Review

IAN SWEET: SUCKER

2023 / Polyvinyl
Back

夢と痛みの狭間で

16 January 2024 | By Nana Yoshizawa

初めて『SUCKER』を聴いたとき、穿った捉え方なのだが、本音はどこか探してしまった。というのも、ロサンゼルス出身のシンガー・ソングライター、イアン・スウィートことジリアン・メドフォードは自らの内省とセラピーの経験を剥き出しなまでに楽曲で綴ってきた。だからなのか、これまでで一番ノイズのない今作に若干の掴みづらさを感じたのかもしれない。今作は前作に続き、彼女が不安の治療のため集中外来プログラムを訪れた時期に制作された。困難な時期に書かれた4作目『SUCKER』は終始透き通る響きが流れており、凛とした雰囲気を纏っている。

このひんやりと冷たい空気を感じさせる音作りは印象的だった。おそらくはレコーディングを慣れ親しんだロサンゼルスではなく、ニューヨーク州キャッツキル山脈に位置する《The Outlier Inn》で行ったこともインスピレーションの一つにあるだろう。だが一方で共同プロデュースに、アレックス・クレイグ、Strange Rangerのアイザック・アイガー、ミキシングにアル・カールソンを迎えたことは大きな要因ではないだろうか。Slatersとしてデュオ活動を行うアレックス・クレイグとアル・カールソンは、クラウド「Want To」(2019年)、binki「Invisible Fence」(2021年)など多くの楽曲を手掛けてきた。サウンドの特色はもちろんあるけれど、ミキシングにおいてはより明白だ。

低域をほとんどカットした中高音の粒立つ配置、シンセサイザーを何層にも重ねるレイヤーの滑らかさ、ダーティーに擦れたギターの音……こうした対比が神秘的かつノスタルジックな空間を作り上げている。とくに冒頭の「Bloody Knees」はイアンの吐くため息にディレイを細かく加工、うねりながら充満していく。このスペースを十分に活かした音作りは彼らの手腕と言える。さらに言ってしまうと、静寂なアンビエンスからマスタリングをカールソンが手掛けたワイズ・ブラッドの『Cardamom Times』(2015年)を思い出したりもした。

何よりイアンのヴォーカルはとても軽やかになった。象徴的に感じられたのは、“気にしない”と呪文のように唱える「Emergency Contact」。共依存と失恋の痛みを綴った楽曲だ。淡々としたヴォーカルの上に金切り声が重なるものの、シューゲイズとエレクトロポップの狭間を行き交う彼女の歌声は、ふくよかな温かさを含んでいる。イアン・スウィートは今作のインタヴューで「インディー・ロックの世界はトラウマを糧にしていると思う」と述べているのを目にした。思わず同意してしまう指摘に頷きながら、彼女は「ポップな曲を書くとインポスター症候群になることがある」と続けた。デビュー作『Shapeshifter』(2016年)がいきなり《Stereogum》の年間ベスト・アルバムに選出されるなど、注目を早く得たことで彼女は過小評価してるのだろうか。それとも多過ぎる考えだろうか。いや、シームレスにこれまでの枠組みを超えた『SUCKER』が今の彼女の表れだろう。本作はイアン・スウィートの極めてパーソナルな自信が伝わってくるはずだ。(吉澤奈々)

More Reviews

1 2 3 72