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Mach-Hommy: #RICHAXXHAITIAN

2024 / Mach-Hommy
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隠す美学、晒す美学

19 June 2024 | By Tatsuki Ichikawa

ローなテンションと雑食性。図太く、ディープなヒップホップを提供するこのラッパーの正体は謎に包まれている。この情報社会の現代においてMach-Hommyの特筆すべきところは、その匿名性である。彼の作品を理解するために必要と思われるような、彼の本名を含むバイオグラフィーや楽曲のリリックが、インターネットの渦の中において、ほとんど開示されていないからだ。顔半分はバンダナに覆われたこのラッパーは、見事なまでに匿名性を実現している。彼の個人的な情報といえば、ハイチ系アメリカ人のラッパーであることくらい。インターネットに浸りきった我々はこのアルバムを聴いて、情報を漁ろうとするが、そこで得られるものはこのように極めて少ない。そう、すっかりコンテクスト・ジャンキーと化している私たちを、容赦無く路頭に迷わせる。

こういう作品を、特に非英語圏に住む、英語話者でもない私(その上、彼の作品はたびたびハイチ・クレオール語も入り混じる)が論じることは非常に困難なことだろう。しかし、その語りづらさのようなものにも、私は大いに惹かれている。なぜならそれこそが、Mach-Hommyというラッパーの屈託のなさ、作品の価値を台無しにしないような、自分を、音楽を安売りしない彼の精神そのものの表れとして映っているからだ。全てを晒すことでリアルとされるような、また溢れかえる情報から数々のストーリーがリスナーから生み出され続けるような状況に対して、どのように匿名性を保ちながら、人々に作品をデリバリーするか。Mach-Hommyの問いかけは非常に興味深い。

例えば、彼の数少ないインタヴューや特集記事を読むだけで、彼がミステリアスな存在である以上に、現代にまで及ぶ“資本の奪い合い”にいかに辟易しているかが窺えるだろう。彼は自分の音楽を安売りせず、自らのサイトにて、高値で音源を発売していた。その後、ストリーミングサービスに上がった作品もあるが(例えば本作にも参加するThe God Fahimとの2017年のEP『Dollar Menu』)、彼のインディペンデントなやり方は、商業主義に走る音楽業界への、アンダーグラウンドからの問いかけとも取れる。

そういう意味で『#RICHAXXHAITIAN』は、彼の作品の中でも取っ掛かりやすく、かつ聴きやすい作品と言えるだろう。もっとカジュアルなところで言えば、コンセプチュアルな重みを感じさせながらも、優れた夏のラップ・アルバムとして十分に聴けるキャッチーさや多様性に溢れた作品なのである。ロック・マルシアーノやブラック・ソートをはじめとする客演の豪華さも、今までの彼の作品には見られなかったものだろう。

ただしそれ以上に、『#RICHAXXHAITIAN』に隠されているのは、いやむしろ晒されていると言えそうなのは、感情的な場面である。アルバムの展開には幅があり決してリスナーを退屈させることはない。その中でも、例えば2021年のアルバム『Balens Cho』以来の参加となるサム・ゲンデルによるサックス(e-sax)(7曲目「SUR LE PONT d’AVIGNON (Reparation #1)」)、あるいはMach-Hommyとブラック・ソートのラップを乗せるピアノとスネアの幻惑的なループ・トラック(11曲目「COPY COLD」)がこの作品の叙情性を高める。全体のカラッとしたムードの中にこのような時間が挿入され、ある種の生々しさが顔を出す。

また、タイトル・トラック「#RICHAXXHAITIAN」は、同じくハイチ系のケイトラナダによるアフロビーツ、ファンクテイストの楽曲であるが、MVを含め、モチーフが気になるところだ。Geniusを見ると、曲によっては、客演陣のヴァースを確認することができる(ただし今回もMach-Hommy本人のヴァースはネット上で公開されていない)。03 Greedoによるコーラスでは、MFドゥーム、あるいはそこからの流れでビリー・ウッズに通ずるような覆面ラッパーとしてのMach-Hommyの姿を象徴するバンダナが、パートナーの前で涙を隠すものとして言及される。時折現れる繊細さは、叙情的なサウンドだけでなく歌詞にも表れているようだ。

ハイチ・クレオール語で話されるインタールードをはじめ、本作を一から十まで理解するのは、相変わらず難しいように思える。しかし音と数少ない手がかりだけでも、そこで“隠されている姿”と“晒されている姿”に、彼の内省を垣間見ることはできそうだ。Mach-Hommyの楽曲や彼のアティチュードには現実主義的な部分が確かにある。そこには、晒すことだけではなく、隠すことによって何か真実らしきもの、あるいは生々しいものを浮き彫りにしてしまうような、そういう表裏の感覚が備わっているような気がしてならない。(市川タツキ)

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