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J. Cole: The Fall-Off

2026 / Dreamville / Interscope
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思い出とダンスしたっていいじゃない

18 March 2026 | By Sho Okuda

「お前とは(将来)同じ業界で働いてると思ったんだけどな」と、親友がこぼした。小学校から何時間も一緒に寄り道しながら帰った友人は、久しぶりに私に会うと「実際会ったら変わらなくて安心したけど」と前置きしつつ「違う世界の人になっちゃったかと思った」と苦笑いした。夜な夜なアパートの一室でくだらない話をしながら宅飲みしていた友人とは、すっかり疎遠になってしまった。そのいずれについても、相手には寂しい思いをさせてしまっているのかもしれないし、自分としても少し寂しい。でも、こういうことは誰にでも起こるのだとも理解している。

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2020年以降、瞑想アプリをダウンロードし、スピリチュアル系自己啓発書を何冊か読んできたなかで気づいたことがある──いわゆるスピリチュアルな生き方の本質とは、占星術を信じることでもチャクラを開くことでもなく、あらゆるこだわりを手放して身軽になることなのだ、と。人には人のスピリチュアリティ観があるので、占星術もチャクラも否定するものではないが、少なくともそれが、現時点で私のたどり着いているスピリチュアリティ観だ。『嫌われる勇気』がベースとしているアドラー心理学の言葉でいえば、それは「いまこの瞬間をくるくるとダンスするように生きる」ことである。瞑想のプログラムでは、しばしば「今ここにある呼吸や身体の感覚に意識を集中し、考え事が浮かんだらそのことにただ気づき、再び呼吸や身体の感覚に意識を戻しましょう」と言われる。ジェラルド・G・ジャンポルスキーは「恐れを手放せ」と説いた(『Love Is Letting Go of Fear』)。エックハルト・トールの『The Power of Now』は、外的なものは人を規定しえないのだと強調する。マイケル・A・シンガーの『The Untethered Soul』では、肩書きはおろか思考も感情もあなた自身ではないのだ、ということが、巧みなアナロジーを用いて説明されている。

上述のようなコンテンツに触れることで、同じものや似たものに触れていると思しきアーティストたちの言葉が、新しい種類の納得感と色彩を帯びて聞こえるようになった。J. コールも、そんなアーティストたちの一人である。彼もまたこだわりを手放すスピリチュアルな生き方を志向してきたのだと思われる。その帰結のいくつかが、友人のJamesの視点から綴ったアルバム『4 Your Eyez Only』における、1ヴァース目で瞑想の具体的なステップを示した「Change」であり、「ドラッグに溺れる(medicate)んじゃない、瞑想する(meditate)んだ」と新世代のラッパーたちに警鐘を鳴らした「FRIENDS」であり、「問題があると感じたら、今すぐに対処するんだ」と涙ながらに訴えたマック・ミラー逝去後のMCであり、「強い欲やヴィジョンを持たない人間が羨ましい」と発言して話題を呼んだ、ゴールデンステイト・ウォリアーズの元GMであるボブ・マイヤーズ氏との対談だったのであろう。

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『The Fall-Off』のリリースに先立ち公開されたティーザー動画において語られているのは、世の中、特にエンターテインメントの世界における諸行無常・盛者必衰の理である。コールがラップ界のスターになる夢を追ってセント・ジョンズ大学に進学し、ジェイ・Zにアポなしで突撃したあの日からもうすぐ20年になる。ラップのキャリアもずいぶん長くなった。時間が経てば、人も物事も変わるのが自然の摂理だ。諦めきれなかったバスケットボールのキャリアにも挑戦することはできたし、子宝にも恵まれた。その一方で、ラップの実力は今も確かなはずなのに、くだんのビーフから降りた自分を茶化す声も見聞きするようになった──これは10年前なら考えられなかったことだ。でも、それでいいんだ。スピリチュアルに生きるって、そういう変化を受け入れることでもあるわけだから。

そんなことまで含意していそうな言葉をナレーターに語らせ、コール自身はランボルギーニ・ウルスを洗車し、レストランでひとり夕食を口に運ぶ。人生とは過去の思い出じゃなくて、ほら、目の前の車が綺麗になっていくのをしっかり見届けることであり、今まさに口に運んでいる食べ物の味なのだから。

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F*ck it. 俺はラッパーだ。敬愛する二人のレジェンドのフロウを真似て、架空のストーリーを展開するんだ。パックみたいに“squeeze”を伸ばして発音し、“bubblin’”と“wonderin’”のケイデンスもビギーっぽくしよう。従兄弟にナズの「I Gave You Power」を聴かされた時は時系列と逆順のストーリーテリングにくらったな。あれが俺にとってのナズの入り口だったから、俺も同じことをしたい。ストーリーテリングといえば、コモンの「I Used to Love H.E.R.」はやっぱり色褪せない。俺とヒップホップの関係も時とともに変わってきたから、自分なりのストーリーを展開してみてもいいかもしれない。人を小馬鹿にしたスリム・シェイディのようなフロウも採り入れたい。人生訓を授けるようなトラックにはエリカ・バドゥを招こう。いっそのこと、アウトキャストのコーラスを一緒に歌ってみてもいい。そう、俺はUGKの『Ridin’ Dirty』やリル・ウェインの『Tha Carter』も大好きな南部の人間だから、T.I.のフックをピーティー・パブロに歌わせて、マニー・フレッシュみたいなビートにラップを乗せるんだ。それから、スリー・6・マフィアみたいにウィリー・ハッチをサンプルして、彼ららしいビートでバチバチにカマそう。俺のことをおちょくるネットの奴らのために、その曲にはあえて、一時期イジられた口癖の“Boom-boom”を入れてみるのも面白いかもな。あとはそうだ、メリッサと付き合い始めたのは00年代前半だったから、彼女に捧げる曲にはアシャンティとジャ・ルールの声が聞こえてきそうなビートを使ってDMXを引用しよう。いかにも当時っぽい、やたら長いアウトロでの語りもマストで。

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コールが実際にどこまで上述のような考えから本作の制作に取り組んだかは、もちろん本人のみぞ知るところだが、愛するヒップホップ の要素を余すところなく詰め込むその姿勢からは、純然たるノスタルジアを感じずにはいられない。憧れていたスターを追いかけてラップ界にやってきたのに、いざ自分が彼らと同じレベルで競える位置までやってくると、もはや彼らはそこにいない。彼らはもうビジネスで成功していて、高いワインを飲むことに忙しいから。でも、変わったのは彼らでなく自分のほうなのかもしれない。それは、地元の友人たちからのメッセージを聞いても感じさせられることだし、家族が優先になった自身の生活やヒップホップと自分の関係を振り返っても感じることだ。

バッド・バニーは「もっと写真を撮ればよかった(DeBÍ TiRAR MáS FOToS)」と言った。タイラー・ザ・クリエイターは、その時々の関心事が反映された作品を残すことの素晴らしさを語っていた。コールもまた、音楽表現と内省を通じて過去を再訪する。彼が古き良き日々を振り返るとき、リスナーもまた、誰かが変わったことに寂しい思いを抱く自分を肯定するとともに、変わることで誰かに寂しい思いをさせてきた自分をも肯定する。

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「Bombs in the Ville/Hit the Gas」の後半で、コールは若かりし頃の自分とFacetimeで会話する。俺の人生はこれでいいのかなって、あの時は悩んでいた。「これでいいんだ」って、29歳の時、確かに気づいたはずなのに、10年も経つとまた同じようなことで悩んでいる。それもまた人生。ガソリンスタンドでのファンとのやりとりを通じて、また「これでいいんだ」という結論に達し、愛憎入り混じった気持ちを抱いていた地元=ファイエットビルをレップしようという気持ちになる。それもまた人生。もしかしたらまた10年後にも、自分を疑う気持ちに襲われているかもしれない。そうしたら、また思い出に浸ったっていい。それもまた人生。

「人生ってABテストできないからね」と、ある友人は言った。コールに言わせれば、人生は巻き戻しのできない映画だ(“Life is a film that cannot be rewound”)。ABテストも巻き戻しもできないんだから、せめて思い出にくらい浸らせてくれよ。人生とは過去でも未来でもなく現在だけれども——いや、だからこそ、いまこの瞬間とじゃなくて、思い出とダンスしたっていいじゃない。(奧田翔)

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