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BEST TRACKS OF THE MONTH特別編
-TURNスタッフ/ライター陣が2020年を振り返る-

当サイトの連載企画《BEST TRACKS OF THE MONTH》。その2021年最初の更新は特別編として、編集部およびTURNレギュラー執筆陣が2020年を振り返り、その中で自らの思考や行動と密接に関わっていた楽曲あるいは2020年のベスト・トラックを3〜5曲選出し、それぞれの視点からコメントしています。コロナ禍、BML、大統領選挙などなど……激動だった2020年を一人ひとりはどのように過ごしたのか。そして不安が尽きない2021年をどう生きるのか。それぞれのコメントを読みながら、ぜひいっしょに考えていただけたら嬉しいです。(TURN編集部)

Editor’s Choices
まずはTURN編集部のピックアップとコメントからどうぞ!

井草七海

Songs
・Adrianne Lenker「mostly chimes」
・Okada Takuro + duenn「Public Opne Space」
・Blake Mills「My Dear One」

コメント
私の部屋はうなぎの寝床のように細長く、一度中に入ると奥にひとつ据え付けられた大きな窓だけが外界との唯一の接点となる。2020年は、近くで同僚が話す声や物音が聞こえる訳でもなく、日中ただひとり仕事を片付けながら外の音に耳を委ねる生活が続き、窓をすり抜けて入ってくる音によってのみ、世界とつながっている実感を抱く場面が多かった。

そうなってくると、生活音と音楽の境界は、いつになく曖昧になる。今回挙げた楽曲は、そんな経験をとりわけ印象深く与えてくれた曲たちだ。ギターのフレットに爪が当たる音、風を予感させるウィンドチャイムの音、誰かが歩き去る音……15分強のワントラックの中に、それらをバイノーラル録音でとらえたエイドリアン・レンカーの「mostly chimes」の中の音は、自分の周囲の生活音に同期してしまう瞬間がしばしばあった。岡田拓郎とduennのアルバム『都市計画』もまた、その意味でこの年に出るべくして出た作品だと感じたが、なかでも特にひと気のない「Public Open Space」には、作られたまま放置された人工のランドスケープをイメージさせられる。こちらには逆に、生活音をその内に取り込むことではじめて、人の暮らす“街”となり、別の音楽として浮かび上がってくるような感覚もある。ともかく、そのようにして音楽の“内と外”の壁の自明性について考え始めるに至ったのが、2020年における無視できないトピックだった。

ちなみに、ブレイク・ミルズの「My Dear One」はそれとは少し異なり、心臓音のようなキックの音の処理に、音楽と対峙しているというより、入り込んでしまった、というような感覚に陥る楽曲(個人的には)。これもまた音楽の“内と外”の逆転現象への気づきを与えてくれた。とはいえ、答えはまだ、出ていない。が、あまり急いでもいない。なにせ2021年も、まだ時間はたっぷりありそうなので。(井草七海)

岡村詩野

Songs
・Ethan Gruska「Blood In Rain」
・Christian Lee Hutson「Northsiders」
・William Basinski「All These Too, I, Love」
・Bill Callahan「Another Song」
・Wendy Eisenberg「Futures」

コメント
他誌であげた作品やアーティストはオミットしました。ただ、新旧、エリア、手法など様々にクロスしたアメリカの音楽が近年稀にみる面白さだということだけは間違いないと感じています。

ところで、昨年12月、ベルリン滞在から帰ってきた日本人の友人に久々に会った。このTURNで一度ロックダウン中のベルリンの様子をレポートしてくれた音楽好きの友人だが、なかなか国外に出ることができず、秋にようやく帰国がかなったのだという。さぞや疲弊していることだろうと一瞬慮ったが、会ってみると、ベルリンから持って帰ってきた大量のアナログ・レコードを、惜しげもなく周囲にいた仲間や知人にポンポンとプレゼントしていて驚いた。フィービー・ブリジャーズやボン・イヴェールなど人気アーティストの、日本で買ったらそれなりに高額となるヴァイナルばかりだったからだ。彼女は決して裕福ではない。ベルリンでも仕事をし、ロックダウンになってからは給付金をもらいながらギリギリで生活をしていたはずだ。それでも彼女は言う。「モノにこだわらないんです。聴きたい人にあげて、自分はまた聴きたくなったら買えばいいんで」。ある種のリサイクルとも言えるこうした共有精神が、ライヴもイベントもままならない、ただただ音楽に向き合うことの豊かさを思い知らされる今、実は最も必要とされている知性的な行動と意識ではないか、と、その時ふと思った。砂糖に群がる蟻のように、ついうっかり「ほしい!」と手を伸ばした自分が、今は少し恥ずかしい。

一方で、そうして手にしたレコードやCDを1枚1枚丁寧にターンテーブルやデッキに乗せる、ごく当たり前の、でも最高に贅沢な“暮らし”を、どこまで貫けるのかを日々考える。音楽は究極の嗜好品に他ならない。運が良ければ、人生を揺るがす1曲に出会えるだろうが、たいがいはその衝撃も現実に吸収されていく。だからこそ共有する必要があるのだろうし、当たり前の暮らしを続行させる必要もきっとある。鳴らすも音楽、鳴らさぬも音楽。語るも批評、語らぬも批評。それはコロナとかなんだとかに左右されるレヴェルなどではない。2020年はハル・ウィルナーとピート・ハミルという、趣味性高い音楽と広義でのジャーナリズムという関係性を結びつける上で私にとって絶対的なお手本となってきた大切な2人がこの世を去った年。そしてそれ以上に素晴らしい音楽と出会った年。私には、ただただ、そんな記憶になるのだと思う。(岡村詩野)

尾野泰幸

Songs
・Bartees Strange「About Today」
・Frances Quinlan「Your Reply」
・Gotch「The Age(feat. BASI, Dhira Bongs & Keishi Tanaka)」
・Jeff Rosenstock「Illegal Fireworks And Hiding Bottles In The Sand」
・七尾旅人「今夜、世界中のベニューで」

コメント
自身のベスト・トラックは2020年の大晦日にジェフ・ローゼンストックがサプライズ・リリースした「Illegal Fireworks And Hiding Bottles In The Sand」。新型コロナウィルス感染症にて亡くなったフレデリック・“トゥーツ”・ヒバートと、死因は明らかにされていないが2020年に亡くなったMFドゥームに捧げるというメッセージが本曲に添えられているが、“夢の中であなたが待っているから僕は一人じゃない”というリリックはコロナウィルス感染症によって命を奪われたすべての人と、その死を受け入れ生きていかねばならないすべての人へと向けられているだろう。

この曲が《Bandcamp》でしか聴くことができないように、サブスクリプション・サービスの外部、具体的には《Bandcamp》や《Soundcloud》、そして中古CDディグへ未知な音楽のフロンティアとしてのより一層の可能性と興味を感じた一年だった。毎週《Allmusic》や《Album of The Year》といったウェブサイトを巡回し、めぼしい作品を見つけては《Apple Music》のライブラリに一気に追加して順番に聴いていく。そんな聴き方はきっと誰でもできるし、時に単なる“作業”をしている自分にハッと気づき、虚しくもなる。それだけではないよな。そんな考えが日増しに高まる中で《Bandcamp》、《Soundcloud》、中古CDディグを通じ出会った音楽は自身の定型化されつつあった音楽聴取を相対化してくれた。

そのような日々の小さな幸せの積み重ねと反比例するように、コロナウィルス感染症は収まる気配は全くない。複雑に数多の事象が絡み合い、唯一解など存在しえない世界において、物事を単純明快に説明し、その場限りの“理解”と“支持”を得ようとする言葉を疑い、ときに意識的に抗っていくことを求められた一年でもあった。分かりやすさや効率の良さが支持される時代において、その対極にある物事に潜む面白さや魅力への視線を忘れないようにしたい。それ以上に、一刻も早くこのパンデミックが収束し、また小さなベニューで安心してライブを見れる日が来ることを願う。(尾野泰幸)



加藤孔紀

Songs
・Kelsey Lu「HYDROHARMONIA (Episode 1)」
・The Instant Obon「よさこい土左衛門」
・Peter CottonTale「Do Your Thing」

コメント
2020年の自分はプリミティブなものに意識が向いていたと思う。ケルシー・ルーの「HYDROHARMONIA (Episode 1)」は、彼女がコロナ禍で日々インスタグラムにアップしていた映像とおそらく同様の、スマホのカメラでズームしたりして撮影されたものに音が付けられた作品。決して鮮明な画質ではないけど、海を追い求める本能的な欲求がそのまま収められているよう。辻村豪文(キセル)のソロプロジェクト、The Instant Obonの「よさこい土左衛門」には、かつては身近だった日本の、現代では疎遠になりつつある音楽に、これまでとは違ったアプローチで耳をすませてみようという再発見が。ステイホーム下の窮屈な生活が当たり前になった頃、とりあえずベッドから起きて音楽に乗せて体を動かしてみようという気持ちにさせてくれたピーター・コットンテイルのアルバム『CATCH』。その1曲目「Do Your Thing」のゴスペル・クワイヤからは歌詞も相まって元気をもらった。環境と音楽、日本の伝統音楽への眼差し、ゴスペル・クワイヤなど、再解釈などで年々耳にすることが増えてきたサウンドだが、これらはずっと過去からこの世界に在って、積み重なって、今日まで届いたのだということに改めて想いを馳せた。こうした原始的なものが時には国境を越えて自分の本能を刺激したり、エネルギーを与えてくれた気がして有難くも感じた。音楽を問わず、過去から現代まで連綿と繋がっているものの価値に目を凝らした1年、発見が多かったけれど、同時に目を背けることのできない問題への気付きも日に日に積み重なっていた。(加藤孔紀)

高久大輝

Songs
・環ROY「能」
・(sic)boy,KM「Kill this (feat. Only U)」
・Le Makeup「Sit Down in Reflection」
・Charli XCX「forever」
・5lack「きみのみらいのための」

コメント
2020年の4月か5月あたり、兼ねてから時間を取って浸りたいと思っていたオウテカの作品群をゆっくり聴く時間を設けることができ、それは今振り返ると大きかったのかもしれない。オウテカの素晴らしさについてはいまさら言及する必要もないと思うが、彼らの音楽の持っているある種の冷たさ(それは音に対してのフェアな姿勢と言い換えても良いかもしれない)には、メロディやリズムのどこに自分の耳はフレッシュに反応しているのかを問われるような感覚があると思っている。だからこそ、その音と向き合う時間は自分の欲求との対話の時間であり、この先どんなダンスを踊ることができるのかという探求の時間だった。さらに奇しくもそんな時期を経た2020年に届いた『SIGN』と『PLUS』というオウテカの2つの新作には、収録時間が大きく膨らんだ『NTS Sessions 1-4』(2018年)と比べると少しばかりの親密さがあり、だけどやはり掴みきれない美しさもあって、音楽を聴くことの楽しさにはまだまだ広く深い奥行きがあることを改めて感じることができた。

上掲の5曲は2020年にTURNで記事を担当した作品から選びました。どれも素晴らしいものばかり。特に取材記事についてはその過程も含めて、たくさん刺激を受けました。

2021年も、自分を探りながら、それは本当に難しいことだけれど、できる限り素直に、アガる方へ進んでいきます。(高久大輝)


Writer’s Choices
続いてTURNレギュラー執筆陣のピックアップとコメントをお届けします!

阿部 仁知

Songs
・Adrianne Lenker「music for indigo」
・Bob Dylan「Murder Most Foul」
・曽我部恵一「Sometime In Tokyo City」
・Sufjan Stevens「America」

コメント
自粛、密の回避、テレワーク、ライブやイベントの中止・延期。本来不可分であるはずの生命と日々の営みが分断され、その両極の狭間で日々「最善の対応」が揺れ動く。「僕はいいけど相手や周りのことを考えると…」という思考を幾度となく繰り返し、社会的振る舞いが求められ続ける中、否が応でも自身の在り方を見つめ直すこととなった。それが僕の2020年だった。ライブやクラブにほとんど行けなかったことや部屋で過ごす時間が増えたことも要因の一つではあるが、社会的な要請を強く意識させられる反動もあり、僕の興味は「個」に向かっていたように思う。

実を言うと今回選んだ楽曲たちをまだ飲み込みきれていないというのが本音だが、それこそが選出の理由なのかもしれない。10分超の収録時間の中である人は自身の根源に深く向き合い、ある人は生きてきたその時代から長大なナラティヴを描き出す。またある人は刻一刻と変化する状況を機敏に感じ取りながら、今一番響く音を模索する。信じるべきものが揺らぎ続けた生活の中で、それぞれ表現は違えど迷い苦しみながら紡ぎ出す、シンガー・ソングライターたちの思考の足跡に何よりも勇気づけられた。

この原稿を書いている12月下旬の今、年末の実感がまるでない。おそらく新年を迎えてもこの感覚がリフレッシュされることなどなく、連綿と続いていくのだろう。僕らはまだ終わりの見えない渦中にいる。だが、何かを解決してくれる魔法の言葉などないし、結論は自身で導かなければならない。直接的な言葉はなくとも、日々に揺られて大切なことを忘れそうになる僕にさりげなくそんな檄を飛ばしてくれたのが、傍らで鳴っていた彼や彼女の音楽だった。(阿部仁知)

奧田翔

Songs
・Jhené Aiko「10k Hours ft. Nas」
・D Smoke「Like My Daddy」
・Big Sean「Don Life ft. Lil Wayne」
・Problem「Janet Freestyle(Remix)」

コメント
2020年の私的MVPはジェネイ・アイコ。タイ・ダラ・サインが客演で本領を発揮するさまを2枚のイラストで揶揄したミームも記憶に新しいが、ジェネイもまたTy$と同様に、「この人が客演にいれば間違いない」というポジションを築き上げたといえよう。そのTy$や恋人=ビッグ・ショーンの最新作における存在感も素晴らしかったが、それ以上に特筆すべきは自身のアルバム『Chilombo』だ。全編にわたってボウルを取り入れたヒーリングなサウンドとお決まりのシルキーな声は、幾度となく私を癒した。同作収録曲のうち、一聴目でいたく気に入ったのは「Party For Me」だったが、一時期精神的に芳しくない状態だったことも手伝ってか、気づけばより多く再生していたのは、上掲のスージングでストレートなラブ・ソングだった。その意義を問う声が年々大きくなるグラミー賞だが、2010年代ずっとオルタナティブR&Bの境界を押し広げてきた彼女を主要部門にノミネートしてくれたことに関しては感謝しかない。

30代に入って1年が過ぎ、若さが重んじられるヒップホップ・シーンの中でライターとして自分が果たすべき役割を考えさせられる機会が増えた。そんな私に幾ばくかの希望をもたらしてくれたのが、前述のアイコに加え、裏方としてのキャリアが長く『リズム+フロー』でようやく日の目を浴びたD Smokeと、もはやベテランの域に達しつつあるビッグ・ショーンだ。

そして、BLMの広がりの中で、故ニプシー・ハッスルの存在の大きさを何度再確認させられたか分からない。様々な楽曲の歌詞にニプシーの名前が挙がったが、中でもProblemの上掲曲はシンプルな言葉が沁みた。(奥田翔)

キドウシンペイ

Songs
・Bob Dylan 「Murder Most Foul」
・Taylor Swift 「illicit affairs」
・Fleet Foxes 「A Long Way Past The Past」

コメント
音楽を通して、世界中の人々との共感の輪の中にいられた喜びを、これほど感じたことはなかった一年。その共感とは、平穏への祈りであり、政治家の嘘への怒りであり、暴力と死への悲しみであり、様々な感情が交錯するものだったわけだが、誰にもわからず、目に見えない不安から何とか希望を立ち上げようとする音楽の力が、多くのミュージシャンや音楽に携わる人たち(もちろんリスナーも)によって力強く示されたことは、本当に重要な意味を持った一年だったと思う。大変な年だったけれど、悪い側面ばかりではないなと。

選んだアーティストはみな、説明不要のビッグネームだが、だからこそ共感という点において、世界規模で人気を獲得している音楽家の作品に触れることが、いつになく意味のあることだったと思ったし、皆がいいと思 うものを素直にいいと思えることを、今年は格別に嬉しく感じた。

外出自粛やリモートワークが進んだことによって、個人的には学生時代のように、自宅で映画・音楽・読書を楽しむ時間が増えて文化的には充実した。しかし、それ自体がとても特別なことであるという認識と、経済が一瞬たりとも止まることも休むことも許されないという現実の恐怖に悩み、揺れ動きながら、結局はまた、音楽にそんな問いに対するヒントを求めている。そんなループを繰り返しながら、少しでも前に進めればいいと思う。(キドウシンペイ)

坂内優太

Songs
・BTS「Dynamite」
・Mourning [A] BLKstar「Deluze (Solange Say Remix)」
・Perfume Genius「On the Floor」
・Irreversible Entanglements「No Más」
・Chynna「stupkid」

コメント
自分の人生のこと含めて色々考えてしまう一年だった。音楽業界的には、新作のリリースのペースなどに明らかにコロナ禍の影響が出ていた印象で、その分、リスナー個人としては、トレンドに翻弄されず、自分の関心を追いかけることのできる一種の間隙が生まれていたようにも思う。具体的には旧譜を聴く時間が増えたし、自分のテイストを探究し直す余裕も生じた。今回選んだ5曲は、それを反映していて、必ずしもベストの5曲というわけではなく、個人の音楽体験にとって象徴的だった曲を選んだ。

とは言え、BTSの「Dynamite」はシーンのど真ん中、かつアジア人全般にとっても旗印となる曲だったのではないか。この曲をはじめ、ディスコ調のヒット曲が暗い世相の中で煌めいていて印象的だった。Mourning [A] BLKstarは、初期アーケイド・ファイアのようなルックのアフロ・アメリカ系コレクティブで、既存の米製ブラック・ミュージックのイメージと簡単には結びつかない独特のコスモポリタン感があった。パフューム・ジニアスの曲はピノ・パラディーノまで参加した絶妙なロックンロール・グルーヴの塩梅に抗えず。ムア・マザーも別名義で参加するIrreversible Entanglementsの曲は、個人的なジャズへの関心のシンボルとして。彼らはフリー・ジャズ周辺の何かしら領域で、間違いなく世界最強だろうという謎の圧を感じる、すごいバンド。Chynna(チャイナ)は遺憾ながらその訃報で初めて存在を知ったラッパーで、サイケデリックで幽玄なビートとラップの組み合わせから描き出される世界観、迫力に圧倒された。その才能への畏敬の念と、哀悼の意を改めて表したい。(坂内優太)

ドリーミー刑事

Songs
・GEZAN「狂」
・曽我部恵一「Sometime In Tokyo City」
・cero「Fdf」
・井出健介と母船「ぼくの灯台」

コメント
2019年のこの企画において私は、あいちトリエンナーレ事件を念頭に「2020年には公の場でバンドの演奏が聴けなくなるかもしれないし、そうなったとしても驚かない」と悲観的に書いたのだが、こんな形で私たちの生活から音楽が失われることになるとは想像もしていなかった。私のように人生のほとんどがルーティン化している中年会社員ならともかく、輝かしい一年を送るはずだったアーティストのことを思うと、この停滞はあまりにもむごい。

そんな誰も予測できなかったディストピアの到来と、価値観の根本的な転換という意味において、コロナ禍が本格化する直前にリリースされたGEZANの問題作『狂(KLUE)』にある種の予言性が備わっていたということは、記憶されておくべきことのように思う。 そしてその苦境でも、今やれること、今だからやれることに、いち早く取り組んだceroとカクバリズム、曽我部恵一とローズレコーズの果敢なアクションには音楽ファンとしても、中年会社員としても励まされるような思いがした。そしてその両者が、有観客ライブ再開のさきがけとなった「DRIVE-IN LIVE “PARKED”」という新たな試みにおいて共演したことは、とても象徴的なことだと思った。

最後は井出健介と母船。プログレッシブな快楽性に満ちたアルバムが本当に素晴らしかったのだけれども、そういう文脈とは一切関係なく、猫の目線で歌われたこの曲を聴くとどうしても涙腺が緩んでくる、ということを二匹の猫と暮らし始めた2020年の個人的な記録として残させてください!(ドリーミー刑事)

望月智久

Songs
・millennium parade「Fly with me」
・Porter Robinson「Something Comforting」
・Travis Scott feat. Young Thug & M.I.A.「FRANCHISE」
・KOHH「They Call Me Super Star」
・(sic)boy,KM「Heaven’s Drive feat.vividboooy」

コメント
この記事を書いているのは東京のど真ん中、ホテルの一室。複合的な多様性と相反する孤立した特異な存在感を併せ持つ。世界から見た東京と自分の中でリンクしたのがmillennium paradeである。「攻殻機動隊SAC_2045」のテーマ「Fly with me」で描かれた楽曲世界は現実世界の縮図だ。昨年の今頃は新型コロナウィルスが今なお大きな影響を及ぼすことになるとは考えもしなかった。世界は変わってしまった。緊急事態宣言が発令された真っ直中、ポーター・ロビンソンはオンラインで《SECRET SKY MUSIC FESTIVAL》を開催した。哀しいような嬉しいような、近い未来のフェスのスタンダードの姿を見た気がして、以来「Something Comforting」は2020年のテーマソングのように自分のイヤフォンからことあるごとに流れている。

トラヴィス・スコットは今年もっとも成功した黒人アーティストの1人だろう。BLMに世界中が揺れる中、人種や性別、国境を問わずその楽曲は世界中を駆け巡り耳にした人は多いはず。セールスや話題性を踏まえても彼の年だったと言っても過言ではない。数年前まで東京にライブしに来ていたことを思うと感慨深いが、もしかしたら日本で彼を見られる日はもう来ないかも知れない。

KOHHはアルバム『worst』を以て、KOHH名義での活動に終止符を打つ。スーパースターに憧れて、スーパースターになった青年の地に足のついたリリックとその声に背中を押された。一方で(sic)boyのように新しいスター性を持ったアーティストが颯爽と現れ、新しいストーリーと音楽を紡いでいくその姿は、2021年に希望を抱かせてくれる希有な存在だ。(望月智久)

吉田紗柚季

Songs
・井手健介と母船「妖精たち」
・田中ヤコブ「BIKE」
・くるり「心の中の悪魔」
・Whitney「Hammond Song」
・折坂悠太「トーチ」

コメント
第一波ごろの世間の使命めいた危機感はずいぶんと薄れ、なのに事態はもっと悪化したままコロナ禍2年目がやってきた。あまりに奇妙で目まぐるしかった2020年、ちゃぶ台を返すように変わった部分も確かにあった。けれど今のこの淀み、人と人との歩み寄りを難しくする洪水のようなものは2010年代から徐々にせり上がってきていたもので、それがいよいよ身動きの取れないかさまで達したような気もしている。だからなのか、コロナ禍前に作られた曲のなかにも予言的な響きを感じることはたくさんあった。一昨年にbutajiと共に作られた折坂悠太「トーチ」、くるりの秘蔵ナンバー「心の中の悪魔」はその最たるものだ。

そんな中にも頼もしい人たちの動きはあって、最もそれを感じたのが、神戸・旧グッゲンハイム邸まわりの面々が5月から始めた配信シリーズ“リアルタイム遠距離テレセッション”。中でも秋頃に現地で見た井出健介の出演回は、これまで自分が五感をどう使ってライブを見てきたのか、それが配信越しだとどう変わるか、そもそもなぜ自分はライブを見るのか……を考えさせられる強烈な体験だった。また、田中ヤコブの名盤を筆頭に、クララズや浮といった東京の“古くて新しい”SSWたちの界隈が存在感を持ち始めたのも嬉しい流れだった。他にも、先陣を切って有料配信の可能性を示したカクバリズムとcero、よしむらひらく主宰の先を見据えた支援コンピ企画『いちばん遅く、いちばん長い』など、枚挙にいとまがない。気を抜けばすぐ世を儚むことばかり言いそうになるけれど、音楽に関わる誠実な人たちのありようを、少しでも誠実なかたちで今年も書き綴っていけたら。とにかくそれだけは、肝に銘じておく。(吉田紗柚季)

Text By Sho OkudaHitoshi AbeTomohisa MochizukiSayuki YoshidaDreamy DekaShino OkamuraYuta SakauchiNami IgusaDaiki TakakuKoki KatoYasuyuki OnoSinpei Kido

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