最後の「I Would Still Be On My Feet」が引き起こす会場の大歓声はそう思わせる。

この日のステージではジョニはずっと座ったままだった。だが、2023年には僕はまさしくBe On My Feet〜自分の足で立っているジョニを目撃した。3月に行われたジョニのガーシュイン賞受賞セレブレーションの中で、ジョニは「Summertime」を立って歌ったのだ。

さらに、この原稿を書いている途中で、僕は驚くべき映像を目にした。それは6月にワシントン州のゴージ・アンフィシアターで行われた2023年版の“Joni Jam”のエンディングだった。2022年の《Newport Folk Festival》と内容的には重なるが、アニー・レノックスやサラ・マクラクランなども登場し、時間は2時間以上に渡る拡大版。最後は「Both Sides Now」や「Circle Game」のシング・アロングになり、大歓声が湧く。

だが、前年にはなかった光景が出現するのはその後だ。ジョニがエレクトリック・ギターを弾き、一人で歌い始める。曲はアルバム『Shine』のラスト・ソングだった「If」。今のジョニの低い声で歌われてこそ、リアルに響く曲だ。ジョニ独特のギター・コードにマーク・アイシャムのトランペットが絡み、6分以上に渡るジャジーなジャム演奏が展開される。

「貴方は闘える、洞察力があるから」というリフレインが繰り返される「If」に、僕は強いブルーズ性も感じた。60年代〜70年代へのノスタルジアだけでは満足できない、今、歌わねばならない歌を歌いたいというジョニの意志も。『Joni Mitchell at New Port』がジョニの最後のアルバムになるのかもしれない、と思っていたのだが、いや、次が聴きたい。ジョニは次の音楽に向かっているはずだ。猛烈にそう思うようになった。

それまでは未消化だった『Shine』を聴き返すことにしよう。低い声のジョニだから描ける世界があることを僕はずっと見逃していたのかもしれない。(高橋健太郎)


Photo by Nina Westervelt

Text By Kentaro Takahashi


Joni Mitchell

『Joni Mitchell at Newport』

LABEL : Rhino / Warner Music Japan
RELEASE DATE : 2023.07.28

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