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物語のある歌が聞こえる
〜古川麦のSSWとしての身体性〜

26 July 2020 | By Shino Okamura

古川麦がコロナ期間中にいくつかのカヴァー曲をYouTubeで配信しているのを聴いている人も多いことだろう。例えば、ビル・ウィザースの「A Lovely Day」、コリン・ブランストーンの「Say You Don’t Mind」、エリオット・スミスの「Say Yes」……。ビル・ウィザーズについてはちょうどコロナ禍の3月に亡くなったこともあり古川麦からの追悼の意をそこに感じることもできたが、これらのカヴァー(と、さらには昨年春にCMとして公開されたKANの「愛は勝つ」のカヴァーも)が伝えているのはは、確実に彼の歌への意識に変化が生じているということだ。ズバリ言ってしまうと、それは歌への澱みない希求。ストレートな言葉で伝え、真っ向からそれを素直なメロディに預けていく。それはむしろ技巧を推し量ることとは対照的な、もっと原初的で無骨な気づきと言ってもいいかもしれない。なお、6月24日には上記のカヴァー曲のうちコリン・ブランストーン、エリオット・スミスと、大瀧詠一、ピチカート・ファイヴ、小沢健二らの曲も加えたミックステープ『Baku sings vol.1』をBandcampでリリースしている。

2018年にリリースされたセカンド・アルバム『シースケープ』にもそうした兆候はあったものの、あの作品での古川の歌はそれでもまだ楽曲の構造やアレンジの精緻さと拮抗する関係の上に成り立つようなところがあった。しかし、6月に配信販売とストリーミングで突如発表されたEP『each night, each morning』の3曲は少し違う。もうこれはただただ歌でしかない。優雅で気品のある声、柔らかな感触のギター、千葉広樹(ベース)と田中佑司(ドラム)とのしなやかなトリオ・アンサンブル、そして瀟洒なストリングス……それらが奏でるのは確かにこれまでの古川麦が描いてきた知性と野趣とが混交した都市の音の風景だ。だが、この3曲で古川は骨のある歌い手として堂々と自分自身の前に立ち、ともに音を鳴らすメンバーの前に立ち、そして聴き手の前に立っている。しかも、そのメロディは驚くほど開かれていてギミックがない。なのに、シンガー・ソングライター作品としか言いようのない内省と他者への働きかけを伴っている。今の古川麦はもしかすると最強の状態にあるのではないか。 近年はceroのサポートなどでも忙しくしているそんな古川麦の最新インタビューをお届けする。7月28日には無観客配信ライヴを敢行する予定。ゆるやかに、でもダイナミックに変化する今の彼の動きを絶対に見逃さないようにしていたい。
(インタビュー・文/岡村詩野   トップ写真/鈴木竜一朗)

Interview with Baku Furukawa

――そもそもこの3曲入りEPはどういう流れで制作されたのでしょうか。

古川麦(以下、F):元々は4月24日に神保町の《試聴室》で久々にワンマン・ライヴをやる予定でいたんです。古川麦トリオ with stringsという形でやろうと。それに合わせてコンセプトも詰めて、それを元に次のアルバムを予兆させるような感じにするつもりだったんですね。でもそれがキャンセルになった。その時に、メンバーと、この宙ぶらりんな状態をどうしようか?って話をしたんですけど、ちょうど新曲もできてたんで、せっかくだから直接会わなくてもできる範囲で録音しようか、ということになったんです。で、弦のアレンジは弦のチームに任せたんですけど、今回は歌とギターの伴奏だけを千葉(広樹)さんに送って、「好きな感じ(のアレンジ)でやってください」とお願いをしました。その時に送ったのが「灯火」。で、さらに「見つからなかった」が出来ていた。すると、千葉さんが「もう1曲くらいあった方がいいんじゃないか」って言ってくれたんです。そこで、昔からやってた「smile」を音源化することにして3曲入りという形にしたんです。

――麦さんは歌と演奏に専念した……その狙いはどういうところにあったのでしょうか。

F:確かに自分でアレンジもやろうと思えばできたんです。でも、今回、曲作りの段階で、人(メンバー)の顔が浮かんでいたというか。ライヴを想定して作っていたので、これを演奏したら、あのメンバーならどういう感じになるだろう?みたいなのが浮かんでいる感じだったんですね。あと、歌詞の方向性とか歌のイメージ自体が最初から千葉さんのような人格をイメージしていたというのもありましたね(笑)。まあ、僕の歌が変わらない限りは、どういうアレンジになっても大丈夫だろうなというのもあった。実際、アレンジが施されたものを聴いても、「(千葉さんは)わかってくれてるな」と感じたし、それどころか、今の自分がやろうとしている方向性がより強化されているって思ったんですね。「見つからなかった」のあの構成というか展開は、チェロの関口(将史)さんに指導してもらったんですけど、あの曲の前半をストリングスにするアイデアは僕が考えました。でも、どういう構成でもアレンジでも歌は絶対に真ん中にあるという作りにはしたくて。

古川麦 with stringsのライヴ



――歌がしっかりした柱となる曲作りは、2018年のアルバム『シースケープ』前後からより明確になっていたと思います。その流れがこのEPの3曲でも結実していますが、中でも「見つからなかった」はこれまでの麦さんの作品にはなかったタイプのメロディ展開ですね。

F:そうですね。「見つからなかった」はちょっと特殊な作り方をした曲なんです。朝、起き抜けに「あ、なんかこのメロディ、すごく覚えてるな」って感じでなぜか夢の中で聴いた音を記憶していたんです。それが実はあの曲の後半部分。夢の中で、カーステから流れてきたメロディがあれだったんです(笑)。僕の中では、ジョーン・バエズとボブ・ディランみたいに男女で歌った昔のフォーク・ソングのようなイメージ。だから、優河さんとデュエットで歌ってもいいかな……ってちょっと思ったりしたんですけど、まあ、こういう時期だからなるべくコンパクトにパッと作ろうってことになって。まあ、そういうわけで「見つからなかった」は、起き抜けに覚えていたメロディをそのまま午前中に曲として一気に仕上げたんです。歌詞もその日のうちに書いちゃったんじゃなかったかな。なかなかそういう感じで作ることってなくて、メロディと歌詞がほぼ同時にできるってことはすごく珍しいんです。

――ちょっとコール・ポーターや、麦さんが最近の配信でカヴァーもやっているコリン・ブランストーンのような、昔の大衆音楽やシンガー・ソングライターの持つ包容力のある歌の作りになっていて、新しいコンポーズのスタイルを求めているのかなと感じたんです。

F:うん、自分でも求める質感がすごく変わったなと思うんですよ。まさにここ最近、動画配信とかでカヴァーをよくやっているのも影響としてあるのかな。朝起きて、まだ何も考えていない状態で、知ってる曲とか好きだった曲が流れてきた時に、改めてその曲はどういうことなんだろう? ってことを思うようになったんです。で、実際に自分で歌ってみたりすると、今までにはわからなかった発見があったりする。特に歌詞の面で。その上で自分で歌う言葉ってどういうものがいいんだろう?というのはずっと考えていたんですけど、「見つからなかった」の歌詞は、そういう意識でバッと書けたのかなって思いますね。これからもこういうタイプの歌詞や曲を歌うのかはわからないですけど、自分の歌う言葉の責任ということを考えながら、これからも歌っていきたいと思っているんです。

――その結果、ある意味でわかりやすさがあるメロディ、言葉に自然とアプローチするようになった……これはなぜなのだと思いますか?

F:うーん……もともとはわかりやすいものは好きではなかったんですよ。あまりにもストレートなものに対しては素直に喜べない感じではあったんですけど、今はストレートなラブ・ソングとかもいいなと思えるようになったんですよね。メロディも歌詞も。ずっと「切なさ」のようなものはこれまでの自分の作品にあるとは思っていたんですけど、もう少しどっしりした歌を歌いたくなった感じなんですよね……その「どっしりとした歌」がわかりやすいメロディや言葉ということと直接繋がるのかどうかはわからないですけど、ポピュラー・ミュージックという名前がつく以前の音楽……昔からある大衆音楽の流れとして、なにかしら人の心を掴むメロディや言葉ってきっとあると思うんですよ。そこに繋がるようなものを作りたいなと感じていますね。普遍性のある音楽……という意味とはまたちょっと違って、古くからある音楽の良さをちゃんと掬っていきたいなって。

――ちなみに、コール・ポーターの「Night And Day」は歌詞も曲も本人によるものなんですね。発表は1932年、シンガー・ソングライターの草分けのような曲ということになるわけで、麦さんが今考える、「どっしりとした」歌とメロディと歌詞の関係というのは、やっぱりそういう時代の音楽が原点の一つなのかなという気もします。

F:なるほどね……。実際にここ最近ずっとそういう音楽を聴いて、確認するような作業をずっとやっていたんですよね。もちろんカヴァーもやったりしてきましたけど、単純にレコードをたくさん聴くようになったんです。そうすると俄然古い音楽を聴くことが増えて。父親がジャズとかを聴いていたんでそれを改めて引っ張り出してきたりしていましたね。バーデン・パウエルとかケニー・ランキンとか、ポール・サイモンとかも聴いてました。あと、それこそコリン・ブランストーンの『One Year』も改めて……。音もそうだし、作品の持つストーリー性とかも、どうやればこういう作品になるんだろう?ってことを考えながら聴くようになったりしましたね。コリン・ブランストーンの「Say You Don’t Mind」のカヴァー動画をあげたのは最近ですけど、もともとは『far/close』(2014年)のマスタリングの時にエンジニアの原(真人)さんに参考音源としてこの曲を聴いてもらっていたんです。弦と歌の関係性というところで。ただ、その時は自分でこれを歌おうとは思ってなくて。でも、コロナのこの期間中にちょっともう一回ちゃんと聴いて、改めてカヴァーしようと思ったんですね。コリン・ブランストーンは俺より声のキーは高いんですけど、意外とやってみればできるというか、自分の声にも合ってるって気づいたんです。確かにそういうシンガー・ソングライターの作品の持つ感覚に改めて向き合うようになった感じはありますね。

――何がきっかけだったと感じます?

F:うーん……やっぱりコロナで家にいて……みたいなのはあったかなあ。

――昨年CMで公開された、KANの「愛は勝つ」のカヴァーはどうでしょう? あのカヴァーは衝撃的でしたが、あそこまでポピュラーな曲を歌うことで何か大きな気づきがあったのではないかなと思います。

F:(笑)あれ、衝撃的ですよね。でも、確かにみんなが知ってる曲を歌うってどういうことかってことは考えましたよね。今となってはやってよかったなと思いますけど、当時はその話を引き受けるかどうか迷ったんです。あそこまでポピュラーな曲をやるのってどうなのかな?と……。まあ、あれに関してはアレンジは僕自身がやったわけじゃないんですけど、どういうテンションでどういう風に一語一語を歌うのかってことを考えるようになって。しかも、あのアレンジはゆっくりと語りかけるような感じだったから余計にね。ああいう落ち着いたバラードを歌うことができるって思われてるってことが、昔は抵抗があったんですけど、今はそれも受け入れられるようになりました。

古川麦が歌う「愛は勝つ」が流れる日本財団TVCM



――『シースケープ』には絶唱する「Frutas」のような曲もありましたが。

F:そう、だからあれも抵抗だったんですよ。こういうこともやるんだよってことを出したくて。でも、今はしっとりとした落ち着いたテンションの、語りかけるようなタイプの曲を歌う自分というのも受け入れられるようになったし、そういう曲を歌う自分の作品も聴けるようになりましたね。意外といけるなと(笑)。あと、歌に対する気づきという点で実は一番大きかったのは、今回のミニ・アルバムに入っている「smile」の制作の時。オケが出来上がってさあ次は歌だって時に、早く完成させたい気持ちもあって僕が一人で自宅で歌を録っちゃったんです。で、それをメンバーに聴かせたら、関口さんが「ちょっと……疲れがみえるね」みたいに言われて(笑)。で、関口さんがいいマイクを持っているということもあったので関口さんちにお邪魔して歌を録音させてもらって。そこに他の人がいるってだけでもだいぶ違うなって気づいたんです。千葉さんもそうですけど、自分の歌に客観的になってくれる人がいるってことの意味は本当に大きいですね。それに加えて、「smile」の歌録りをしている瞬間に、すごくいい流れ……物語のようなものがそこにできてるって実感があって「このまま終わらないでほしい、この瞬間がずっと続いていてほしい」って思ったんですよ。とびきりのとびきり……とびっきり感!みたいなのがあって。そんなこと思うのも初めてだったんです。そういう歌の楽しみ方があるんだなって思ったんですよね。

――それは長年培ってきた歌の表現力への手応えということなのでしょうか。

F:それもあると思うし、たぶん、ちょっと視点がずれたんだと思うんです。今まで大切に思ってきたことや、気にしてきたことがふっと違う次元に行ったというか。今まで気にしていたことは「大丈夫でしょ!」みたいな気になったんですよね。『far/close』の頃とかはリズムのズレとかが気になっていたのに、今はもう本当にそういうところは気にならなくなった。だからこそ逆にあとはもう好きに(メンバーに)料理してほしいって思えるようになったんだと思います。そこから、みんなが納得できることがあれば突き詰めていこうって気になっていって。そうするとみんな自然と歌に寄り添ってくれるようになったんですよね。俺の歌に対してメンバーみんなどう考えて捉えているのかもよく伝わってくるようにもなったんですよ。

――「俺の歌」……。

F:(爆笑)

――いや、昔ならそんな言い方しなかったなあと思って。「僕」ではなく「俺」、「ヴォーカル」ではなく「歌」……こういう時に出るちょっとした言い回しの変化も興味深いです。

F:自分でも面白いですよ、この変化。今回ボツにした曲があるのでアルバムに向けてさらに動いていけるかなと思っています。もっとストレートになっていくと思うし、もしかすると今まで以上に「~~っぽい」って感じの曲になるかもしれない。それをどうアレンジして仕上げていくのかを考えています。ただ、このミニ・アルバム、本当にすごく楽しんで作れたんですね。音源制作はやっぱり自分の柱になる作業なので、ライヴも配信とかでやっていきたいけど、できれば音作りは今こそちゃんと丁寧にやりたいなと思っています。

<了>

古川麦 Bandcamp https://bakufurukawa1.bandcamp.com/


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古川麦

each night, each morning

LABEL : a grain of wheat records
RELEASE DATE : 2020.06.05(配信)



『each night, each morning』リリース無観客パーティー(配信)
古川麦 with strings
2020年7月28日(火)
20:00開演

https://muser.link/#0728-1



Text By Shino Okamura

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