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80年代の細野晴臣を綴る
「汚し」のプロセスを経た音の刺激

17 August 2021 | By Yusuke Sato

2019年、細野晴臣デビュー50周年記念展(『細野観光 1969-2019』)が、六本木ヒルズ展望台で1ヶ月に渡って開催されました。そこでは氏の所有するギターやキーボード、民族楽器や果ては玩具に至るまで、世界中のありとあらゆる音の鳴るものが、さながら万博のように陳列されていました。その中で個人的に印象深かったものが、E-mu Systems社のサンプラー「Emulator Ⅰ」です。フロッピーディスクからサンプルを読み込んで使用するこの電子楽器は、1981年の発売当時、メモリー容量はたったの128KB、サンプリング可能な時間も2秒程という、今から考えれば非常に制限的なものでした。

当時このEmulatorが画期的とされたのは、以前のサンプリング・マシンと比べて安価であり、また持ち運びもしやすいサイズであるなどの、即物的な面が大きかったようです。ライヴにおいても重宝され、YMOの1981年のツアー(『ウィンター・ライヴ1981』)でも、細野・坂本氏が共にステージ上で使用していました。

このEmulatorについて細野さんは、「サンプリング周波数が27khzと低く、解像度が8ビットくらいの粗い音はこれでしか出せないので、いまだに使いたい楽器のひとつです」と展示の際にコメントを寄せています。「粗い音」というのは、例えば人の声をサンプリングしたとしても、当時のスペックでは、電話の向こうから聞こえてくるような劣化した音に変換されてしまうからです。ではそんな悪い音のはずなのに、「いまだに使いたい楽器」と細野さんが語る理由は何なのでしょうか。

サンプラーという楽器は、このEmulator登場以降も進化を続け、今ではほとんど劣化のない、解像度の高い音でサンプリングをすることが可能になりました。例えばiPhoneを持っている方なら、標準でインストールされているGarageBandというアプリで、誰でも手軽に現代のサンプリング機能に触れることができます。

しかしこと音楽的な意味において、高解像度のものがすなわち好ましい音であるとは限りません。例えばピアノの音ひとつとっても、今尚最先端とされるヒップホップ・ミュージックにおいては、高価なコンデンサーマイクによって録音されたばかりの新鮮な音色が聞こえてくることは滅多にありません。主流であるのは過去のレコードからのサンプリングであったり、仮に「録り下ろし」であっても、歪まされたり音程を狂わされるなどのいわゆる「汚し」のプロセスを経た音がほとんどであると言っていいでしょう。

ではなぜそのような「悪い音」が音楽に求められているのでしょうか。端的に言ってしまえば、そういった現実には存在しない響きが、かえって刺激的な音としてわたしたちの耳に受け入れられているからでしょう。

厳密には現代のサンプラーにさえ、その機材固有の「音」というものは存在します。元とそっくり同じ音ではなく、やはり僅かながら劣化があり、その微妙な具合により音に豊かさがもたらされているのです。今では一般的な楽器と同じように、様々な年代のサンプラーをコレクションすることにも大きな価値があるのです。

細野さんがYMOとして活動していた1981年、アルバム『BGM』の制作中に転機が訪れます。当時スタジオには発売されたばかりの最先端のデジタル・レコーダーが導入されていたのですが、その音があまりに「綺麗すぎて」物足りないという理由で使用が躊躇されたのです。

結局は、民生用の8chアナログ・レコーダーでまずベーシックを録音し、それをデジタルに流し込むという、屈折した手法をとることになります。シンセサイザーの録音においても、それまでのライン入力ではなく、一度ギター用のアンプから鳴らしたものをマイクで拾うという、やはりクリーンな音からは遠ざけるための措置がとられました。

これについて細野さんは、当時のイギリスのニュー・ウェーヴ、特にフライング・リザーズのようなローファイなサウンドに強く影響を受けたと語っています。YMOの結成当初から最先端のテクノロジーを積極的に取り入れてきたはずが、ここにきてデジタルのクリアすぎる音に対して拒否反応を示し、かわりに不明瞭で粗い質感のサウンドを指向することになるのです。

その後、細野さんはプライベート・スタジオ「LDK」を作り、それまで他人に任せていたプログラミングなども含め、ほとんどの作業を自身で完結させるようになります。そうして完成させたソロ・アルバム『PHILHARMONY』(1982年)では、「使い倒した」と語るEmulatorの特徴的なサウンドを聴くことができます。ピアノや人の声、さらには猫の鳴き声といった現実音をサンプルとして取り込み、他のシンセサイザーと同じように音階化して演奏することで、かえって非現実的な響きを生み出しています。

1984年リリースの『S-F-X』ではさらに密室度が増し、その後のユニット「F.O.E」の一連の作品に至るまで、リズムマシンのビートは複雑化・過激化を極めていきます。ファンクの伝統的なリズムを、コンピューター上で点としてラディカルに可視化させ、知的操作をもって肉体性に挑んでいるのがわかります。ここに細野さんのプログラミングによるリズム構築の一つの到達点を観測することができるでしょう。

80年代最後のアルバム『omni Sight Seeing』(1989年)では、聞き慣れたはずのTR-808の音もそれまでとはだいぶ印象が違っています。エフェクティヴなエコーの類が排され、非常にドライで明瞭なサウンドへと変化を遂げているのです。かつて否定したデジタル・レコーダー特有の、ヒスノイズのないクリアな音をここでは逆に利用し、あえて無音を強調させるようなリズムを作り上げています。

この80年代の、アナログからデジタルへの過渡期における音色・音響アプローチの変遷は、現代の音楽制作においても興味深いものです。デジタル全盛となった現在のレコーディング環境でも、アナログからデジタルへの流し込みをする光景は決して珍しくありません。またアナログ機器をシミュレートしたプラグインも、あらゆるメーカーから毎日のようにリリースされ続けています。それはただのノスタルジーと呼び捨てられるものではないことは明らかです。

古くから音楽の三大要素は「リズム」、「メロディー」、「ハーモニー」であるといわれていますが、「音色」もまた決定的な要素です。それにまつわる音響まで含めると、現代では実に多様な響きを生成することが可能になりました。先に述べたサンプリングの魅力というのも、異なる時空同士を繋ぎ合わせることで、音響に豊かな奥行きが生まれる点にあります。マイクは単に演奏された音を拾っているのではなく、そこに流れている空気そのものをまさしくサンプル(標本)のように保存しているのです。

時代と共に音楽の響きも複雑化していく中で、かつての「時代の音」を振り返ることは大きな手掛かりになるでしょう。それは決して退廃ではなく、未来に向けられた視線なのです。(佐藤優介)

Text By Yusuke Sato


細野晴臣

PHILHARMONY

ORIGINAL LABEL : Alfa (YEN) / YLR-28001
ORIGINAL RELEASE DATE : 1982.05.21


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細野晴臣

S-F-X

ORIGINAL LABEL : テイチク (NON-STANDARD) / 22NS-2
ORIGINAL RELEASE DATE : 1984.12.16


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細野晴臣

omni Sight Seeing

ORIGINAL LABEL : EPIC・ソニー / 28-8P-5258
ORIGINAL RELEASE DATE : 1989.07.21


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