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キャット・パワーが『Covers』で体現するレジリエンス

14 January 2022 | By Kenji Komai

キャット・パワーが通算3作目となるカヴァー・アルバムをリリースする。コロナ禍のなか、ジェイムス・ブレイクを筆頭に多くのアーティストがカヴァー集をリリースしているが、活動の小休止として自らのルーツを見つめるプロセスであったり、ファンへのプレゼント的な意味合いの作品も少なくないと思う。マシュー・スウィート&スザンナ・ホフスのように、ある年代の楽曲を歴史的観点からコンセプチュアルにまとめ上げる職人がいる一方で、ショーン・マーシャルが続けているのは(結果的に音楽が産業化していく過程でのオリジナル至上主義へのカウンターとして機能しているかもしれないが)もっと直感的で個人的な体験やストラグルに基づいたものであり、彼女の人生と分かちがたく結びついている。『Covers』は、『The Covers Record』(2000年)、『Jukebox』(2008年)と同じく、マーシャルがキャット・パワーを推進させるのに必要な要素であり、そのオリジナリティをあらためて証明してみせる作品である。

マーシャルの音楽に魅了されてきた方ならば、ライヴのセットリストでも音源でも、ごく自然に他者の楽曲を組み込み、オリジナルと分け隔てなく歌い続けていることはご存知だろう。2018年の『Wanderer』では、リアーナが傷つきやすい感情を込めたバラード「Stay」をシンプルなバックトラックの上で、噛みしめるように歌っている。また彼女はしばしば原曲を自分自身の言葉に置き換えてカヴァーする。もとより『The Covers Record』の1曲目「(I Can’t Get No) Satisfaction」から、原曲のいちばん印象的なサビを排除しダウナーなムードを醸し出した衝撃は忘れられない。今作においても、フランク・オーシャンの「Bad Religion」で、主人公とタクシー運転手とのやりとりのなかで“アッラーフ・アクバル”というイスラム教の祈りの言葉を、“神を讃えよ、ハレルヤ”とキリスト教に置き換えているが、これは90年代にタクシーに衝突する事故に遭遇した経験を重ね合わせている。

そのように、ある楽曲を自身の体験に強くひきつけて解釈することに加え、『Covers』でこれまでよりも浮き彫りとなっているのが、過去を改めることでないかと思う。マーシャルはセルフ・カヴァーも頻繁に行っているが、『Jukebox』で「Metal Heart」を若い女性たちを勇気づけるために歌い直したように、今回は『The Greatest』(2006年)収録の「Hate」を「Unhate」として改変した。〈自分が嫌いで、死にたい〉と、自殺について言及しているナンバーだが、〈私には錠剤が与えられた/自分で死ぬために〉と明確に過去の出来事として歌い変えている。『The Cover Records』発表当時、マーシャルは「身に降りかかる災いと失恋から生まれたレフトフィールドなフォーク・シンガー」と評された。自身もドラッグやアルコールが常に身近にある生活を過ごし、うつ病、アルコール中毒、ドラッグ中毒との闘いの連続だったことを明かしている。そもそも、彼女が最初のカヴァー・アルバムをリリースすることになったのも、舞台恐怖症を克服するためにアルコールを摂取する悪循環に陥りがちで、ロック・ツアーに嫌気が差し、ショーの最後に自分の曲の曲を演奏しなくなってしまったことがきっかけとなっている。2000年代に入ってからも、恋人との別離を経験し、目覚めた瞬間からジャック・ダニエルとザナックスに手を出すほどの深いうつ状態だったことや、自信喪失によりヨーロッパ・ツアーをキャンセルしたこともあった。彼女はその後セラピーを受け自暴自棄な性格から立ち直ったと告白している。そうした変化を受け入れる態度こそが、ラナ・デル・レイら他のアーティストから絶大なる信頼を寄せられる理由ではないだろうか。「White Mustang」は、2018年のラナのツアーをサポートしたことから、そのツアー中のステージで披露したカヴァーで、その後『Wanderer』収録の「Woman」でコラボレーションが実現した。

『Covers』はこれまでのカヴァー・アルバムと同様、父、母、義父そして祖母からの多様な音楽的教育(それは家族のレコードを聴くことだったり、祖母にケニー・ロジャースを歌ってあげたり、という日常のことだが)がベースとなっている。1972年にジョージア州アトランタで生まれ、ヒッピーでデヴィッド・ボウイに夢中だった母親は1979年に離婚し、ほどなく再婚、母とミュージシャンの義父、祖母のもとを転々としながら育った。放浪の旅を続ける幼年期を送ったマーシャルは80年代後半にアトランタの地元音楽シーンでミュージシャン活動をスタートさせる。しかし地元のミュージシャン仲間はヘロインにのめり込み、恋人と友人をエイズと薬物で亡くしたことを契機に、1992年にニューヨークを新たな出発点とすることを決意する。その頃のことを彼女は「サバイブした」と回想している。

強調しておきたいのは、1940年代から2010年代まで、各ディケイドの楽曲を収録した、ジャンルを横断したソングブックという体裁をとっているものの、その形式よりも、マーシャルがこれらの曲に初めて触れたときの心の揺れが楽曲に反映され、新たなエモーションが生まれていることだ。イギー・ポップの「Endless Sea」は、マイケル・ハッチェンスが主演を務める、80年代のオーストラリア・メルボルンのパンク・ロック・シーンを舞台にした映画『ドッグ・イン・スペース』(1986年)の挿入曲だ。ハッチェンス演じるバンドマンの恋人がオーバードーズで命を落とすシーンで流れる。増幅された緊張感は、マーシャルがこの映画を観たときの興奮を音像に閉じ込めたかのような気さえする。リプレイスメンツの「Here Comes a Regular」も、ここにしか居場所がないのだと言わんばかりに馴染みのバーに通う主人公へのいわば〈アルコール中毒者への讃歌〉なのだが、そこにニューヨークの下積み時代のマーシャルの孤独が投影されることで、さらに切なさを高めている。

マーシャルの魅力のひとつには、“危うげな存在感”が挙げられることは否定できない。しかし、『Covers』のざらついた声にある種のおだやかさを感じないだろうか。ザ・ポーグスのシェイン・マガウアンはこの世で最も優れたソングライターの一人だと断言するマーシャルの手にかかると、「Pair Of Brown Eyes」が6歳の彼女の息子Boazへの子守唄のように変貌する。ラストに収められたビリー・ホリデイの「I’ll Be Seeing You」は、『Sun』のミックスを手掛けたプロデューサー、フィリップ・ズダールをはじめとする亡くなった親友たちに捧げられた穏やかなナンバーだ。これまでの作品と同じように、このアルバムには深い喪失が底辺に流れているものの、傷を深める歌にとどまらない。

マーシャルにとってカヴァーとは、内省を客観視するために必要な手段であり、キャット・パワーとは、内気なベッドルーム・シンガーが、音楽をアーティストとリスナーをつないでくれる存在としてそこに愚直なまでに希望を見出そうと試み、オリジナルもクラシックも最新のナンバーもいまの時代にフィットするように変化を柔軟に受け入れて表現してきた歴史と言えるかもしれない。今の彼女に自己憐憫はない。生きる上での不安を抉り出すことで、レジリエンス(しなやかな強さ)を共有しようとしている。(駒井憲嗣)

Text By Kenji Komai


Cat Power

Covers

LABEL : Domino / Beatink
RELEASE DATE : 2021.01.14


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