“不確かさ”と伴走するアンビエント・ミュージック
現行アンビエント・フォークの充実ぶりを体現した前作から3年ぶりに、シカゴの新興フォーク・レーベル《Orindal Records》から名門《jagjaguwar》へと移籍し送り出されたサード・フル・アルバム。
前作『Mia Gargaret』(2020年)は、マーガレットがツアー中に突如声を出すことがままならなくなり、ツアーを中止し自室にて療養生活を行うなか、気晴らしのためにいじっていたシンセサイザーから流れ出た音の断片とフィールド・レコーディング、スポークン・ワードなどを組み合わせ制作された。同作は上述した制作背景や最終曲にてマーガレット自身の歌声が登場する構成を含め、一時は歌を失ったシンガー・ソングライターの内省と快方の軌跡をアンビエントな音像とともに描いた佳作であったが、本作も前作同様の構成がとられヴォーカル楽曲は1曲(フィジカル限定のボーナス・トラックを含めれば2曲)しかない。
コロナ禍において自宅に隔離された生活を送る中で、6歳から始めたものの大学の作曲科を中退してからはあまり触れる機会のなかったピアノを購入したことが本作を制作する契機のひとつとなったという。一枚の薄い布に包まれたような柔らかでアンビエントな音像とミニマルなピアノで構成された、アルバム・オープナー「Hinoki Wood」や鳥の鳴き声や地面を踏みしめる靴の音のフィールド・レコーディングを、反復するシンセサイザーと淡いピアノ・サウンドでまとめあげた「Way of Seeing」、優しいピアノの音色のなかにセミの鳴き声を挿入することで夏の夕暮れの微睡みを表現したような「Cicadas」などピアノをフィーチャーしたアンビエント・サウンドが本作の主軸である。
それでもなお本作のハイライトは間違いなく、マーガレットのヴォーカルが登場する「City Song」だろう。流星のように儚く煌めくシンセサイザーと柔らかな質感のピアノを背景に幾層にも重ねられた荘厳なヴォーカルで歌う、人間が生活を行う中での認知や記憶の曖昧さと不確かさというテーマはまさにマーガレットが前作から描いてきた内省といつ回復するやもわからない病との対峙という軌跡の延長線上に位置づけられるものである。
その“不確かさ”というテーマはペドロ・ザ・ライオンのデヴィッド・バザンをドラムスに迎え録音されたリラクシングで瞑想的なアンビエント楽曲「La langue de l’amitié」でもみられる。“今まで誰一人として音楽というものを定義するのに成功していないけれども、少なくとも音楽は感情の一つの言語であるということはできると思う”。楽曲の最後に導入されるこのヴォイス・サンプルは、音楽という非言語的な余白を残した表現こそが、何よりも確かにわれわれの感情の機微を掬い取ってくれるということを指し示している。
“パンデミックがおこり、私を含めた多くの人がどのような言葉が適切なのか途方に暮れてしまったし、何らかの物事についてどのように感じているのかわからなくなることもあった。だからこそ言葉を通じて無理に表現するよりはむしろインストゥルメンタルで感情を表現するのが私には合っていたのです”とマーガレットは《Stereogum》に語る。不安定さや不確かさについて人は、そこからいち早く逃れようと雄弁で明確な語りを生み出す。われわれはそこで一時的な“答えのような何か”を手に取り安心するが、さらなる予期せぬ不測の事態が私たちの周りをすぐに覆いつくしてしまう。そのような終わりなき不安がはびこる世界の中にあって、マーガレットは本作における静謐で流麗なアンビエント・サウンドをもって“不確かさ”を無理に剥ぎ取るのではなく、“不確かさ”を音楽という非言語的な表現とともに受容し伴走するという選択を私たちに提示する。穏やかで静かな音の中に凛と佇むマーガレットの世界に対する、そのようなある種受動的な思想が本作と、いやマーガレットの音楽とリスナーの生を繋いでいる。(尾野泰幸)
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【REVIEW】
Gia Margaret
『Mia Gargaret』
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