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Chance the Rapper: The Big Day

2019 /
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最高な1日、それは幸福な未来の足音

28 July 2019 | By Daiki Takaku

陽だまりの内側へ、手招きをされている。「踊ろう」。差し出された他意なき手に向かって、手を伸ばすように再生ボタンを押してみる。そうすると突如降り注ぐように聴こえる和声。畳み掛けるラップ。踊ることを急かすようなビートに身体が自然とリズムを刻み出し、ジョン・レジェンドがフックを歌い上げた瞬間、高揚に包まれていく。そうして一息で最後まで聴き終えると涙が頬を伝っていることに気がついた。ここにあるのは、SNSを通して透過し始めた他者の生活によって相対化され生まれる感情とも、エコーチェンバー化された環境で享受する感情とも一線を画す、言うなれば生きるものすべてに贈られる圧倒的な幸福だ。

約3年前の傑作ミックステープ『Coloring Book』と今作の間でリリースされたシングルのひとつ、「Work Out」の中で“I don’t want my next album sounding all Usher-y(次のアルバムはアッシャーのようなサウンドにはしたくないんだ ※続くリリックからアッシャー『Confessions』を指しているよう)”とラップしていたように、本作は陽性のバイブスに満ちたダンサブルな作品となった。それとともに彼が「結婚した日、その日に俺がどれだけ踊ったかにインスパイアされている」とBeats1で語ったように、あるいはジャケットに映る左手の薬指の指輪が輝いているように、結婚、あるいは家族というものへの意識を強く感じることができる。それは3年前、舞台裏で偶然出会ったというデス・キャブ・フォー・キューティーのボーカリスト、ベン・ギバードをフィーチュアした「Do You Remember」のなかでブランコに乗る娘と遊んだ夏を思い出しながら、27クラブへの憧れを責任感から27クラブを超える存在になるという決意へと変化させているのにも顕著だ。さらに注目したいのは2つ目のスキット「4 Quarters In The Black」において俳優キース・デイヴィッドが『ATL(ラッパーのT.I.やBig Boiらも出演するアトランタを舞台にした映画)』のジョン・ガーネット役を演じているかのように黒人の成功を維持することの難しさについてナレーションしていることで、本作がとても現実的な問題と地続きな作品であることを伝えている。

また、過去3作のミックステープと比べゴスペル・クワイアへ重きは置かれていないものの、依然としてたくさんの声に彩られた作品でもある。実の弟でもあるタイラー・ベネット。セイブマネーの周辺という大きな枠ではSminoと前作に引き続きノックス・フォーチュン。シカゴ南部からはLil Durk。XXL誌に2019年のFreshmanとして選出されたDababy、Megan Thee Stallion。アトランタからグッチ・メイン。そして彼が見出したクイーン、ニッキー・ミナージュ。白人シンガーでは前述したベン・ギバードやショーン・メンデス、フランシス・アンド・ライツのフランシス・スターウェル(白人でいえばボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンもプロデュースで参加している)。挙げればキリがないのだが、老若男女問わずここに集まったたくさんの他者の声も当然のように現実世界を彷彿とさせながら、時折重なり私たちの涙腺に働きかける。溢れ出すのはそれぞれに差異があることの素晴らしさと、そんな人と人とが手を繋ぐことのできる喜びの涙だ。

I pray that your love will overflow more and more, and that you will keep on growing in knowledge and understanding.
(あなたの愛がますます溢れ、そしてあなたが知識と理解を増し続けることを祈る)
ーー新約聖書:フィリピの信徒への手紙第1章9節より
歌詞解説サイト《Genius》によると「I Got You(Always and Forever)」でシャウトアウトされている“the 1-9”という言葉は聖書からこのような一節を引用しているだろうとアノテーションされている。きっと、チャンスは知っているのだ。最高な1日は、愛することと向き合い、成長した先にあったことを。たとえ1晩中踊り明かしても、人生は続いていくことを。だからこそ、最も幸福だった1日を記録しておかねばならないのだということを。そう、本作に合わせて踊ることは決して逃避ではない。降りかかる日々を迷い、悩み、考え、なんとか生きた先に確かに幸福があるという予感そのものなのだ。最高な1日の記憶にはノスタルジーだけではなく、幸福な未来の足音がある。それはあなたが、いや、私たちが、他者を愛した記録でもあるのだから。どんなに世の中が閉塞感に包まれたとしても、挫けないように。さあ、踊ろう。(高久大輝)

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