ダブのDNAが再構築する、魅惑のサイケデリア
パンダ・ベアとソニック・ブームのコラボレーションは、パンダ・ベア名義の『Tomboy』(2011年)と『Panda Bear Meets The Grim Reaper』(2015年)での共同プロデュースがあるが、『Reset』(2022年)は両者の名義が並んだ初めての作品だった。エディ・コクランやザ・トロッグス、エヴァリー・ブラザーズやザ・ドリフターズ、ランディー& ザ・レインボウズといった50年代~60年代のロックンロールやドゥーワップをサンプリングし、楽曲の中に取り込むことで作りあげた、ポジティヴなヴァイブスに満ち溢れた光り輝くサイケデリック・ポップは、まさしくこのふたりだからこそ成しえたものだったし、両者のキャリアにとっても特別な1枚だったと言えるものになっている。
そんな作品をUKダブの第一人者であるエイドリアン・シャーウッドがダブワイズした『Reset in Dub』のリリースが予定されているというニュースを聞いたときは、驚きとともにある種の納得感があった。というのは、『Reset』ではそのサイケデリック・サウンドを構築するのに、空間系のエフェクトを多用しており、ダブと非常に相性がいいように感じたからだ。事実、ソニック・ブームは『Reset in Dub』の企画について「『Reset』に影響を与えた重要な要素のひとつがジャマイカのロックステディで、それをトロピカルなルーツに戻すというのは面白いアイデアだと思ったんだ。」と発言している。『Reset』のサウンドにはダブのDNAがあらかじめ組み込まれているというわけだ。エイドリアン・シャーウッドは『Reset in Dub』を制作する際、《On-U Sound Studio》にて、シュガーヒル・ギャングのダグ・ウィンビッシュをはじめとした名うてのミュージシャンたちを招き、唯一無二のサイケデリック・サウンドをダブワイズすることで再構築してみせた。その成果は、大成功だったと言えるだろう。『Reset』は全編通じてアンビエント成分やメロディー、エフェクトの要素が強く、どちらかといえばボトムやビートの要素は控えめな作品だ。そこにエイドリアン・シャーウッドのサウンドが注入された途端、骨太でヘヴィなボトムが前面化され、一気にベース・ミュージックとしての快楽に満ちた作品が完成した。この元の作品とのギャップ感がもたらす刺激という意味で言えば、エイドリアン・シャーウッドが少し前に、米インディー・ロック・バンド、スプーンの新作『Lucifer On The Sofa』(2022年)を同様にダブワイズした『Lucifer On The Moon』(2022年)には無かったものだ。あの作品も実によくできたものだったが、もともとのスプーンのバンド・サウンドがしっかりと骨格のあるものだったので、『Reset in Dub』におけるギャップ感はなかった。
『Reset』と『Reset in Dub』を比較しながら聴き進めると、その魅力が良くわかる。「Gettin’ to the Point Dub」は原曲で目立っていたアコースティック・ギターをバッサリ切り落としてグッとムードを変えつつ、抑えられたパンダ・ベアのヴォーカルとフルートの音色で陽気なバイブスは残すという絶妙なリワークであり、残す部分と消す部分、そして足す部分の配分の選択が、ことごとく正解のボタンを押している。「Go On Dub」におけるパンダ・ベアのヴォーカルは過剰にエフェクトがかけられ、それが地を這うようなベースと切れ味のいいトランペットやざらついたシンセと絡まることによって、ゆったりとした高揚感を得ることに成功している。「In My Body Dub」は原曲におけるメロディーを大切にしながら、鍵盤やトランペットを導入して、原曲とは違ったやり方でトロピカルな雰囲気を演出しているなど、こうした細部に注目すると非常に気の利いたアレンジが施されている部分に満ち溢れていて非常に楽しい。ベースとドラムによってサウンドの骨格がしっかりしている、というだけではない音楽的快楽が、遊び心とともに至る所に散りばめられているのだ。それは「Whirlpool Dub」での逆回転やストリングスの使用にも現れており、原曲と比較して単純に音楽的な情報量も増えているという見方もできるだろう。パンダ・ベアが『Reset in Dub』について「エイドリアン・シャーウッドがやってくれているのは、ただのダブ・ヴァージョンじゃないってことが明確になった。『Reset in Dub』は、『Reset』をプリズムで濾過したようにオリジナル・ヴァージョンを再文脈化しているんだ」という発言は、その音楽的情報量の増加という部分と照らし合わされて伝わるべきだろう。また、「Danger Dub」は、原曲でもかすかに響いていたレゲエ的なギター・カッティングを、より印象的に響くようにアレンジするなど、フォーカスを当てるポイントを変えることで、楽曲の印象をガラリと変えて見せる心憎い演出をしていることにも感心させられる。それでもやはり印象的なのは、「Everything’s Been Leading To This Dub」のように、原曲ではシンセサイザーのリフレインを主体としたポップでサイケデリックなアンビエンスがトラックの基軸になりつつ、パンダ・ベアのメロディーが煌びやかな楽曲を徹底的にダブワイズしたものにこそ本作の真価が宿っていると言えるだろう。ここにはグルーヴィーなボトムがあるだけではなく、トランペットやストリングス、鍵盤などの印象的な細部に宿る音色が巧みに配置されており、『Reset in Dub』の中でも総決算的な楽曲といえるだろう。
再度、パンダ・ベアが『Reset in Dub』について語った言葉を引こう。「誰もいないショッピングモールや、冬のビーチが好きなんだ。視覚的にシンプルですっきりしていて、波の音が他のすべてをかき消してくれる。だから昔からダブの音が好きなのは当然だと思うんだ。作品によって色濃く出てるものもあれば、そうじゃないものもあると思うけど、僕が作ったどの作品にもその痕跡が残っていると思う。」
この発言はじつに的を得ていると思う。ぼくは『Reset in Dub』を聴いて、エイドリアン・シャーウッドのダブ・マジックに心底溺れながら同時に、パンダ・ベアのソロ・ワークスやアニマル・コレクティヴのサウンドの底を流れていたダブの要素を反芻していた。『Reset』のサウンドにはダブのDNAがあらかじめ組み込まれていると前述したが、じつはそのDNAはパンダ・ベアのディスコグラフィーの根底を脈々と流れているものなのかもしれないと思った。だから今回、ダブワイズという形でリワークされた『Reset in Dub』は、エイドリアン・シャーウッドというフィルターを通して、パンダ・ベアが自身のサウンドに眠っていたルーツと再会した作品だったといえるのかもしれない。(八木皓平)
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