ブラック・カントリー・ニュー・ロードが示す「変化の美学」
──ライヴが音楽を再定義する
ライヴが先か、録音が先か。そんな鶏と卵のような一般論ではないが、ブラック・カントリー・ニュー・ロード(以下、BC,NR)のライヴを観るたびに、音楽とは、現場で常に生み出されてくのだと実感する。彼らにとって音楽は固定された構造ではなく、生き物のように変化し続け、演奏のたびに再構築されるものなのか。音楽に宿る根源的な幸福感、理由づけのできない神聖幾何学のような側面に、これほど純粋に迫っているバンドは他にない。そこには、前身バンドの解散や主要メンバーの脱退といった変化を経ても、なお柔軟であり続けた、彼ら特有のしなやかさがある。
ステージ上の彼らは、しばしば互いを見つめ合いながら音を紡ぐ。ベースがリズムを刻み、ヴァイオリンが微細な感情の震えを描き、サックスが会話のようにそれに応える。屋台骨のように支えるドラム、全体を俯瞰しながら物語を編むキーボード。ギターはギターとしてではなく、隠し味のような飛び道具として。他にもクラリネットやフルート、リコーダー、アコーディオンなど多彩な楽器を駆使し、オーケストラ的な繊細さと爆発力を往復する。ジャンルの輪郭を曖昧にしながら、ストーリー性のある空間を創り上げていくのだ。
彼らの音楽に共通するのは、“不安定さ”への絶対的な信頼関係だ。曲は決して一直線に進まない。緊張が高まりかけた瞬間にフェードアウトし、途切れたと思ったメロディが、波のようにまた押し寄せる。その張り詰めた空気に、会場全体が息を呑めば、その沈黙の時間さえ、音楽の一部として機能しているように感じる。そうして観客はその間を共有することで、音楽と同じ呼吸をする。かつてメイン・ヴォーカルを務めていたアイザック・ウッドの脱退を機に、BC,NRが平等でデモクラティックなバンド運営を始めてから、観客の存在すらも彼らの音楽の一部として組み込まれているように思える。観客自身も、もう1つの楽器として音の流れを変えていくのだ。それはライヴ・アルバム『Live at Bush Hall』でのインタヴューで語られた「学芸会的な美学、すなわち、大人になるにつれて失われる素敵な無秩序さ」という発言からも読み取ることができる。実際に《Bush Hall》で行ったライヴセットは、観客がいないと成り立たない仕掛けも多く見られた。
新作『Forever Howlong』では、タイラー・ハイド、メイ・カーショウ、ジョージア・エラリーの3人がそれぞれ異なる感情を軸に担い、曲ごとに主役が入れ替わる。そのシスターフッド的な連帯感は制作過程にも表れ、1人が持ち込んだ曲が連鎖的に他の曲へ影響を与えたという。歌声はメロディとの完璧な調和を求めず、ずれ、重なり、時に衝突しながらも、相互作用で1つの風景を描き出す。それは統一ではなく、共存の美学であり、現代的なバンドの在り方を体現している。
彼らのステージには、派手な演出や予定調和のルールはない。あるのは音と沈黙のあいだで揺れる緊張、そして“音楽がいま生まれようとしている”という感覚だけだ。彼ら自身が音を探り、形を模索するその過程こそがライヴであり、観客はその場に居合わせる者として、音の成長と崩壊の過程を目撃する。BC,NRのライヴは、過去の再構築であり、未来への予告編でもある。だからこそ、彼らは他のどのバンドにも似ていない。ライヴはスタジオ録音の再現ではなく、作品が生まれる瞬間の記録なのだ。至極当たり前なことだが、同じライヴは2度とない。そこにこそ、生きた音楽の本質がある。音楽を記録から解き放ち、再びリアルタイムで起きている変化として取り戻す。その現場に立ち会うことは、少し神聖で、少し不安定で、そして何より尊く美しい。彼らの音楽はいつでもその変化の中にあるからこそ、完成形は常にライヴの中にある。僕はそれこそが彼らの唯一無二の魅力なのだと思う。
昨夏、ロンドンで僕は幾度目かのBC,NRを観た。まだ出来上がったばかりの「For the Cold Country」を聴き、思わず涙がこぼれた。あまりにも美しく、柔らかく、眩しく、包み込むように大きく優しく、それはまるで魔法のようだった。ライヴを終えた後の静けさの中で、身体にはまだ音の残響が宿っていた。拍手が途切れても、耳の奥にはメロディが残り続けていた。音楽が過ぎ去った後、今でもその記憶が呼吸を続けている。それは、彼らの音楽がもはや“聴くもの”ではなく“共に生きていくもの”として存在している証だ。現在進行形で変化し続ける彼らの音楽が、12月に行われる日本でのライヴでどのように響くのか。悲しいニュースが続くこの世界で、その魔法はきっと、暗い道を照らす新たな光に違いない。(文/Kaede Hayashi Photo by Mat Coffey, Maeve Wong)
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Black Country, New Road
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Text By Kaede Hayashi
Black Country, New Road JAPAN TOUR 2025
◾️2025年12月08日(月) 大阪 BIGCAT
◾️2025年12月09日(火) 名古屋 JAMMIN’
◾️2025年12月10日(水) 東京 EX THEATER
開場18:00 開演19:00
詳細・チケット購入はこちらから(BEATINK公式オンラインサイト)
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14883
Black Country, New Road
『Forever Howlong』
RELEASE DATE : 2025.04.04
LABEL : Ninja Tune / BEATINK
購入は以下から
BEATINK公式オンラインサイト
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