Review

Slow Pulp: Yard

2023 / Anti
Back

アメリカ中西部から繋ぐオルタナティヴ・ロック

17 October 2023 | By Nana Yoshizawa

スロー・パルプのこのセカンド・アルバム『Yard』を最初に聴いたとき、いい意味で落ち着いた印象を受けた。そう言うと偉そうだが、一体感がある。もちろん、前作『Moveys』(2020年)でのクリーン・トーンのギター・サウンドと陰鬱なヴォーカルが交わるシューゲイズ/ドリーム・ポップならではの微睡も素晴らしかった。ただ、本作は自分たちの背景や90年代オルタナティヴ・ロックの影響を色濃く反映しており、サウンドからは懐かしい温かさを感じる。

メンバー4人がウィスコンシン州マディソン出身。同じ小学校に通っていた、ヘンリー・ストーア(ギター)とテディ・マシューズ(ドラム)は小学6年生の頃にバンド活動をはじめる。その後、アレックス・リーズ(ベース)と地元の音楽プログラムで出会い、大学でエミリー・マッシー(ヴォーカル)が加わり今に至る。現在は、イリノイ州シカゴを拠点にメンバー全員が1マイル以内の距離に住んで活動しているそうだ。シカゴと言えば、やはりビッグ・ブラック~シェラックのスティーヴ・アルビニをはじめ、トータスやザ・シー・アンド・ケイク、そして近年若い世代が後追いで聴いているというスマッシング・パンプキンズなど数多くのバンド、アーティストが拠点とした街でもある。最近では、ホースガールやライフガードが地元シカゴの情憧を直情なまでのギター・ロックとして表現するなど、90年代オルタナティヴ・ロックの再評価も気になるところだ。ヴォーカルのマッシーは影響を受けたバンドに、実際にスマッシング・パンプキンズやガービッジの名を挙げているが、ガービッジのブッチ・ヴィグはニルヴァーナ『Nevermind』(1991年)、スマッシング・パンプキンズ『Gish』(1991年)などのプロデュースを手掛けていることも重要だろう。まるで自分たちの故郷を誇りに思うようにアメリカ中西部への想いがあり、同時に触発された憧れをギター・サウンドに乗せていた。

冒頭「Gone 2」はアコースティック・ギターのリフから始まるスロー・ナンバー。擦れたフィンガーノイズの音を意図的に組み込んで、ヒリヒリした空気を作り上げる。どこか悲しみを誘うこの曲は、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ「Scar Tissue」のミュージック・ヴィデオがミュート再生で流れた時にヒントを得たそう。ロード・ムービーの哀愁が漂うミュージック・ヴィデオは、ジョン・フルシアンテがそれまで弾いていたボロボロのギターを捨てるシーンで幕を閉じる。この印象的な場面と「Gone 2」のラストは確かにリンクしている。フレーズは違うけれどギター・ソロの余韻から休符の構造までをも上手く再現しているのだ。加えて、ディストーションの効いたエレキギターとアコースティック・ギターを掻き鳴らす「Worm」から「MUD」への流れは単純にクールと言いたい。美しいメロディーを紡いだかと思えば、重厚なアンサンブルへと切り替わる。こうしたギターの多彩な表情が活きるのは、やはりバンドならではの魅力だろう。他にも、ペダル・スティール、ハーモニカ、バンジョーを導入した「Broadview」など多様に弦楽器を取り入れたり、フォークとオルタナティヴ・ロックを融合させたりと工夫を凝らしている。

しかし、本作で唯一ギターを使用していない曲がある。アルバム・タイトルの「Yard」だ。素朴なピアノ・フレーズを繰り返すこの曲は、マッシーが妹に宛てた想いを唄う。子どもの頃に住んでいた家を売り出すことになり、過去を振り返ったという「Yard」はマッシーの儚げなヴォーカルが一際輝く。思えば、前作ではマッシーがライム病を患ったり両親の事故など、苦悩の多い中での創作だった。そのときの環境が少なくとも作品に表れるとすれば、本作『Yard』がメランコリックな中に温かみを抱えているのも納得がいく。そして、庭を意味する『Yard』=つまり、ここが自分たちの場所だと言わんばかりのタイトルに込められた想いも分かるような気がした。それは、スロー・パルプのメンバー4人が成長した故郷、時代を超えて繋がるオルタナティヴ・ロックというサウンド、バンドという居場所、そこから生まれる安らぎが『Yard』には込められていると思う。(吉澤奈々)


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