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BEST TRACKS OF THE MONTH – November, 2019

Billie Eilish – 「everything I wanted」

ビリー・アイリッシュに私が抱いていた印象をあえて言葉を選ばずに言えば、”突き抜けたベタ”だ。勿論、低音だけを強調したサウンドと囁くような独特のヴォーカルに驚かなかったわけではない。が、挑発的なベースラインや退廃的なセルフイメージは、ダークなものに惹かれがちなミドルティーン(日本的にいえば”中二”)心には直球すぎてかえってキャッチーだろうし、だからこそ誰もやらなかったド王道…であるようにも感じていた、これまでは。

そんな印象を覆されたのが今回の新曲だ。サウンドメイクのそのものはこれまでと大きくは変わっていない。だが、低音に厚みのあるビートがピアノの旋律と絡みながら、IDMのようなミニマルさと静謐さを持つようになっているのが予想外だった。そして、瞬く間に全てを手に入れた少女の孤独と空虚や、隣で見守る制作パートナーの兄への温もりのある感情が切々と語られるリリック。それが彼女特有のボソボソとつぶやく歌によって、眠りにつく前の枕元でのおしゃべりのようにも感じられてくるのだ(デビューアルバムのタイトルの意味するところでもあるのだろうが)。そうしたこの曲の彼女にはつい初期のThe xxを思い浮かべもし、その”親密なミニマリズム”の継承者としての側面にもはたと気づかされた。と同時に、「ティーンたちは彼女にこんな親しみと近さを感じていたんだな」と心から納得できた1曲だ。今はまるで10代に戻ったかのような気分である。(井草七海)

butaji – 「中央線」

昨年のアルバム『告白』以来の新譜となる12月18日発売ニューシングルの表題曲。彼の曲には常にパーソナルな体験を基にした苦悩や葛藤が滲んでいる。『告白』では<他者とのわかりあえなさ>について向き合っていたが、聴いている内に自分の記憶の一部がささくれ立って共感し、普遍性を帯びてくるから不思議だ。そんな彼が友部正人やTHE BOOMなども歌ってきた中央線を舞台とし、実在する風景の中で確かに存在した僕とあなたの小さな物語から歌は出発する。モノローグ的な弾き語りから始まり、バンドに加えてトランペットやストリングスによって、ドラマチックに彩られていくサウンド。そしてもうあなたに想いが届かないことを受け入れた上で、今までで一番率直な言葉「君を愛している」と歌うのだ。しかしそこに“I LOVE YOU”(『告白』収録)にあった怒りの衝動ややりきれなさはない。後半にかけて急げ、急げと社会や自分たちの変化に立ち向かおうとするbutajiの歌は、今までになく晴れやかで、逞しい。これまでの想いを全て託した中央線は、空を飛んで聴く者の胸に突き刺さるのだ。かさぶたとなった痛みと共にbutajiは次のステージへと走り出す。(峯大貴)

Khruangbin & Leon Bridges「Texas Sun」

異国のタイに目を向けるクルアンビンと、アメリカのオーセンティックなソウル・ミュージックを志向するリオン・ブリッジズ、一見真逆の両者が共作したことに驚いた。この二組の共通点は出身のテキサス州、それが今回のコラボレーションを実現に導いた理由の1つなのだろう。クルアンビンのミニマルなベースとドラム、リバーブがかかったギターのシンプルかつブルージーなオブリガードは、ブリッジズのソウルフルな歌の魅力を引き出すバッキングとして、その役割を存分に発揮している。そうして強調されたブリッジズの歌はゆったりと響き、歌詞はテキサスの広大な地にのびる道と吹きすさぶ風、そして遠くの方に沈みゆく太陽の情景を描く。サウンドと歌、そして歌詞のどれもがシンプルにテキサスを伝えている。

ブリッジズはクルアンビンから曲を受け取って、もう翌日には歌のメロディと歌詞をつけてしまったという。慣れ親しんだ地への気軽さをもって、テキサスを端的に表した。テーマのシンプルな描写が、テキサスという地を私たちに容易に連想させてくれる。(加藤孔紀)

Rayowa – 「Better Man」

イギリスはエセックス出身のCourtsのメンバーだったBaker3兄弟によるディスコ・バンド、Rayowaのデビュー曲。前身バンドではディスコ/ソウルといったエッセンスを90年代的なヒップホップのフィルターを通したバンドだったが、3兄弟だけで仕切り直されたカタチだ。この曲を聴いた限りでは、ナイル・ロジャースのシックを思わせるギターのカッティング、3兄弟という共通点も持つビー・ジーズを思わせるファルセット・ボイス、まるでマイケル・ジャクソン「Rock With You」のような、70年代後半のディスコ/ソウルを自分たちで再現したサウンドになっている。

彼らの音楽は、ジャングルやトム・ミッシュといったロンドンのいまの音楽を引き合いに出すこともできるだろうが、この曲はあまりにも70年代後半のディスコ/ソウルへの再現度が高過ぎる。当時の楽曲と共にプレイリストに収録されていても、誰も気づかないのではないだろうか。わたしはこれをフェイク70’sソウルと名付けたい。(杉山慧)

Trippie Redd – 「Death ft. DaBaby」

若干20歳のラッパー、トリッピー・レッドの最新ミックステープにして、Billboard 200において自身初の首位獲得作品である『A Love Letter to You 4』から2019年の顔ひとり、Dababyをフィーチュアした1曲を。Three 6 Mafia「Hit a Muthafucka」のサンプリングのループが急かすように鳴るトラップ・チューンで、“Yeah, huh, murder, murder, slatt (Yeah) / Choppa big, it blow you back (Yeah)”とリズミカルなフロウが耳に残る。一方でDababyによる昨年ノースカロライナのウォルマートで彼が遭遇した殺人事件(真相は不明)を思い出させるヴァースもそうだが、彼らの日常においての“死”との距離感がうかがい知れるリリックは重たい。

アコースティック・ギターの音色が強く印象に残る今作の中では異質なサウンドではあるものの、華やかに活躍する若手ラッパーたちに漂う儚げな空気を見事に切り取ることで全体に強い説得力を持たせる1曲だ。(高久大輝)

Venus Peter – 「Heartbeat」

最近にわかに「渋谷系とはなんだったのか」という議論・検証が白熱しているが、音楽家/ライター/リスナー…立場によってその捉え方が大きく異なるのは、渋谷系とは(作品による検証が容易な)音楽性によって定義づけできる現象ではなかった、ということなのだろう。そしてその定義を不可能にした決定的存在が、このVenus Peterだと思っている。いわゆる渋谷系作品の多くが過去の音楽的遺産の再解釈を軸とする一方で、マッドチェスターやシューゲイザーといった当時最新のサウンドを同時代的に鳴らしていた彼らは明らかに異彩を放つ存在だった。にも関わらず彼らがその一角を担うバンドとされていたのは、楽曲から放たれる多幸感やトリップ感が日本という土着性から完全に自由であった点が、渋谷系というムーブメントが志向した新しさと共鳴していたからだろう。久々に発表された新曲「Heartbeat」は、あれから30年近い時間が流れたことがまったく信じられないほど清々しい透明感だけが疾走するギターポップ。奇しくも、同時期にリリースされたシューゲイザーの大御所RIDE「Future Love」と呼応するような清冽さをたたえている点が感慨深い。(ドリーミー刑事)

PALE BEACH – 「ENOGH ALREADY」

Venus Peter「Heartbeat」で火がついたギターポップ愛をさらに高めるべく、ぜひ続けて聴いてもらいたい1曲が新鋭・PALEBEACHの「ENOUGH ALREADY」。美しく陰のあるメロディとシンプルで感傷的なギターリフ、そして少し脱力感のある歌声…。ギターポップファンがギターポップを好きな理由をすべて充たしたような曲である。その上でミニマルかつタイトなリズムやドリームポップ的な音響処理などモダナイズされた形跡もあり、2019年のインディーミュージックとしてほとんど完璧と言っていいのでは、と思ってしまう。

たまたまレコードショップでセンスのいいアートワークに 惹かれて入手してみたら大当たり、という出会いだったのでまだライブも見ていないし、詳しい情報は持ち合わせていないのだが、Moringwhimという名古屋のバンドでギターを担当するHidetoshi Muraiによるソロプロジェクトの初音源とのこと。しかし(おそらく)親子ほどに年の離れたVenusPeterと同様、そうしたバックデータが一切なくても、一聴しただけでリスナーの心を軽やかに奪ってしまうボーダレス・タイムレスな魅力が眩しい。(ドリーミー刑事)

Text By Daiki MineDreamy DekaKei SugiyamaNami IgusaDaiki TakakuKoki Kato

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