Back

【あちこちのシューゲイザー】
Vol.1
シューゲイザーという「空間」を感じて

13 June 2023 | By Ren Terao

私たちはどうやって“シューゲイザー”を感じ取っているのだろう。強烈なギターの歪み、浮遊するメロディ、深いサウンドの重層。それらの要素を含んでいても容易にジャンルと接続させてくれない繊細さがシューゲイザーの気難しい部分に思う。本稿で紹介する揺らぎとの同時代性という意味では、先日突然の解散となったFor Tracy HydeのメンバーがJ-POPに根ざしたシューゲイザーのプロジェクトへ参加など活発な様子を見ることができるが、羊文学、17歳とベルリンの壁、Luby Sparks……などと並べてみても、優れたアーティストが今はまだ“点在”しているような印象がある。シューゲイザーという手法が現行の音楽のなかでどうフィットできるのか試行錯誤する過渡期のようで、意外に国内シーンの様相は掴み難い。そもそも、配信サービス以降のアーティストに対して“ジャンル”というラベリングが音楽的なハラスメントなのでは……とはややネガティヴな心配かもしれないが、しかし、あえて問いたい。揺らぎの新作『Here I Stand』はなぜこれほどまでにシューゲイザーとして、孤高の存在感を放つのか。

大阪は《FLAKE SOUNDS》からリリースしている揺らぎは、ベースにサポートを加えながら男女混成のオーソドックスなバンド編成で活動している。シューゲイザーのみならずエモ〜オルタナ〜ポストロック等も消化し、過去にはフジロックにも出演して着実にステップを進める彼らの、今作が2枚目のアルバムとなる。

彼ら自身の自覚という点では、実際は過去メディアで「シューゲイザーのイメージを避けたい」という旨の発言をしている。しかし、初期曲である「sleeptight」(2016年)の強烈に捻じ曲がるような音の壁を聞けばマイ・ブラッディ・ヴァレンタインなどのオリジネーター達を通過した上で、フォロワーに止まるまいとする向上心の表れか、あるいは前作『For you, Adroit it but soft』(2021年)ではビートメイカー/プロデューサーのBig Animal Theoryを客演に迎えてバンド外の空気を取り込み、また楽曲のパラデータを一般公開してのリミックス・アルバム発表など、積極的な姿勢ゆえの発言であることは間違いない。本作は更に突き詰めた内容になると思われたが、蓋を開けてみればシンプルでポップな作風、しかし疑いようもなく“揺らぎ”の新譜とわかる。

やや話は逸れるが、坂本龍一氏の生前最後の作品『12』の奥行きあるシンセサイザーの筆致を聞いて、ふと再確認した感覚がある。音を聞くという行為は“空間を認知する”行為でもあるということだ。その空間の広さや質感を耳でも捉えられるように、音楽は想像力を喚起して聞き手の中に空間を形成する。冒頭に戻れば、私にとってのシューゲイザーの指標の一つは“空間”に対する意識を持つサウンドなのかもしれないと思った。ケヴィン・シールズが若い頃に足を運んだライヴの演奏場所が地下駐車場で反響音が強烈であった、というエピソードも示唆的に思える。揺らぎから感じる並々ならぬ説得力も、あるいはそのような眼差しを備えているからかもしれない。

表題曲の「Here I Stand」では、Kntr(Gt.)のギターのアルペジオが静寂にその一音一音を噛み締め、轟音が一気に解き放たれる。miraco(Vo./Gt.)の歌う透き通るメロディをリヴァーブが輝かせ、飽和する帯域を美しくすり抜ける。本作で感じたのは肝となるギターのディレイ、コーラスなどといったいわゆる空間系エフェクトがやや控えめになった印象があること。ウェットというよりドライな質感、重層的でありながらシンプルに聞こえるアレンジは、モグワイやコデインなどのエッセンスもより前景化したような、グッド・メロディと力強さが静かに同居する。

激しい歪みで空間を埋め尽くすような楽曲はやや減ってはいるが、決して音像がスケールダウンしたわけではない。オーバーダビングによって重ねられたサウンドは高密度で、(私の音感では捉え切れない部分もあるが)ライヴでのセッティングを見る限り変則チューニングなども交えた複雑な響きもあり、やはり先述のマイブラのサウンドを通過した上で踏襲しすぎずに、立体的で力強いサウンドスケープを作れるのか、といった試みが感じられる。

歌詞は前作と比較してより個人的で内省的になったという。たしかに「I Wonder」や「Because」などの楽曲はよりシンガーソングライター的な作曲の跡が残り、感傷的でありながら瑞々しさも際立つ。もちろん、アルバムを通して疾走感というよりはジリジリとしたテンポ感とグルーヴが全体を貫いているのが、彼らなりのストイックさともとれ、決して作品を能天気なものにしない。ジャケットのイメージに引っ張られれば、自然にその身をむき出して向かい合うような緊張感と、ビビオも脳裏を掠めるようなプライベートなノスタルジー、その二つの感情が混ざり合う大きな流れがアルバムを通して描かれる。

前作の手法を拡張するのではなく、シンプルでポップな選択を軽やかに採用してなお、リスナーを音と徹底的に対面させる説得力は、彼らがシューゲイザーの本質に向き合っているからこそであるし、今後も更なるアプローチを軽々と乗りこなしてしまいそうな期待さえある。揺らぎがシューゲイザーの解釈を現在進行系で洗練させていく足跡が刻まれた一枚だ。(寺尾錬)

Text By Ren Terao

1 2 3 64