【From My Bookshelf】
『サウス・ヒップホップ・ディスクガイド トラップ・ミュージックを生んだ南部のラップ史』
Lil’Yukichi、アボかど(監修)
偏見を吹き飛ばす、キャッチーさの最適解
2025年4月下旬。まるでレジェンド級ラッパーのようにギラギラした表紙の音楽ディスクガイドが発売されると聞いて、思わず即買いしてしまった。その名も『サウス・ヒップホップ・ディスクガイド』。しかも、監修はあのごきげんなプロデューサー・タグでおなじみのLil’Yukichiと、「にんじゃりGang Bang」のアボかど。言ってしまえば、ほぼジャケ買いである。
自宅に届いた本を手に取った瞬間、写真以上のギラつき具合に笑ってしまった。帯にはホログラム加工まで施され、遊戯王カードで言えば「人造人間-サイコ・ショッカー」のパラレルレア並みのあっぱれ仕様。10分間も眺めてニヤニヤしてしまい、自宅の“最小パワースポット”に仲間入りさせたくなるような縁起の良さすらある。
正直に告白すると、私はヒップホップにほとんど詳しくない。ましてや「サウス・ヒップホップ」と言われても、ピンとこないレベルだ。比較的ヒップホップが好きな家族にすら「ミーゴスもリル・ヨッティもわからないなら、たぶん無理だよ」と心配される始末。ところが、ページを開いて読み始めると、そんな不安や先入観はみるみるうちに吹き飛んでいった。
このディスクガイドは、2000〜2005年の創成期、2005〜2012年のトラップ波及期、2013〜2025年の浸透期と、時代ごとに丁寧に分けられている。1ページ、あるいは4分の1ページというコンパクトなレビュー文で紹介されるアルバムたちは、どれも一読して「ちょっと聴いてみたい」と思わせる説得力がある。プレイリストにピックアップ曲を次々追加して聴いてみると、これがびっくりするほどポップで聴きやすい。堅苦しさのないレイアウトも相まって、どんどんページをめくる手が止まらなくなった。
今まで数多くの音楽ディスクガイド本を読んできたが、途中から「読破」ではなく「作業」になってしまうことが多かった。紹介される音源の数が多すぎたり、文章が内輪向けで閉じていたりすることも珍しくない。その点、この本はまさに「ちょうどいい」バランス感覚を持っている。紹介される音源はバラエティ豊かだが無駄に多くはなく、初心者にもプレイリストが作りやすい構成になっているのがありがたい。
読み進めるほどに、私の中にあった「サウス=荒々しい、近寄りがたい」という固定観念がどんどん剥がれていった。トラップの商業化や音楽的進化を知ることで、なぜ自分がこのジャンルに対して今まで入り込めなかったのかも理解できたし、同時に「知ることで音楽は変わって聴こえる」という当たり前の事実を改めて実感することができた。
特に印象的だったのは、中学生の頃、毎日のように駅ビルで耳にしていた、でも誰の曲か全くわからなかった楽曲──ネリー『Nellyville』収録の「Dilemma」との再会だった。大人になってShazamの鼻歌検索でようやく正体を知った思い出の1曲が、まさかこの本に登場するとは。R&Bだと思っていたが、サウス・ヒップホップの一角だったとは驚きだった。あのぺらっとしたリード・メロディと、ラップが添え物のように聴こえるバランス感。改めて聴くと、なんとも不思議で面白いラブソングだ。
また、コラムの充実ぶりも本書の特徴だろう。『教えて!Lil’Yukichi』『メンフィスラップが世界をまわす』『ATL(アトランタ)の歩き方』『Word of South』など、サウス・ヒップホップの文化的背景を補強してくれるコラムが随所に差し込まれている。中でも異彩を放っていたのが、なんと現地のBBQチキンウイングのレシピを紹介する『Chicken Talk』。ディスクガイドに料理レシピ……?と一瞬面食らったが、今やスヌープ・ドッグの料理本や、漢’s Kitchenのような存在もあるわけで、むしろリアルな文化の断片として納得できてしまう。この自由さこそ、サウス・ヒップホップの器の広さを象徴しているのかもしれない。
『サウス・ヒップホップ・ディスクガイド』は、知らない世界への入り口をやさしく開いてくれる。そして、聴き慣れない音楽を「自分のもの」として受け止められるように手を引いてくれる。キャッチーでポップ、でも文化的にもしっかりと芯のある、非常によくできたディスクレビュー本だ。
ヒップホップに詳しくなくても、いや、詳しくない人こそ、この本を手に取ってみてほしい。偏見がひとつ、またひとつと溶けていく体験は、きっと忘れられない読書になるはずだ。(ぽっぷ)
Text By pop

『サウス・ヒップホップ・ディスクガイド トラップ・ミュージックを生んだ南部のラップ史』
監修 : Lil’Yukichi、アボかど
出版社 : DU BOOKS
発売日 : 2025.5.23
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