知っているのに知らない空気を聴く
素晴らしい音楽を聴くことで人生をある意味で台無しにし、ある意味で無二の喜びに満ちたものへと変えてきたミュージック・ラヴァーの皆さま、こんにちは。先日GRINGOOSEによる、忘れがたい一夜を空気ごとパッケージしたような見事なMIX CD『Melody Thought』を紹介したところ(局所的に)ご好評いただいたので、調子に乗って今回もMIX CDを紹介しよう。
出会いは3月のある日曜の午後。TURN TVの企画でもお世話になった下北沢の《pianola records》で、久々にお会いした店主の國友さんに、何の気無しに「最近MIX CDを聴くのが楽しくて」とオススメを尋ねると、「これはずっとウチの店で推していて……」と鮮やかなイエローのCDが目の前に差し出された。タイトルは『rotae』。atsuo ogawa(表記はCDのジャケットに準じています)というアートワークも自身で手掛けているドローイング・アーティストでもある方がミックスしており、なんでもあえて非常にローファイな環境で録音されたもので、とても面白いらしい(うろ覚えなので割愛しているが、國友さんのレコメンドはいつも丁寧で興味をそそるものなので、気になる方はぜひお店に)。
というわけで、期待に胸を膨らませつつ、時間ができたタイミングで再生してみると、なるほど、まず音が遠い。そういえば國友さんが“エア録り”というワードを口にしていた気もする、などとうっすら思い出し《pianola records》の商品ページを覗きにいってみると、「小川氏が少年時代に手に入れたモノラルのラジカセを再生機器の前に設置して“エア録り”された」という記述があり納得。でもって、聴き進めていくうちに、この“遠さ”こそが本作にえもいわれぬ魅力を与えている、ような気がしてくる。
念のため補足すると、ここでの“エア録り”というのと『Melody Thought』を評した際の“空気ごと”というのは当然(“エア/空気”の)ニュアンスが違う。前者は文字通り実際に音の鳴っている場所の空気のことで、後者は(録音方法ははっきりわからないが)ムードを指したものだ。
モノラルのラジカセという言ってしまえばチープな再生環境に加え、そこに収められた“空気”は作品のテクスチャーの一つとなり、本作の良い意味で極めて奇妙な選曲──かつてのディズニー映画や白黒映画から聞こえてきそうな雰囲気の、レトロだとかトラッドだとか言いたくなるようなものや、激しく歪んだロックなギター、路上で繰り広げられているかのようなラフな演奏、賑やかな子供達の合唱曲など多彩でもある──に、心地の良い違和感を運んでいる。おそらくその違和感は、本作から聞こえる音楽が、私たちが音楽に無意識に触れる環境、つまりはラジオやテレビから音が流れ、家族や友人がいて、会話や環境音が多分に含まれた環境で聞く音楽と似ていることに起因しているだろう。要するに、普段使っているイヤフォンで聴いても、そこにはいわゆる録音作品からは聞こえない空気が鳴っているのだ。選曲だけでなく、ここで現れる知っているのに知らない感覚も音楽を聴く体験を特別なものにしてくれている。
《pianola records》の商品ページに依れば、《Zoo Park》(Yasufumi Suzukiの主宰する《Commune Disc》の傘下レーベル)から2007年にリリースされた作品だそうで、決してリアルタイムとは呼べない紹介にはなったが、こうした時間の壁を超えられることもモノとしてパッケージされたMIX CDの魅力だろう。特に自分のようなせっかちな人間は、ウェブで音楽を聴くとき、いつリリースされたものかをどうしても意識してしまうし、大抵の場合は最新の曲やミックスから聴き始めてしまうけれど、こうして触れる形があると、“最近買ったCD”として聴けるし、それにこの『rotae』の心地良い違和感は今聴いても新鮮に面白い。現状どうやら《pianola records》以外での取り扱いはほとんどないようなので、ぜひ店頭かオンラインでチェックしてみてほしい。私が購入した時点で在庫は決して多くなかったと思うのでご注意を。《pianola records》のインスタに投稿されているこんな動画もご参考に。(高久大輝)
※トップ写真は筆者の撮影したものなので実物と色味が若干異なる可能性があります。
atsuo ogawa
https://linedrawing.wixsite.com/atsuoogawa
《pianola records》
https://pianola-records.com/