Review

Yaeji: With A Hammer

2023 / XL / Beatink
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ねえねえ、イェジってスーパーヒーローらしいよ!

09 June 2023 | By Haruka Sato

ひとりでにぎりしめていた魔法のステッキを、イェジはキュートなハンマーに持ちかえた。クイーンズ、アトランタ、ソウルで育った子供時代、日常の悩みを抱える普通の女の子がスーパーヒーローに変身し、正義のために戦う少女アニメから勇気をもらっていた彼女。過去を振り返っていま手にしたハンマーでぶち壊すのは、日々感じてきた不当、自分を苦しめてきた感情、厳格な社会の規律、他人からの期待といった彼女を抑圧してきたあれこれだ。待って待って、それってハーレイ・クインじゃない? 『BIRDS OF PREY』で旧習や抑圧を象徴していたブラックマスクたちをやっつけてたじゃん!

イェジのファースト・アルバムとなる今作は、これまでに多かった素材としてのヴォーカルから一転して、息継ぎ、アタック、そしてリップノイズがわかるほど声が目立つ極めてシンガーソングライター的なアルバムだ。自分の奥底に沈めた記憶や感情と向き合い綴ったリリックとハンマーの打撃さながらキックもスネアも大きくて近いビートを、ブラスやピアノなど幅が広がった音色で彩りながら怒りを解き放っている。

アルバムを聴き始めてまず驚いたのは「Submerge FM」のクラリネットとフルートの音。しかもそのかけ合いはなんとなく統率が取れていない。インプロっぽいと言ってしまうこともできるけれど、それで済ませるにはちょっと不穏で不気味。「Passed Me By」冒頭のシンセもそうだし、「Fever」のギターもずっと不協和音でドラムも走り気味。ほかにもアルバムの半分くらいが不気味な部分を持っている。そういえばインタヴューでも「今は“ダンスミュージックの周辺にある奇妙な曲作りを探求している”」と言っていた。でもよくよく聴かないとその不気味さはあまり気にならず、結構心地よく聴けてしまう。そうさせているのは、たとえば木管楽器が持っている音のかわいらしさだったり、イェジのソフトでウィスパーな声だろう。どことなく不気味で奇妙でキュートなのである。

それに、このアルバムは心なしか悠長。「For Granted」でヴォーカルの間に鳴っているぱやぱやしている音、「With A Hammer」で「マジで怒って我慢できないと思った」と歌う後ろで鳴っているびよんびよんした音、「Away x5」のはわーっとしている声も。頭に浮かぶのは、次々と敵を倒すハーレイの後ろに咲くお花と小鳥、あるいは人を殺さないバズーカから出てくるパウダーとキラキラ。

ぱつぱつ弾けるドラムの上でだるそうに「Na na na na 〜〜」と歌ったり、のんびり力なく声が消えていく歌い方をしているのは、ぶち壊す対象をよく理解していて心配がないからこそのだるさみたいだし、「Fever」ではぐにゃぐにゃとうねるギターの上で淡々と冷静にイエロー・フィーバーへの怒りを言葉にしている。おセンチにもならないし悦に浸ることもなく現実を見ているところもハーレイと同じだ。

歌詞の内容を知られないためにイェジが韓国語で歌ったことが期せずしてダンス・ミュージックに乗せて韓国語で歌う扉を開いたことはよく知られているし、女性DJが活躍できるようにと結成されたBICHINDAのワークショップでDJを教えたことはきっとそこにいた女性たちを勇気づけたはず。ミックステープ『WHAT WE DREW 우리가 그려왔던』(2020年)のテーマが“友人、家族、感謝と支え”だったように、コラボレーターはいつも友人たちであるように、コミュニティのことを常に考えてきた。そしてこの作品では、次の世代の人々や人類の愛のことまで考えている。加工されたり重ねられたりした声によって立ち現れる複数の存在は、過去のいろんな場面で抑圧されてきたイェジ自身であると同時に、「私たちは皆、大きな流れの一部」だと歌うように、「I’ll Remember For Me, I’ll Remember For You」で言語が違う人たちに向けて歌っているように、イェジが思いを馳せるこのアルバムを聴くわたしたちでもあると思う。

そして、抑圧的な旧習を伝えてしまうサイクルを修復しようと歌う「Done (Let’s Get it)」での「とにかく私を信じて」、「私がやるしかない」、「Michin (ft. Enayet)」での「私がドアを蹴っ飛ばして/面と向かうから/何が必要か/(怖がらなくていいよ)/ハンマーを持っているのは私だから、私が/破壊する」、「1 Thing To Smash (ft. Loraine James)」の「ぶち壊してあげる/あなたを悩ませているものを私にちょうだい/ぶち壊してあげる」といった歌詞は、自由や解放への扉を開けていくヒーローであることを引き受けているみたいだ。

以前からイェジは同じフレーズをくりかえし歌ってきたが本作でもそうで、「違う、違う、なぜ私たちがいつも逃げる側なの?〜〜」、「泣かずに、胸を張って歩こうと〜〜」、「もう終わらせよう /終わらせたい/これは私たちの自由〜〜」などは自分を愛して守るための呪文みたいだし、キックとスネアが大きくて近いビートは抑圧してくるものに立ち向かう勇気が出る魔法みたいだ。そう感じたのはきっとわたしだけじゃない。ハンマーを手にしたイェジはハーレイみたいに最高で、ハーレイ以上にスーパーヒーローだよ。だって次の世代の人々にまで思いを巡らせヒーローを引き受け、自分を愛して守るための呪文に勇気を出すための魔法までわたしたちにくれたんだから。(佐藤遥)


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