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The Vernon Spring: What’s Going On

2022 / Lima Limo
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マーヴィンに捧げる不穏な慈愛

04 May 2022 | By Fumito Hashiguchi

ソロ・ピアノによるマーヴィン・ゲイ『What’s Going On』(1971年)のカヴァー・アルバム……という説明では正確さを欠くのだが、そのことこそが本作を興味深いものにしている。

ザ・ヴァーノン・スプリングはロンドンを拠点に活動するピアニスト/作曲家/プロデューサー、サム・ベステ(マシュー・ハーバート主宰《Accidental》からデビューしたヘジラの一員でもある)によるソロ・プロジェクト。独特のミュート・ピアノに代表される、作家独自のサウンド・シグネチャーが2021年3月発表の初作からすでにあり、セカンド・アルバムにあたる本作でもその特徴は充分に発揮されている。先に述べたように本作はソロ・ピアノによる名盤のカヴァー・アルバムととりあえず言うことができるが、そこから外れるところも多く、まずマーヴィン・ゲイのオリジナル作にある9曲中、カヴァーは6曲のみであり、同じ曲順で進みつつ、途中3曲の自作曲と30秒前後の「Jazz Skit」6曲が現れる。

そして厳密なソロ・ピアノ作ではなく、大胆なほどにフィールド・レコーディングやスポークン・ワード、サンプリングの音源が使われており、ほとんどミュージック・コンクレート作品のような瞬間もある。オリジナル版のアルバム・ジャケットでマーヴィンを濡らしている雨が、このヴァーノン・スプリング版では1曲目の最後で降っている。

ソロ・ピアノによる名曲/名盤のカヴァー作におけるマナーとして、例えばSteve Dobrogoszによるビートルズ楽曲集『Golden Slumbers』(2007年)やDemian Dorelliの『Nick Drake’s Pink Moon. A Journey On Piano』(2021年)などに見られるような、機能的と言ってもよいほどに静謐さを追求する態度が定型に近いものとして存在しているように思えるが、本作では、そういった静謐さを基調としつつも、ある種の不穏さがあちらこちらで顔を出す。そして、こういった不穏さはもともとのマーヴィンの作品にこそ存在しているものではなかったか。例えばマーヴィン版「Mercy Mercy Me」の最後の約30秒間。いつ聴いても、この不穏さは一体なんなのか?と思えてしょうがなく、組曲形式で20分ほどに渡って続いてきたA面の最後がこのように終わり、後に静寂が訪れたときの怖さはおそらくこれからも変わらぬものとして存在する。ヴァーノン・スプリング版「Mercy Mercy Me」では、このオリジナル版のアウトロのフレーズをイントロにも持ってくるということをしていて、少なからず驚かされた。

本作はサム・ベステ=ヴァーノン・スプリングのアーティスト性の発露でもありつつ、彼がマーヴィン・ゲイ『What’s Going On』をどう聴いているか、どう感じているかという批評にもなっている。そして今まさに不穏な時を生きる我々リスナーにとって、この目線や感覚は共有しやすいものではないかと思う。2022年5月初旬現在、本作はアナログ盤のみでリリース。ストリーミングでは5曲入りのEPが2021年11月に発表されており、アルバム収録曲の半数近くはここで聴くことができるが、トータルな雰囲気はかなり異なる。アナログ盤を手に入れたなら、棚のどのレコードの隣に置くべきか。やはりマーヴィン・ゲイのオリジナル版の隣が本命。あるいはDuval Timothy『Help』(2020年)の隣でもいいかもしれない。そして、もしかするとジャングル・ブラザーズ『J.Beez Wit the Remedy』(1993年)の隣でもいいかもしれない。(橋口史人)


※フィジカルはヴァイナルのみ。配信なし

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