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自分の生きていない時間を生きるような感覚
──ブラジル・アラゴアスのビーチより、イタロが送る11編の穏やかな追憶集『Tarde no Walkiria』

06 March 2024 | By Ikkei Kazama

男が浸っているのは夕暮れの湾。それは平日なのだろうか、彼の他に人はいない。遥か後方に見える街は霞んでいて、まるで空想の中のビーチを泳ぎすぎてしまったかのよう。ブラジル・アラゴアス出身のSSW、イタロの最新作『Tarde no Walkiria』は、幻想的なジャケット写真のような(ここではない)場所へと、私たちを案内する。

弾き語りを中心としたファースト・アルバム『Casa』(2016年)、ノルデスチ(ブラジル北東部)らしいダンサブルなビートを取り入れたセカンド・アルバム『O Time de Moca』(2020年)を経てリリースされた本作。「オーガニックな方法論を好んでいた」と本人が明かすように、アコースティックを基調としていたサウンドから、電子的なアプローチを(あくまで、さりげなく)導入することによって、一聴してブレイクスルーを感じさせるアルバムとなっている。

また、楽曲ごとにテクスチャーを変えることにより、アルバム全体のストーリーテリング性も増している。ギター1本の弾き語りからキャリアを開始しているイタロにとって、アラゴアスでの生活から育まれた詩情が重要なファクターであるのは明らかだが、『Tarde no Walkiria』ではそのポエジーが楽曲の醸し出すノスタルジアと絡みついている。さしずめ本作は、シンセサイザーの波に浮かぶ、黄昏時のポップミュージックだ。

国内CDのリリースに併せて、今回はイタロにインタヴューを敢行。生い立ちから本作でも共演している同郷のブルーノ・ベルリについてなど、様々なトピックを聞いた。

(インタヴュー・文/風間一慶)

Interview with Ítallo

──日本の媒体では初のインタヴューということで、まずは基本的なことから教えてください。幼い頃からアラゴアスで生活していたんですか?

Ítallo(以下、Í):私はアラゴアス州のアラピラカという町で生まれました。決して大きくはないですが、アラゴアスの中では2番目の規模を誇ります。それから大学での勉強のため、20歳ごろに州都のマセイオへと移住しました。最初のアルバム(『Casa』)の録音を始めたのもその時期です。それからリオやサンパウロに住んだりもしましたが、今は再びマセイオが拠点となっていますね。

──ご自身のYouTubeチャンネルでアップロードされている、ジャヴァン「Meu」のカバーを拝見しました。彼を含め、若い頃からアラゴアスの音楽を聞いていたのですか?

Í:そうですね、ジャヴァンはよく聞いていました。アラゴアスには大きなシーンがあるわけではないのですが、その中でもジャヴァンとエルメート・パスコアールはアラゴアス出身のアーティストとして有名です。

エルメートが世界的な人気を獲得している一方で、ジャヴァンはブラジル国内での大衆人気がとても高い歌手なんです。アラゴアスに限らず、ブラジル人は子供の頃からジャヴァンの曲を耳にしているはず。私の父や叔父も家でジャヴァンの歌をかけていて、子供の頃に何度もそれを聞きました。その後、音楽に関する知識を蓄えた後に再びジャヴァンを聞くと、また違った発見があったんです。彼の音楽こそ自分のやりたい音楽なんじゃないかって、そう思いました。YouTubeで「Meu」を公開したのは、自分なりのオマージュなんです。

──本作『Tarde no Walkiria』にも参加しているブルーノ・ベルリや、彼と共に活動しているバタタ・ボーイ(batata boy)など、あなたは同世代のアラゴアス出身のアーティストとも盛んに交流していますよね。どのようにして彼らと知り合ったのですか?

Í:そもそも、2人とは友達なんです。例えば、『Tarde no Walkiria』というタイトルはマセイオにあるマンション名から取ったんですけど、6〜7年ぐらい前に隣人として住んでいたのがバタタ・ボーイなんです。直接的に共作をしたことはないんですけど、単なる近所の友達から発展した良い音楽仲間だと思っています。

ブルーノ・ベルリとは長い付き合いです。ただ、最初の出会いはインターネットでした。お互いに作った音楽をアップロードしていたら知り合って、今ではもう10年来の友人です。2人だけの作品ではないんですけど、実はThe Mozõesというグループで2015年にアルバムをリリースしたこともあります。





その他にもミュージシャンの友達はいます。中でも、マセイオ出身ではないのですが、ペルナンブーコのPhylipe Nunes Araújoは近いうちに有名になると思います。ブルーノ・ベルリが彼のアルバムをプロデュースしている最中なんです。最近リリースされた「Tirolirole」など、ブルーノの楽曲でもPhylipe Nunes Araújoが制作に関わっています。あとは『Tarde no Walkiria』にも参加してくれたMarina Nemésioなど、音楽的な仲間には恵まれています。いつも一緒にいるような友達ですね。



──ブラジル国外の音楽ではどのようなものを聞いていましたか?

Í:昔から好きなのはビートルズとボブ・ディランです、子供の頃からずっと聞いています。基本的にはポルトガル語詞の曲、例えばミルトン・ナシメントの曲だったりが自分にとって馴染み深くて好きなんですけども、彼らの英語詞には感動させられました。

それと、10年前くらいにインディー・ロックを漁っていた時期がありました。ザ・ストロークスやスロウダイヴ、それとマック・デマルコをよく聞いていました。特にマック・デマルコに関しては、先ほど名前を挙げたThe Mozõesのアルバムではすごく影響を受けましたね。

──すごく腑に落ちました。というのも、『Tarde no Walkiria』にはマック・デマルコをはじめとしたベッドルーム・ポップのミュージシャンとも通じる、ミニマムなサウンドであるように感じたんです。どのような過程で本作のレコーディングを行ったのか教えてください。

Í:ここだけの話、『Tarde no Walkiria』には少なくない額の資金をかけることができたんです。というのも、パンデミックに伴うアーティスト支援の恩恵を得ることができて。助成金のおかげで『Tarde no Walkiria』はスタジオで録音することができました。とはいえ、自宅で録音したパートもあります。表題曲のボーカルや4曲目「Palavra de Amor」のビートは自宅で録ったものです。宅録とスタジオ録音を織り混ぜた、ハイブリッドな作品と言えますね。

──これまでの作品と比較して、『Tarde no Walkiria』には電子的なアプローチが大々的に取り入れられています。何かインスピレーションがあったのでしょうか?

Í:私はこれまでオーガニックな方法論を好み、アコースティックな音楽を作ってきたので、電子音楽に関する知識はあまり持っていませんでした。ただ、このアルバムに関しては、ブラジルで話題になっていたり聞かれている今の音楽をSpotifyで漁って、様々なジャンルを研究することから制作を進めました。ある種の戦略ですね。その上で、「ファンキ・カリオカ(バイレファンキとしても親しまれる、リオデジャネイロ発のダンスミュージック)」と「トラップ」という2つのジャンルにおいて聞かれるようなビートをイメージして、本作にも取り入れました。自分よりも若い人たちのアプローチを導入したかったんです。

──トレンドの研究を進める上で、スタンスや作風で共感を抱くようなアーティストはいますか? 

Í:アナ・フランゴ・エレトリコですね、最新作(『Me Chama de Gato que Eu Sou Sua』)は本当に大好きです。ここ数ヶ月、ずっと聞いています。私がサンパウロにいた時、友人の家でアナが書いた詩集を読んだことがあって、その時から詩人としての魅力も感じるようになりました。多分、ブラジルの最近の若い世代のアーティストはみんなアナ・フランゴ・エレトリコの作品をずっと聞いてるんじゃないですかね。

また、私はトノ(Tono)やドメニコ・ランセロッチ(Domenico Lancellotti)といったリオのミュージシャンが昔から好きなんですよ。アントニオ・ネヴィス(Antonio Neves)、アマロ・フレイタ(Amaro Freitas)といった最近のミュージシャンも含め、本当によく聞いています。



──そのような研究は、『Tarde no Walkiria』ではどのようにフィードバックされているのでしょうか?

Í:9曲目「Terra de Clarice」ではバタタ・ボーイの作品にも近いアプローチを導入しています。BandLabやFL StudioというDAWソフトを利用しました。この曲はアルバムを理解するのに鍵となる曲でもあります。「クラリース」と名乗るウクライナから来た移民の作家がアラゴアスに着いた、というストーリーなんです。

それと、今作では80年代を意識したシンセサイザーの音色を導入しました。ノスタルジックな要素を楽曲に落とし込みたかったんですよ。カセットテープの起動音から始まる「Um Talvez Nome」などですね。この音色のアイデアはミックスやキーボードを担当したチアゴ・ルース(Tiago Luz)によるもので、彼が歌詞や曲の雰囲気からノスタルジーを感じ取ってアイデアにしました。私自身もノスタルジーに惹かれがちというか、自分の生きていない時間を生きるような感覚が好きなんです。最近の音楽的な流行でもあるローファイと通じるサウンドを目指しました。

──6曲目「Dr. Manoel」にもローファイな音像が使用されています。この曲のラストではラジオの混信のような演出が施されていますが、一体何をサンプリングしているんですか?

Í:カラ・ベイア(Kara Véia)という歌手の「Filho Sem Sorte」という曲をサンプリングしました。そこまで有名ではないんですけど、ノルデスチでは割と名前が通っていました。ただ、悲しいことに、私の今の年齢と同じ31歳の時に彼は自ら命を絶ってしまったんです。夫婦関係が良くなかったとか、お金がなかったとか、アラゴアスで貧しい子供時代を過ごしたとか、彼の人生には悲しいストーリーがありました。アラゴアスはリオやサンパウロから距離があって、アーティストの目も出にくく、生活していくのは大変な街なんです。そういう辛さが、同じノルデスチ出身の自分にも分かるんです。なので、オマージュを捧げるために彼の楽曲をサンプリングで使いました。

──ありがとうございます。最後に、これから取り組みたいアプローチや関心について教えてください。

Í:いくつかアルバムのアイデアがあります。私はアルバムが人生のベースになっていると言っても過言ではないぐらい、新しいアルバムのことをいつも考えています。2024年にもう一枚くらいはアルバムが出せるかもしれません。加えて、今後はプロのアーティストとして、もっと規模の大きな活動をしたいですね。ツアーもしたいですし、より多くの人たちに聞かれるような音楽を作りたいです。『Tarde no Walkiria』では、その手応えを掴めたような気がしました。ただ、結局はアルバムを作るっていう行為を、ヨボヨボになろうと当たり前のように続けているのでしょうね。

<了>



Text By Ikkei Kazama


Ítallo

『Tarde no Walkiria』

LABEL : Think! Records
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