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Editor’s Choices
まずはTURN編集部が合議でピックアップした楽曲をお届け!

Anjimile – 「The King」

昔よくみた悪夢がある。ミニマルな幾何学模様がノイズとともに視界いっぱいに増殖し、圧迫されゆく夢……。中学時代に聴いていたフィリップ・グラスのクワイアを取り入れた『The Photographer』(1984年)を、当時よく観た『世にも奇妙な物語』テーマ曲(1990年)風にアレンジしたような本楽曲。ノースカロライナ在住のAnjimileは2020年の死の夏以来、残虐行為を澄んだ目で見るためのアルバムを制作していた。たくさんの歌声や打ちつける単音の連なりは生活における混乱や悲しみに怒り。夢という形でかつての日常を呼び覚まされたとしても、それは安心への寄り添いとは真逆の、脳に打ちつけられる呪いのようなものである。(髙橋翔哉)

ANOHNI and the Johnsons – 「It Must Change」

ジョンソンズ名義での待望のニュー・アルバムが7月7日にリリースされるアノーニ。制作前にマーヴィン・ゲイ『What’s Going On』のことを考えていたそうで、なるほどこの先行曲はアノーニ流ソウル・ミュージックと言えるような、自然崩壊を食い止めるための思いが綴られた曲。マーヴィンの「What’s〜」がベトナム戦争に出征していた実弟からの手紙に心を動かされた曲であることは知られているが、アノーニは“変わらなければならない”と繰り返すことで、人類の愚かさを嘆き、変化していくことを強く希求する。サム・クックやアレサ・フランクリンなどのソウル好きで知られる英のジミー・ホガース(エイミー・ワインハウス、ダフィー他)がプロデュース。(岡村詩野)

Hayden Pedigo – 「The Happiest Times I Ever Ignored」

アメリカン・プリミティヴ系の若き継承者にして、地元テキサス州のアマリロ市議会議員選挙に立候補したこともある変わり種ギタリストが6月30日にニュー・アルバム『The Happiest Times I Ever Ignored』をリリースする。ジョン・フェイヒィやロビー・バショウの系譜上に位置付けられる29歳で、即興演奏や現代音楽の領域にも半分以上足がかかっている人だが、人懐こいフレーズでシュールな物語を伝えてくれるのがこの人の曲とプレイの魅力。この先行曲も繊細なフィンガースタイルの奏法の中に、ふと覗かせる太い音色と滑らかなフレーズの連なりが奇妙なメランコリアを紡いでいる。アコギ、エレキ、12弦を駆使しても決してテクニックをひけらかすわけではないのがいい。アルバムが楽しみ!(岡村詩野)

Haley Blais – 「MATCHMAKER」

バンクーバーを拠点として活動するシンガーソングライターヘイリー・ブライスが、名門《Arts & Crafts》へと加入するタイミングでリリースした最新楽曲。クリアなウィスパー・ヴォーカルと、複数種のパターンからなるシンセサイザーとパーカッションを用いてしっとりとポップに構成された楽曲からは、例えばスカルクラッシャーの姿を思い浮かべることも可能だろう。リリックは、人間関係を構築することにかなり自信があると思っているがゆえに、少しの不安要素から亀裂を見つけ出してしまうというジレンマを歌ったもの。本曲を含めたセカンド・フル・アルバムは本年後半にリリースされるとのこと。(尾野泰幸)

LCY – 「Bad Blood」

ブリストル生まれでロンドンを拠点に活動するプロデューサー/DJ、LCYによる、「身体とブレイクビーツ、探索と精神的な解放」をテーマにしているというEP『He Hymns』からの1曲。ダークな世界観の中、鳴り響く硬質なビートとチョップされたヴォーカル・サンプルは、明らかに内省的な質感を孕んでいるが、一方でダンスを誘う機能的なリズムを持った音楽でもある。コンセプチュアルさは33EMYBWなどを想起させるし、Two Shellなどと並べて聴くこともできるだろう。過去には《BBC R1》のレジデントを務め、現在は《Rinse FM》のレジデントも務める、UKのダンス・ミュージックを更新する存在に今後も要注目だ。(高久大輝)

 

Madeline Kenney – 「Superficial Conversation」

少しだけ浮いた弦の響きが愛らしい。多彩なエレクトロニカの中をアコースティックの弦が回転している。交差するメロディーの動きはアラベスク模様のように神秘的だ。オークランドを拠点に活動するSSWのマデリーン・ケニー、彼女はこれまでもサウンドの形状に着目してきた。暖かみのあるサイケデリアな空間を作り出すという点で、同じ《Carpark Records》のトロ・イ・モアとコラボレーションをしてきたのも納得。7月発売のニュー・アルバム『A New Reality Mind』からの先行曲は美しさの中に、目を凝らすデザインが潜んでいる。もしかしたら違和感のある弦は、歌詞にある監視される息苦しさ、新しい生き方の覚悟を伝えているのだろうか。(吉澤奈々)

MAZOHA – 「Αρρενωτίποτα」

ギリシャはテッサロニキから、ごきげんなシンセウェイヴを。ヒューマン・リーグやデッド・オア・アライヴのような80年代UKシンセポップにも聴こえるし、ベルリン出身ティーンズ・ポップの仕掛け人、Andreas Dorauのキッチュなポップネスも感じる。はたまた2010年代前半のUSエレクトロポップの長すぎる余波か? 全くリファレンスや文脈は読めないが、スカスカのビートと8分を刻むメロディックなシンセの直角なグルーヴにのせて、MAZOHAは日常とメディアの中に潜む男性性を歌う。高速で行き来する情報と時間。彼は以前より孤独と自嘲を原動力としていたらしい。でもこのきらめきだけは、どうか止めないで。(髙橋翔哉)


Writer’s Choices
続いてTURNライター陣がそれぞれの専門分野から聴き逃し厳禁の楽曲をピックアップ!

Family Stereo – 「Matter」

ロンドンを拠点に活動する現在22歳のブレイク・ワットによるユニット、デビューEPからのナンバー。スクイッドやブラック・カントリー・ニュー・ロードら《The Windmill》周辺にシンパシーを感じながらも、持ち味であるベッドルーム・ポップ的プロダクションと、牧歌的でフォーキーな味わいのソングライティングを研磨。幼少時代に家族に連れられた海辺の街に思いを馳せるノスタルジックな歌詞がじんわり染み入る。両親であるエヴリシング・バット・ザ・ガールのベン・ワットとトレイシー・ソーンが太鼓判を押すのも納得の仕上がり。蛇足ながら……それにしてもベンの「Something Don’t Matter」と繋げて聴きたくなってしまう。(駒井憲嗣)

Francis – 「裁かるゝエミリ」

最近ではコーヒーゼリー愛好家としても話題の小里誠のソロ・プロジェクト、Francis。約2年ぶりの新曲が熱い。小西康陽が用意した脚本のような歌詞の主人公は、恋人を救うため命の危険を顧みず中世から時空を超えて舞い戻ってきたジャンヌ・ダルク。この壮大で唐突すぎるキャラクター設定に、切実な身体性とリアリティを吹き込んでいる加納エミリのヴォーカルが見事。そしてこれまでのキャリアにおいては一貫してどこか隙のある、ローファイでキッチュな音像を追求してきた小里も、今作では後期YMOを彷彿とさせるほどに緻密で重層的なシンセポップ・ハーモニーを作り上げており、彼のコンポーザーとしての新たな一面を見ることができる。(ドリーミー刑事)

 

Jorja Smith – 「Little Things」

9月29日にリリースが予定されている2ndアルバム『Falling or Flying』から2曲目となる先行トラック。2018年リリースの1stアルバム『Lost & Found』で高く評価されたが、ニュアンスの深いヴォーカルはさておき、サウンド面はあまりに真っ当なR&Bで自分としてはさほど引っかからなかったが、バーナ・ボーイやポップカーンをフィーチャーし、アフロビートやダンスホールでも歌うようになってからは気になる存在へとなっていった。そして、この曲ではニア・アーカイヴスを筆頭にしたドラムンベース・リヴァイヴァルに呼応するようなリズミカルなトラックをバックに堂々と歌い上げる。ワーキング・ウィークの「ベンセレモース・ウィー・ウィル・ウィン」にも通じるラテン・ジャズの風味もあって、アルバムへの期待を高めてくれる。(油納将志)

Pedro Ricardo & Damián Botigué – 「Cerca de Mi」

ポルトガル出身のDJ/プロデューサーであるPedro Ricardo。今年2月にリリースしたデビューアルバム『Soprem Bons Ventos』で、中南米を横断するようなリズムと旋律の大航海を披露した彼が、アルゼンチン出身のプロデューサー、Damián Botiguéとのコラボアルバム『Un Nuevo Amanecer』を今月発表する。先行曲「Cerca de Mi」は、ジリジリと体温を高めていく没入的なジャズ・ファンク・ナンバー。Grupo UmやMarcos Resende&Indexといった《Far Out Recordings》によるリイシューにも通ずる熱演っぷりだ。デビュー作でトラディショナルなフォークロアを換骨奪胎して再構築したPedro Ricardoがどのような解釈を見せるのか注目したい。(風間一慶)

 

waterbaby – 「911」

ストックホルムを拠点に活動するwaterbabyのEP『Foam』からの先行曲。あなたの支えになるからいつでも電話してと歌うこの曲のMVはストリートでスケボーを楽しむホームビデオのような映像が付けられている。それを観て私は映画『mid90s ミッドナインティーズ』と『行き止まりの世界に生まれて』を思い浮かべた。この2本は問題を抱えた若者たちがこの先が行き止まりだと分かりつつも、そこにしか居場所がない様を描いていた。それを踏まえて本作を聴くと、そうした彼らへの救済のメッセージのように聞こえてくる。特にサイレンを模した歌声は最悪の事態を想定させるなど、社会的な問題提起も含んでいると思う。(杉山慧)

Maika Loubté – 「Ice Age」

遠くから聴こえてくるギターとシンセの波。氷に覆われた水中で鳴っているようなキックは心拍みたい。地球とベッドルームを行き来するリリックはたぶん発音の面白さが重視されていて、辺りに降りそそぎ景色をきらめかせる光のような声で知らない言語みたいに歌われる。その全部を包み込むのは、飛躍も勘違いも飲み込むような深い深いエコーと、タイムラプス風のMVで重なり続ける氷山の残像みたいなディレイ。氷河期が終わることがテーマだからか、氷を砕くような硬い音、突き破るような上昇音、水に潜るときの音と共に昂揚しながら、最後は雪に反射する光みたいなシンセが残ってどこかへ帰るように遠くなるのはなにかのサイクルみたい。(佐藤遥)

Eyedress – 「Escape From The Killer」

最近ではKevin SheldsがRemixを手がけたことも話題となったフィリピン出身LA拠点のアーティストEyedress。毎月のように楽曲を発表し毎年のようにアルバムを出す彼にとっては、新曲のリリースなど私たちが呼吸し排泄するのと同じレベルかもしれませんが、今回は彼のスウィート・サイドが炸裂した会心の一曲。タイトルの通り”2008”と”1994”で対になっており、ビデオ含め聴き比べ観比べてみるのも面白いです。しかしこれだけ曲を作りながら毎回ビデオまでしっかり仕上げてくる彼の行動力には本当に感服します。(小倉健一)


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