色を取り戻す、軽快な外出
まさに太陽の光の下に照らされているような光景を連想する。というより思い出しているのかもしれない。
地元の光景で真っ先に思い出すのは、山道や河原、畑に竹林。そういった情景の季節は、私にとっては決まって夏である。その時(具体的に言うのであれば中学生くらいの頃だろうか)、陽光の下で、あるいはたいして効いてもいない車中のクーラーを浴びながら聞いていたのは、ブリンク182やサード・アイ・ブラインド、ウィーザー、ファウンテンズ・オブ・ウェインなどの甘いメロディや早い展開の曲である。その瞬間の世界は確かに彩られていた、そんな記憶がある。
それらの、主に2000年代初旬のUSポップ・カルチャーのカラフルさは、視覚的にも彩られていた。それはまさにウィーザーやファウンテンズ・オブ・ウェインのMVが彩っていた色、『ミーン・ガールズ』(2004年)や『Go!Go!チアーズ(原題:But I’m a Cheerleader)』(1999年)などの青春映画が彩っていた色、あるいはウェス・アンダーソン映画が彩っていた色でもあるだろう。それらは近年、例えばオリヴィア・ロドリゴ『Sour』(2021年)や映画『バービー』(2023年)などが取り戻そうとしているカラフルさとも近いと思う。色が少しずつ戻ってきている。あの頃のポップな色彩感覚は忘れがたく、それをウィーザーも参加しているドミニク・ファイクの新作『Sunburn』に感じたことは、そこまで意外と言うわけではないが、実に心地のいいものだ。
フロリダ出身、1995年生まれのドミニク・ファイクの音楽は、何も最初から開放的なものではなかった。2018年に警察沙汰の事件を起こし、自宅軟禁期間を過ごした彼は、その間に音楽制作に取り組む。ケヴィン・アブストラクトに注目され話題となった「3 Nights」(2018年)をはじめ、彼が自省の期間に書き上げた楽曲は、ベッドルームポップ的な親密さを孕んだ音楽であったが、一方で思いのほか軽快でリラックスしたものでもあった。
新作『Sunburn』はそんな彼の今までの作品に比べても、自由で開放的で、外気に大いに触れているような感触がする。彼は室内から、ベッドルームから飛び出したのだろうか。
「ベッドや平穏な生活はどうしたんだ/ソファは置いて行こう」
(「7 Hours」)
彼が滑らかで多様なフロウの持ち主であることは、この作品がより一層の軽やかさを獲得することに働いている。決して派手ではない、シンプルな構成のラヴソングが並びながらも、ドアを開けた彼は軽快にステップを踏んでいるようだ。大したことはない、ささやかな夏の日の、ささやかな外出。
タイトル曲「Sunburn」のラップや、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』(2023年)でも印象的な使われ方をしていたケニー・ビーツがプロデュースする「Mona Lisa」などが、彼の柔軟なフロウを証明する。一方で後半に向かうと、まるでスフィアン・スティーヴンスのような「4×4」が心細いメロディを奏でる。夏のポップなサウンドトラックとして、楽観的すぎず、シリアスすぎもしない、丁度いい楽曲たちが集められているのだ。
ドミニク・ファイクは個人的に暗い季節を過ごし、内に籠り、自分自身と向き合ったが、いよいよ本人としても軌道に乗り始めたのかもしれない、そう思わせるだけの余裕を見せる一枚だ。ただこの明るさには、やはり、あのカラフルだった頃の記憶を呼び起こさせる、ポップロック、パンクからの影響があるのだろう。ウィーザーの参加やその曲調が、何よりもそのことを表している。ドミニク・ファイクの夏の外出は、あの頃のメロディと清涼感に彩られている。陽的でありながら、どこかセンチメンタルな空気が漂うのも、それらしい。
ドミニク・ファイク『Sunburn』は、気づいたら再生し、さらっと聞いてしまうような、そんな魅力を持っている。暑苦しい夏を過ごすにはちょうどいい作品とも言えるだろう。または、世界の喧騒や忙しなさ、モノトーンなアルバム・ジャケットの音楽や、暗い撮影の超大作映画に疲れた時に。または人々が“外出”を取り戻し始めた2023年の、ある種の開放感を感じる意味でも、私は、大したことのない、でもどこか尊いような、このレコードを、なんて事なしに再生すると思う。なぜなら私も、あの頃の色を取り戻したいと思っている、そんな夏の住人の1人であるから。(市川タツキ)
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