目に見えない、言葉にしにくい粋
カーネーション、あがた森魚、スカート、佐藤優介、ayU tokiO、本日休演らが参加したムーンライダーズの鈴木博文トリビュート
猫背気味に前屈みになり、客席に背中を向けたりしながら黙々とベースを弾く。隣に立つことが多い、華やかでお祭り騒ぎ好きのギタリスト、白井良明とは対照的。ムーンライダーズというバンドは、もう、こうした立ち位置のコントラストでさえ大いに刺激的だ。自分の持ち歌を披露する時も、どこか所在なさげに、「え、歌うの?」とばかりに素っ気なくマイクの前に立つ。そう言いつつも、順番が回ってきて嬉しそうに歌い始める横顔はほんのり紅が差したようにあかい。僅かながらビブラートがかかった中低域のヴォーカルに照れが混じる。いや、少しばかり酔っているのかもしれない。その場のムードに? 曲の素晴らしさに? あるいはそれを表現している自分自身に?……いや、たぶん全部だ。
彼の作った楽曲の一つに「くれない埠頭」という曲がある。昨年亡くなったPANTAがすっかり気に入って何度も自分のライヴで歌ったことでも知られるメランコリックな曲だが、ムーンライダーズの最近の公演では終盤のクライマックスで披露されることが多い。しかも、かなりアレンジを崩して、中盤からオブスキュアなインタープレイに突入することが近年の定番になっていることはファンの方には先刻承知だろう。ライヴ全体の構成や編曲はもちろん鈴木慶一が最終的に音頭をとっているのだろうが、バンドの代表曲とはいえ、この「くれない埠頭」をどうしてアンビエント~ドローン的なトライアルの中心に据えているのか、ということを彼らのライヴを観ながら毎回考えてしまうのだが、その理由をいつも鈴木慶一、もしくは作者である本人に聞こうと思って、でもつい忘れてしまい、今もまだ明確な答えを聞いていない。まあ、答えを知らないままでもいいかなとどこかで自分でも思っているからなのだろうが、その時点でこの曲の持っている、まるで永遠にループしていくようなフレーズのドラッギーな効果に酔わされてしまっているからなのかもしれないと思う。
“吹きっさらしの/夕陽のドックに/海はつながれて/風をみている/残したものも/残ったものも/なにもないはずだ/夏は終わった”
このフレーズが繰り返されることで、場はビートのないトランシーな輪の中にスッポリと入っていく。いつ終わるともわからない無限ループ。ステージに目をやると、メンバーはそれぞれの持ち場で、それぞれに必要な音を奏でてはいる。誰がどの音を出しているか徐々にわからなくなっていくのが何とも心地いい。だが、アンプの方を向きベースの長いネックを肩越しに客席へと見せる本人の背中だけが明確なアウトラインを描く。「なかなかいいでしょ、この曲」。ふと空耳のごとくそんな呟きが聞こえてくる。繰り返されるフレーズを脱力させるように歌いながら、行間からそんな自負とプライドをサラリと匂わせるニヒル。この場面をムーンライダーズのライヴで目の当たりにするたびに、あの一言が去来する。10年以上前のことだ、ジム・オルークと渋谷公会堂でムーンライダーズを観たあと、会場を出た時に彼が真っ先に言った一言、「ヒロブミサン、クール!」。
本作は本日(5月19日)70歳を迎えたそんな鈴木博文へのトリビュート・アルバムだ。“ふーちゃん”の愛称で慕われるクールでニヒルな音楽家の、目に見えない、言葉にしにくい粋(すい)を全16組がカヴァーしている。企画したのは《なりすレコード》の平澤直孝と、《COMPLEX》を主宰するミュージシャンの猪爪東風(ayU tokiO)。今回は両レーベルのダブルネームによるリリースとなる。
博文本人より若い世代、長年共闘してきた同志、それぞれのレーベルに縁のあるアーティストたちが勢揃いしている。まず若手から注目したいのは、ムーンライダーズのサポート・メンバーでもあり、ライヴの選曲を担当しているスカート(澤部渡)と佐藤優介だろう。スカートは「穴」(『石鹸』)を、佐藤優介は「Early Morning Dead」(『Wan-Gan King』)をそれぞれピックアップ。スカートは少しテンポを落としつつ、本人の低く呟くような歌に始まり、サビで一気に高音に転じるヴォーカルの動きをピアノで際立たせる、原曲に比較的忠実なアレンジになっていて、澤部の博文への素直な思慕が実感できるだろう。なお、この曲はピアノをはじめドラムもベースもすべて澤部自身が演奏している。佐藤優介は洗練されたメロディはもとより歌詞を聴き取ることが難しいシャイなヴォーカルも、ある意味で最も博文の影響を受けているかもしれない若手アーティストだが、ここでは中国風のアレンジを与えてユーモラスな風合いを出している。加えてコラージュを大胆に施して宅録でドリーミーな世界を構築。朝が苦手そうな(?)佐藤らしい選曲だ。
ソロとしての博文を支える若手と言えば、何といってもこの人、本盤の企画者の一人であるayU tokiOだろう。アルバム『どう?』(2017年)のサウンドプロデュースをはじめとして、近年の博文に新しい風を吹き入れているキー・マンだが、ここでは88年のEP収録曲「どん底天使」をとりあげている。博文の曲の持つ映像的な風合いを、幻想的なヴォーカルと中盤のゴダール映画のような間奏で見事に表現した屈指のカヴァーだ。そのayU tokiOの猪爪東風と公私に渡るパートナーでもあるやなぎさわまちこの「Fence」(『Wan-Gan King』)は原曲のソフト・エレクトリックなアレンジを強調し、ドリーミー・ポップと接合させたような尖った仕上がりが斬新。猪爪、やなぎさわはそれぞれの演奏に参加しあっているが、自宅やスタジオで互いにアイデアを交換しながら楽しんで制作しただろうことが伺える、両方で一つの意味も持つ重要な2曲だ。自宅をスタジオ(湾岸スタジオ)としている博文は、二人にとってはそういう意味でもお手本となる存在なのだろう。
2010年代以降の博文ワークス/ライヴにこちらも貢献する3人組、本日休演は、代表曲の一つである「ボクハナク」(ムーンライダーズ『ドント・トラスト・オーバー・サーティー』)に思い切ってトライ。エコーがかかりまくった岩出拓十郎のぼんやりとした歌と緩いアンサンブルが、東南アジアの露店で売っているカセットテープのような怪しい魅力を醸し出している。スカート、佐藤優介、ayU tokiO、やなぎさわまちこのような熱心な博文フォロワーとは少し違う、ある意味で無責任で自由な面白さが宿っている。
近年は短冊仕様の8cmCDシングルを積極的に制作する《なりすレコード》人脈からは、2組のアイドル、3776(ミナナロ)とXOXO EXTREME(キス・アンド・ハグ・エクストリーム)が参加。現在は井出ちよののソロ・ユニットとなっている3776は、非常にマニアックに「MR. SUNSHINE」(リサ『私の恋は自由型』カップリング)をとりあげ、プログレッシヴ・アイドルとして知られるXOXO EXTREMEは「駅は今、朝の中」(ムーンライダーズ『アニマル・インデックス』)を選曲した。前者ではハワイ出身の女性シンガーのリサの、隠れた名曲に今一度スポットを当てる結果となっているばかりか、プロデューサーの石田彰の愛情こもった音作りが80年代のテクノ歌謡の良さを現在に上書きしていることにも気づく。なお、リサのこのシングルのA面曲は鈴木慶一が編曲を担当している(作曲は井上大輔)。XOXO EXTREMEは、ここでサウンドとミックスを担当する大嶋尚之の手腕が発揮されたナイス・カヴァー。大嶋は若い頃からムーンライダーズのファンだったそうだ。
さて、一方、博文と共闘してきた同世代、仲間世代のカヴァーはさすがに解釈と愛着に年季が入っている。野宮真貴、鈴木智文、中原信雄によるPORTABLE ROCKは、ムーンライダーズ『マニア・マニエラ』収録の「工場と微笑」をポップに早替わりさせた。ひとたび野宮の甘くもキリリとしたヴォーカルが乗っかれば、“石炭”や“鋼鉄”といったワードもガラリとキッチュに風景が変わるのが爽快だ。
博文とは政風会でユニットを組む直枝政広はカーネーションとして「ウルフはウルフ」(ムーンライダーズ『アニマル・インデックス』)をピックアップ。そのラフなギター・サウンドで見事に原曲の持つ塩辛いメロディを引き出している。こうして改めて聴くと博文と直枝の声がとても似た響きを持っていることにも気づくし、博文にはないものを直枝が、直枝にはないものを博文が持っていることも実感できる。二人は近さと遠さを共有できる稀有な間柄なのだ。そのカーネーションの鉄板ベーシストの大田譲がメンバーだったGRANDFATHERSが参加しているのは個人的にも嬉しい。ここでのラインナップは、青山陽一、西村哲也という今ではそれぞれソロとして活動している二人と大田、そして今やムーンライダーズのドラマーとしても活動する夏秋文尚(本作のマスタリングも担当)。西村によるペダル・スティール・ギターが原曲とは異なるいなたい風合いを彩る「Kucha-Kucha」(『Wan-Gan King』)は本作の聴きどころの一つだろう。なお、カーネーション、GRANDFATHERS、いずれも博文主宰のレーベル《メトロトロン》から作品を出したことがあるのはファンなら先刻承知だろう。
そのカーネーションのドラマーとして活躍してきた矢部浩志が、現在活動の主軸とするソロ・プロジェクトのMUSEMENTで「夢見るジュリア」をとりあげているのにニヤリとするファンも多いのではないだろうか。なぜなら、これは博文と美尾洋乃とのユニット=ミオ・フーの曲(『Mio Fou』)だから。オリジナルでは博文がメイン・ヴォーカルながらサビで美尾とのデュエット・スタイルとなるこの曲、女性ヴォーカルを招いたり時にはAIを使って女性の声で生成するMUSEMENTにはこれ以上ない選曲だ。元カーネーションといえば、こちらも博文とは盟友の鳥羽修が加藤千晶と組んだ「今日も冷たい雨が」(『孔雀』)の、あっと驚くデキシーランド・ジャズ・スタイルの仕上がりが素晴らしい。そもそも鳥羽がカーネーションに加入することになったきっかけは博文の紹介だったそう。ここでメイン・ヴォーカルをとる加藤千晶も《メトロトロン》から作品を出したことがあるシンガー・ソングライター。普段はシャイで寡黙な博文は、人間交差点のように人と人とを繋ぐ存在でもあるのだ。《メトロトロン》人脈からはもう一人、青木孝明が「ゴンドラ」(『無敵の人』)を披露。ソロ・アルバムの多くが《メトロトロン》からリリースされているだけではなく、博文と慶一によるThe Suzuki、青山陽一、柴山一幸、綿内克幸ら多くの周辺アーティストのライヴや作品に参加する人気者の青木、GRANDFATHERSの西村哲也らとBAND EXPOとしても活動している。今回は博文のシンプルなシンガー・ソングライターとしての魅力を捉えたカヴァーで参加となった。また、現在の博文のソロ活動を支え、ライヴではキーボードでサポートもするemma mizunoは、ムーンライダーズが他アーティストにアレンジを委ねるコンセプトで制作されたアルバム『月面讃歌』から「ぼくは幸せだった」を選んでいる。『月面讃歌』ではテイ・トウワが大胆に編曲、翌年にはオリジナルのベーシック・トラックを収録した『dis-covered』がリリースされているが、emmaによるここでのアレンジはそのどちらとも異なるエレポップなもの。本日休演のドラマー、樋口拓美がなんとデュエット相手のヴォーカルとして、ayU tokiOの猪爪東風がプログラミングやミックスで参加しているのも面白い。
最後に、これらの曲をギュッと厚みあるサンドイッチにするように置かれたオープニングとエンディグの2曲を紹介しておく。オープニングは本作最年長、あがた森魚が秘密のミーニーズをバックにしみじみ歌う「大寒町」。これは、そもそもがあがたのセカンド・アルバム『噫無情 (レ・ミゼラブル)』(松本隆プロデュース、はちみつぱいの面々らも参加)に収録されていたもので、あがたにしてみれば原点の一角でもある大切な曲だろう。それをここでは若手バンドの秘密のミーニーズと共にフレッシュなムードで再演していて、曲を通じて二人の“友情”が時代を超えていることがわかる。そして、エンディングは、この原稿でも冒頭で書いたように、現在もムーンライダーズのライヴで重要な位置を占めている「くれない埠頭」(ムーンライダーズ『青空百景』)。Bright Young & Old Wan-Gan Workers名義だが、どうやら本作に参加しているアーティストたちがリレー形式(?)でヴォーカルととっていて、アルバムのフィナーレにふさわしい仕上がりとなっている。演奏そのものにはミックスも担当する猪爪東風を中心に、鳥羽修、大田譲、夏秋文尚、佐藤優介、やなぎさわまちこが関わっているが、ヴォーカルで参加している面々の具体的な名前は明かされていない。本作を繰り返し聴きながら、誰がどこを歌っているのかを想像してほしい、ということなのだろうか。幻想的でアンビエントなアレンジはムーンライダーズのライヴでの長尺の演奏を連想させ、最後のフェイドアウトが深い余韻と叙情を残す。
『音盤紀行』などで音楽ファンにも有名な毛塚了一郎による本作のジャケットで、ロッキング・チェアに座る博文は紫色のちゃんちゃんこと大黒頭巾を身につけている。その表情はとても穏やかだ。ここはもちろん《湾岸スタジオ》なのだろう。古希という節目を迎えても、なお、クールで粋な音楽家たる存在でいてほしい、制作サイドのそんな願いが込められている。それは、これを書いている私も同じ思いだ。博文さん、70歳、おめでとうございます。どうかいつまでもクールでエッジーでいてください。
ところで、本作がいつものメンバー、お馴染みの顔ぶれが揃っていることはご愛嬌、だって、企画者の一人である《なりすレコード》の平澤直孝は、さながら日本のハル・ウィルナーだから。彼が手がけるこうした企画盤には自然と“ファミリー”が揃う。猪爪東風はルー・リードで、スカートはヴァン・ダイク・パークスで、佐藤優介はトム・ウェイツで、やなぎさわまちこはマリアンヌ・フェイスフルで……なんてね(全然違うけど)。平澤氏、私が死んだらトリビュート盤を頼みます、一つ。(岡村詩野)
Text By Shino Okamura
Various Artists
『16 SONGS OF HIROBUMI SUZUKI – DON’T TRUST OVER 70』
2024年 / なりすレコード / COMPLEX
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