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【From My Bookshelf】
Vol.3
『The Marathon Don’t Stop: The Life and Times of Nipsey Hussle』
ネイバーフッド・ニップの走路を辿る

15 June 2023 | By Sho Okuda

2019年4月1日の昼休み、新元号よりも先にニプシー・ハッスルの安否を気にしたファンが、日本にも少なからずいたことだろう。《ステイプルズ・センター》で開催された彼のメモリアル・サービスでは、恋人であるローレン・ロンドンらのスピーチが多くの人々の心を打った。我々はそれ以来、レーシング・フラッグと青いハートの絵文字を幾度となく目にしてきた。同年8月に地元LAで開催された《REAL Street Festival》では、出演アーティストやDJたちが、事あるごとに“The Marathon Continues”と叫んだ。彼が遺してくれたものを忘れまいとばかりに、ソーシャル・メディアのフィードには彼の功績を称える記事や動画が並んだ。ただ、そうした過程の中で捨象されてきたものも少なからずあった。

ある人にとっては「Hussle in the House」(2008年)だったかもしれないし、またある人にとってはミックステープ『Crenshaw』(2013年)だったかもしれない──我々は何よりも先に、ニプシー・ハッスルの音楽に魅せられたはずだ。しかし、ニプシーの没後に見受けられた彼に関するナラティヴの多くは、彼がコミュニティにおいて果たした役割にフォーカスしたものばかりであった。また、ニプシーが不世出のコミュニティ・リーダーであったことは疑いようもないけれども、そんな彼がストリートの暴力で命を落とした以上、その点についての反省が無ければ、また同じ悲劇が繰り返されてしまう。

『The Marathon Don’t Stop: The Life and Times of Nipsey Hussle』は、既出の記事や動画、さらには著者自ら敢行した関係者のインタヴューから、ニプシー・ハッスルに関する事実を網羅的にまとめた、いわばニプシー百科事典的な著作である。その中にはミュージシャンとしてのニプシーにフォーカスした内容も十分に多い。特に、デビュー・アルバムにして生前最後のアルバムとなってしまった『Victory Lap』(2018年)の制作にあたり、トレイシー・チャップマンやアデルの音楽を研究し、クインシー・ジョーンズのインタヴューを聴いた話などからは、彼が音楽家としてどのようなアルバムを志向したかが窺えて興味深い。また、彼のキャリアの初期から重要な役割を果たしたDexter Browneが、ニプシーの《Rollin’ 60s Neighborhood Crips》との関わりについて案じていたことが記されている点も、本書をユニークにするものの一つである。アーティストとしてオーナーシップを持つことの重要性をニプシーに説いていたDexterは、ひと味違った視点をもたらしてくれる存在だったにちがいない。

本書はニプシー・ハッスルのファンにとって、彼の生い立ちから人となりの一端までをも垣間見れる貴重な資料である。現役のアーティストにとっては音楽制作やキャリア形成の参考になる点も多いであろう。もしかしたら、あなたなりのマラソンに出走するうえで道標となるかもしれない。(奧田翔)

Text By Sho Okuda


『The Marathon Don’t Stop: The Life and Times of Nipsey Hussle』

著者:Rob Kenner
出版社:Atria Books
発売日:2021年3月23日
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