新生活に備えて聴きたいDJミックス3選
──消極的ホーム・リスニングのすヽめ
ここしばらく、個人的にではあるが、ミックスを聴くことが増えてきた。ここでいうミックスとは、《Fabric》がリリースしているミックス・シリーズだったり、《BBC Radio 1》のエッセンシャル・ミックスや《NTS Radio》の音楽のみをテーマにしたストリームなどのラジオ・ショーだったり、あるいは《Resident Advisor》が配信しているRA Podcastのエクスクルーシヴ・ミックスといったものを想起していただければ良いのだが、とにかく進んでミックスを聴くようになったのだ。どうしてそうなったかというと、《Resident Advisor》が2000年から2025年までのベスト・エレクトロニック・ミックスを選んだ記事の序文における、「2000年代初頭の音楽とDJ機器のデジタル化が、インターネットのグローバル化と相まって、ミックスを長々としたプロモーション・キャンペーンを伴う物理的なものから、SoundCloudリンクやYouTube動画の無限のストリームへと変貌させた」ことで、ミックスは「よりカジュアルな芸術形式となりつつも、同時に創造的な機会も数多く開かれるようになった」という指摘に気づきを得たという大仰な理由ではなく(頷けるものではあるが)、もっと私的な理由だったりする。筆者は数年前、うつ病と診断された。こういった場でこのようなことを突然書くことを大目に見ていただきたいのだが、ひどいときにはほぼ寝たきりの状態で、入浴や食事もする気が起きず、映画を観ることや本を読むこともままならず、愛する音楽ですら聴くことが苦痛だった。できるだけ身の回りから音を遠ざけるように生活していたが、かといって音が消えていくことも怖く、数多くの優れたアンビエント・アルバムにも触れてみたが、ブライアン・イーノの『Ambient 1: Music For Airports』(1979年)でさえ、音量を絞ってかけているのにひどくうるさく聞こえることもあった。そんな音に対する恐怖と欲望が混ざり合ったときにどんな音楽を聴いたらいいのか、堂々巡りともいえる状態が続いていたときに、なんとなく学生時代に親しんでいたミニマル・ハウスのミックスをかけてみることにした。どんなDJがミックスしているのかはわかっても、どんなプロデューサーのどんなトラックを繋いでいるかまったくわからない、ミニマル・ハウスのミックス。そのアーティストの名とトラック・タイトルが不明のまま繋がれていくさまがなぜか異様に心地よく、ときには起きてから寝るまで(といってもほぼ寝ている状態だが)延々とSoundcloudでランダムに流し続けていた。誰のミックスかは覚えていないが、たぶん多くはペトレ・インスピレスクやリカルド・ヴィラロボスだったのではないかと思う。
このようにミックスを聴き続けるなかで思い起こしたのが、ボアダムスの∈Y∋が2009年にリリースしたミックスCD『Cassette Acid Garage Punk Mix』。ディスクユニオン限定商品で、1960年代から70年代のガレージ・ロックやサイケ、パンクに門外漢な筆者が、「LOWを思いっきりブーストされたガレージパンク、リバーブの彼方から帰還するコズミック・パンクにKICKの連打、洞窟で発見されたカセットの様なEQ。イントロ・アウトロでバックにMIXされているのはハスカー・デュだったりも。。」(原文ママ)という謳い文句に惹かれて当時買ったのだが、トラックリストはないし、聴いてみるとBPMは揺れに揺れているし、とにかく当惑したことを覚えている。とはいいつつも、一回目を聴き終えるころにはもう一度聴きたいと思える何かがあり、繰り返し聴いていたのだが、それは今振り返ると、バンド名も曲名もわからない音楽がBPMという概念を無効化するようなミックスで繋がれていくことで、未知のニュアンスを生んでいたからではないかと思う。そんな感触を、前述のミニマル・ハウスのミックスを聴き続けるなかで思い出したのだ。ミニマル・ハウスは過去の遺物のように思えるかもしれないし、筆者も少なからずそう思っていたが、一旦トラックリストという存在を排除することで、以前とは違ったニュアンスを取り出すことができるのではないか──そう思考することが、ミニマルなトラックを聴くこと以上に心地よかったのかもしれない。そして、ある意味では消極的に思えるそんなミックスの聴き方が、このプレイリスト全盛の現代においても有効ではないかと思うようになり、個人的に音楽を聴く時間のうちでミックスを聴く割合が徐々に増えてきているといったわけだ。
とまあ長々と書いてきたわけですが、つまるところ本企画はDJミックスからもまだ発見できることはあるという牽強付会な目論みのもとでスタートしたものです。とはいえ、個人的には堅苦しいものを望んでいるわけではありません。そこで編集部からいただいた初回のテーマは「新生活に備えて聴きたいDJミックス」。筆者自身は上記のようなこともあり、今のところ新生活というものには少しばかり縁遠いのですが、慌ただしくなる新生活の準備の合間に流していても、強くそれを意識させることはなく、一方でふと耳をそばだてると音楽的に興味深く聴くことができる、まるでイーノのアンビエント哲学のようなムードを纏ったミックスをいくつか選んでみました。
1つ目は、UKクラブ・カルチャーに新風を吹き込むロンドンのレーベル、《Wisdom Teeth》をファクタとともに運営するK-ローンが《Rinse FM》に残したミックス。浮遊感のあるアンビエント・ジャズやアンビエント・フォーク、あるいは揺らぎのあるシンセ・ポップや歪なベース・ミュージックを巧妙にミックスしていく前半も面白いが、2000年代ミニマルのロマン主義や無軌道性を漂わせながら、日常とダンスフロアの継ぎ目を見失わせるミニマル・ハウスを有機的にミックスしていく後半が素晴らしい。彼の最新作『sorry i thought you were someone else』(2025年)と合わせて聴くことで、彼が描く、透明感のある旋律を携えたモダン・ミニマル・ハウスをより深く理解できると思う。
2つ目も《Rinse FM》のミックスで、2562やア・メイド・アップ・サウンド(A Made Up Sound)名義で2000年代後半から10年代中盤のダンスフロアに静かにインパクトを与えていたデイヴ・ハウスマンズ(Dave Huismans)によるもの。彼は10年代のカセット作を最後に沈黙していたが、昨年突然再始動し、エクス・リブリス(ex_libris)名義のEPで陶酔的なアンビエント・ダブ/ハウスを展開、イン・トランジット(In Transit)名義のアルバムでは不規則に脈打つキック・ドラムに重厚なシンセ・ドローンを纏わせた。このミックスでは、ゆったりとしたディープ・ハウスを軸に進行していくが、中盤では彼の初期の頃を思わせる、IDMやテクノ、ダブステップを衝突させた奇怪なベース・ミュージックを交錯させ、最後は叙情的なジャングルで締めるという躍動感のあるミックスを披露。EP、アルバム、ミックスとそれぞれ鳴っているサウンドは違うが、デイヴ・ハウスマンズが復活したことは、筆者にとって予想外ではあったが非常に嬉しい出来事だった。
最後に紹介するのは、フエアコ・S(Huerco S.)ことブライアン・リーズのダンス・ミュージックに焦点を当てた名義=ロイディス(Loidis)のミックス。本ミックスは、東京とニューヨークでパーティーを企画し、両都市のアンダーグラウンド・ダンス・ミュージックを有機的に交配するパーティー=《PACIFIC MODE》のミックス・シリーズの第四弾で、2025年5月にニューヨークのブッシュウィックで行われたパーティーでのロイディスのオープニング・セットを録音したもの。ベーシック・チャンネル譲りのダブ・テクノの残響の中でこだまするディスコ・ハウス、ブレイクビーツ、ディープ・ハウスの断片は、オープニング・セットとはいえ、軽やかにスウィングしている。機能主義に陥ることなくしなやかに展開するこのミックスは、24年のアルバム『One Day』同様、2000年代ミニマル・ハウスが再文脈化しながら復権していることを静かに印象づける。(坂本哲哉)
Text By Tetsuya Sakamoto
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