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タラ・クラーキン・トリオ
ブリストル・サウンドの継承者から紐解く
トリップホップの過去と現在

18 July 2023 | By hiwatt

イングランド南西部の港町、ブリストル。

奴隷貿易や、カリブ系移民の拠点となった歴史があり、様々な人種が混在する特異な風土を持つ街で生まれた「ブリストル・サウンド(トリップホップ)」と呼ばれる音楽は、音楽史の中でもいまだに異彩を放っている。

「トリップホップ」という呼称は、マッシヴ・アタックやポーティスヘッドなどの当事者達には忌み嫌われていたが、Y2Kリバイバルやレイヴ・リバイバルの気運がある今、ここ数年トリップホップ再興のムードは確実にある。

そんな中、メッカであるブリストルから登場した、ブリストル・サウンドの再解釈を試みるバンドが密かに話題である。クラリネットなどを操るマルチ奏者のタラ・クラーキンを中心に結成された、Tara Clerkin Trioだ。

タラ・クラーキンの名を冠してはいるが、メンバーのサニー・ジョー・パラディソ(ドラムス)とパトリック・ベンジャミン(キーボード)とはフェアな関係にあり、主にこの3人で活動している。そんな彼らが3月にひっそりと来日し、東京と大阪でライヴを敢行したのだ。私は大阪《environment 0g》でのライヴを目撃することができ、バンドにメール・インタビューすることができた(特に記載がない限りは全ての発言はクラーキンによるもの)。

まずは彼らの音楽の名刺代わりとなる、「Exquisite Corpse 1」を聴いて欲しい。

クラーキン曰く、
「“優美な屍骸”というドローイング・ゲームを知っていますか? この曲は同じルールで作ったんです。 私が最初のセクションを作り、最後の3秒をパトリックに送ると、彼はそれを使って自分のセクションを作る。それをサニーに回して彼のセクションが出来上がり、最後にまとめるまでお互いのセクションを聞くことはありませんでした」

“優美な屍骸(仏: le cadavre exquis)”というのは、シュルレアリスムにおける作品の共同制作の手法。絵画を例にとると、3人で1つの絵を書くとして、紙を3面に折り曲げ、他の2人が何を描いたか見えないように折ったまま、自分のパートのみを描く。ただし、他のパートとの繋ぎ目だけは見えるようにし、3人が描き終え、紙を広げれば完成した絵を見ることができるというもの。

ロンドンのレーベル《SA Recordings》のコンピレーションに提供された一曲であり、9分33秒の内に、優美な屍骸形式でメンバーそれぞれがチェンバー、ジャズ、ダブ、IDM、ブレイクビーツなど自由にトラックを作り、それをグリッチやスクリュード、バックワードなどのエフェクトで繋ぎ目(ビートスイッチ)を装飾している。

聴くと分かるが、凄まじい情報量で、一度では咀嚼できないリファレンスの数々が押し寄せてくる。 バンドの1作目のリミックスEPには、メンバー3人それぞれのリミックスが収録されているが、それぞれの魅力とバックボーンが明確に分かるので、こちらもバンドを理解する上で聴いて欲しい作品だ。



ブリストル・サウンドの継承者でありつつも、これまでブリストルに持ち込まれなかったであろう彼ら独自の影響元を考え始めたのだが、まあキリがない。ということでバンドを形成する音楽をクラーキンに訊いてみたのだが、かなりヴォリューミーなリストを送ってくれた。それを元に「クラシック/ジャズ」「バンド・サウンド/ポップス」「電子音楽/アンビエント」「ダブ」「アブストラクト・ヒップホップ」という5つの視点から、彼らの音楽を紐解いていく。

まず、クラシックからはバッハ、サティ、ラヴェル、ドビュッシー。先に紹介した楽曲のイントロの時点でバッハからの影響が漏れ出ているが、他のフランス人音楽家たちの「家具の音楽」「印象主義音楽」などの概念を再解釈しているのがこのバンドの面白さであるし、フランス芸術に傾倒している一因でもあるだろう。

また、現代音楽にも造詣があり、テリー・ライリーがその最たる存在だという。ニコライ・カプースチン、デイヴ・ブルーベック、ビル・エヴァンスといったクラシックとジャズを横断した音楽家。それぞれのアイデンティティや独創性を武器にジャズを拡張した、チック・コリア、マイルス・デイヴィス、サン・ラ。これらの巨人達からの影響は、バンドの持つ純度の高い基礎教養と実験性の裏付けと言える。

アカデミックかつストイックな演奏面もバンドの魅力だが、そこにはトータスやカンらからの影響があるようだ。彼らのライブを観た印象として、即興や反復する演奏によって生まれるカタルシスという点でも、これらのバンドとの共通点を感じる。

ポップスにおいては、アート・リンゼイやテニスコーツといったアコースティックが主体のもの、ブロードキャスト、ザ・フォーカス・グループのようなラウンジ・ミュージック混じりでトリップホップの要素も含んだものまで、アヴァンギャルドな趣向だ。

また、ザ・ドゥルッティ・コラム、キャバレー・ヴォルテール、マキシマム・ジョイといった、イングランドの各地方で独自の進化を遂げたポストパンクバンドの名前も挙げている。英国音楽特有の地域性と、その土地でしかできない音楽を鳴らす意義を彼らも確かに持っている。因みに、リストの中で同郷のアーティストは、ザ・ポップ・グループとグラクソ・ベイビーズの元メンバーから成るマキシマム・ジョイのみである。

アコースティック楽器の演奏もこのバンドの魅力であるが、ケミカル・ブラザーズやオービタルのようなメンバーが共に育った90年代テクノが根底にありつつ、細野晴臣、坂本龍一、シルバー・アップルズのようなシンセ黎明期のポップスとアートを接続したレジェンドにも影響は遡る。

エイフェックス・ツイン、ヤン・イェリネック、カール・ストーン、竹村延和、横田進といったIDM/エレクトロニカ/アンビエントを代表する音楽家からの影響には、サウンドやテクニックはもちろんだが、マシンによって生み出されるランダムなグルーヴや、無機質なニュアンスを生のバンドで表現する上で参考にしているようにも思える。

また、クラーキンにとってローレル・ヘイローとミカ・レヴィには特別な思い入れがあるようで、確かに近年のアンビエントやアヴァンギャルドな作品にも通ずるものがあるが、ローレル・ヘイローの1作目(『Quarantine』2012年)やミカ・レヴィのミカチュー&ザ・シェイプス時代の作品、特に『Never』(2012年)はいずれも2010年代前半の重要作であるが、彼女たちの中継ぎ的な役割が、現在のトリップホップの再興に繋がっているのは間違いないだろう。

「ブリストルのカリブ海系コミュニティは、この街の音楽文化に非常に強い影響を与えています。イギリスの他の都市と比べると、人口は少ないですが、ダブ、レゲエ、サウンドシステム文化、ストリートパーティーなどの影響は、ここで作られる音楽、そして“ブリストル人”の嗜好に非常に顕著です」

クラーキンが こう語るように、イングランドにおけるカリビアン・ミュージックは、ブリストル及びイギリスの歴史が育んだ独自のものであり、70年代のパンクスとドレッドの連帯、リスペクトの上で成り立っている文化だ。その最たる存在がエイドリアン・シャーウッドであり、シャーウッドが主宰する《On-U Sound》周辺の音楽に影響を受けたそう。その中でも、今年12年振りの新作をリリースしたアフリカン・ヘッド・チャージと、ダブのオリジネーターの1人でもあるリー・ペリーは特別だという。

リストの中で少し意外だったのがゴリラズなのだが、彼らの年代的にゴリラズがダブ及びレゲエへのゲートウェイになったと考えられるし、デーモン・アルバーンのセンスの拡張と共に、カオティックなポップ・ミュージックへと進化するスタイルにシンパシーがあるかもしれない。

そして、意外にも明確にトリップホップとカテゴライズされるアーティストがリストには無く、どちらかと言うとアブストラクト・ヒップホップの文脈から、DJ Krushとエイモン・トービンの名前が挙がった。ただ、このセレクトが非常に彼らを物語っていて、かたや日本、かたやブラジルのレジェンドであり、アイデンティティを正しい形でサウンドに具現化するスタイルと、欧米のプロデューサーにはないエキゾチシズム、そして無骨で重厚なビートは、バンドの骨格となる部分に明確な影響がある。

ここで、ブリストル・サウンド/トリップホップのサウンドを規定するものについて私の考えを述べたい。私は「サンプルデリア」と「残響」の2つが最も重要だと考える。

「サンプルデリア」という言説は、日本においてはそこまでメジャーではないかもしれない。広義的な概念なので解釈は様々だが、磁気テープでの録音技術の誕生以降、サイケ期のビートルズがテープで録音したビートを継ぎ接ぎしてループさせたり、サンプラーの元祖であるメロトロンを広めた辺りから始まる。そして、キング・タビーがテープエコーなどを使い倒して産んだダブ、イミュレーターやMPCなどのサンプラーのシンギュラリティが革命を起こしたヒップホップ、そこから派生するジャングルやアブストラクト・ヒップホップ/トリップホップまで、サンプリングを用いた狂酔感を与える音楽の総称だ。

「残響」においては、ブリストルという街がダブの伝統を与えてくれたこともあり、テープエコーやスプリングリバーブが印象的に用いられる。ローレンス・ハモンドがハモンドオルガンでパイプオルガンの響きを再現しようと、音の信号をバネで震度させることで響きを得る装置を開発。これがスプリングリバーブの起源であり、その後フェンダーなどのギターアンプに搭載され、サーフ・ミュージックやレゲエにおけるサウンドの象徴となった。現在では、ラナ・デル・レイやアークティック・モンキーズなどに象徴されるように、ノスタルジックなサウンドを演出する上で、その存在を強く感じる。この2つの要素を歴史的な文脈まで網羅してしまっているのがポーティスヘッドであり、彼らがブリストルサウンドの代表格で、到達しようのないメルクマールである理由だ。

また、ポーティスヘッド、マッシヴ・アタック、ビョークにも参照されるように、女性ヴォーカリストが言葉を紡いで達磨の目を入れる様式も、トリップホップにおいては重要な文脈だ。今年3月にリリースされた『When It’s Going Wrong』も素晴らしかったが、近年トリップホップに回帰した印象のあるトリッキーのコラボレーターが、ポーランド人女性アーティストのMartaであることも裏付けとなるだろう。

昨今のトリップホップ・リバイバルにおいても、Tirzahの『Colourgrade』(2021年)を筆頭に、Klein Zageの『Feed the Dog』(2022年)や、Vegynの意識的なプロダクションが込められたJohn Glacierの『SHILOH: Lost For Words』(2021年)、先日リリースされたクリスティン・アンド・ザ・クイーンズの最新作に収録の「Tears can be so soft」など枚挙にいとまがないが、ヨーロッパを中心に確実にこの血脈は続き、各々のスタイルで再構築されている。

それは、ビョークが常に最前線に立ち続け、この30年フォロワーを増やし続けたことが、アヴァンギャルドなフィールドの女性アーティストたちのポジションを拓く結果に繋がったということもあるだろう。そして、“MeToo”ムーヴメントに端を発したオンライン・フェミニズムの波により、近年は多様なフェミニズム観の混在する第四波のコンフリクトの中にあるが、第三波フェミニズムの時代に生まれたトリップホップが、現代の女性アーティストの音楽表現における一つの様式として用いられ、そして再解釈されるのには必然性を感じる。

その中でも、私がTara Clerkin Trioに興奮し、他になかったものを見出しているのはそのサウンドだ。彼らは、トリップホップの様式を踏襲しつつも、自らのリファレンスを武器にブリストル・サウンドの再構築を試みている。

ザ・フォーカス・グループのようなミュージック・コンクレート的サンプリング手法を用いつつも、彼らはサンプリングをループ・ミュージックに置き換えている。ループ・ミュージックと言っても彼らにとっては、サティの家具の音楽や、テリー・ライリーのミニマル音楽であったり、彼らが敬愛するジャズミュージシャンやバンドの反復する演奏、いわばある種の人力サンプリングがそれにあたる。反復する中で熱を帯びるバイブスや、規則的なシーケンスをランダムに崩す瞬間に、強い狂酔感が訪れる。これは彼らの演奏を体感したから分かることかもしれない。

それに加え、DAW以降のアンビエントと、アナログなダブな響きが複合しているのもこのバンドの注目すべきポイントだが、クラーキンに使用する機材やプラグインについて訊いてみた。

「エフェクトは主にプラグインですが、AbletonやLogicに付属する基本的なものです。派手なプラグインを探すことに興味が無いですし、選択肢が多いのは好きじゃないんですよね(笑)。 けど、レコーディングしたものをアウトプットしてアナログペダルに通すこともありますよ」

そもそもの選択肢を狭めるということがサウンドにミニマルさをもたらすのは興味深いし、先鋭的でありながらソフィスティケートされた音楽に仕上がっている一要素なのかもしれない。

2020年リリースのデビュー・アルバム『Tara Clerkin Trio』


現在のブリストルの音楽シーンと言えば、ジャイアント・スワンであったり、《Livity Sound》や《Sneaker Social Club》などのレーベルに代表されるように、アンダーグラウンドのダンスミュージックが非常に盛り上がっている。

約47万(英国8位)の人口を持つ、イングランドの中でもそこそこ大きな都市であるブリストル。

「ブリストルの音楽シーンは協力的で、競争心がまったくないんです。誰もがコラボレーションや新しい作品のチェックに積極的なので、たくさんの実験ができるんです」

小さなコミュニティがいくつも点在しているブリストル・シーンをクラーキンはこのように語っているが、彼ら3人の出会いは2010年ごろまで遡り、《Howling Owl Records》というレーベルのエクスペリメンタルな音楽コミュニティの中で出会った。

そんな彼らの目線で、ブリストルで注目すべき存在を教えてもらった。

《Avon Terror Corps》《Bliss Archive》からのリリースをチェックして欲しい!あと、《Noods Rradio》(https://noodsradio.bandcamp.com)のコンピレーションも面白いですよ」

前述のリストでも分かると思うが、彼らは日本の音楽や文化から多大な影響を受けている。 そもそも、私が彼らに興味を抱いたのも、彼らが《NTS Radio》でのプログラムで、多くの日本のマニアックな音楽をセレクトしているのがきっかけだ。そんな彼らに、“ブリストル人”として日本の音楽がどう聴こえているのか、英国音楽との比較、日本に対して持っていた印象と、来日して変わった印象を訊いたのだが、この質問にはメンバーの中でも特に日本に造詣の深いサニーが答えてくれた。ただ、これはもはやコラムであり、日本へのラブレターでもある。少し長いがそのまま発言を紹介しよう。

「私たちは、日本の音楽、そして文化全般に強い親近感を持っています。コンピューター・ゲームは、私たちや多くのイギリス人にとって、間違いなく日本文化へのゲートウェイでした。そして今、アニメ、日本食、映画、テレビ番組などは、イギリスやヨーロッパでますます人気が高まり、日本のデザインや美的感覚はますます尊敬を集め、非常にモダンなものとみなされています。

戦後、イギリスも日本も、アメリカのグローバリゼーションとポスト産業資本主義の新しい波を通じて、同じ文化的なバイアスとトレンドにさらされてきました。だから、多くの意味で私たちはアメリカから同じ文化を受け継ぎ、それを自分たちの文化に取り入れたのだと思います。

残念ながら、西洋優位の無知な態度のせいで、アジア文化の往来は歴史的にしばしば一方通行で、アメリカを中継して、ヨーロッパへと届きました。そのため、私たちがアジアの文化に触れる機会は、コンピューター・ゲームを除けばほとんど限られていました。

東洋と西洋の美学がミックスされた世界は、将来世界がどのように見え、どのように聞こえるか、あるいは人々がどのように見えることを望んでいるかの青写真を描いているように思います。

例えば、ヴェイパーウェイヴはローマの胸像や建築物/ヨーロッパの古典主義と、80年代のアメリカ資本主義ブームにおけるマイアミバイス的美学やネオンサインがそびえ立つアジアの都会っぽさを組み合わせた、初期のフュージョンアートをよりモダンに発展させたものです。それは、90〜2000年代に成長し、これらの文化的フラッシュポイントに深い感銘を受けた世代が最初に創作したアートでした。

これらの未来的な美学の形成における「東」と「西」のコラボレーションは、地政学的な状況が変化しつつある現在、少なくとも私たちの視点からは、非常に先見の明があるように思えます。アメリカが世界的な威信を失い、彼らが代表する生活様式や文化に対する信頼が失われつつある今、西側の人々は文化的にますます東側に目を向けるようになっています。

興味深いことに、われわれが近頃よく受容するのは、「西洋」のポップ・カルチャーを超展開させたものです。例えばK-POPやJ-POPは、90年代初頭の西洋のポップ・インダストリーを模倣し、発展させ、あるいは完成させたものです。

日本の音楽は、ポピュラーな(そしてあまりポピュラーでない)西洋音楽を模倣しながらも、常に日本であることを明確に認識できる痕跡を残すアジアの国として、魅力的でユニークです。初期のサイケ・ロックやノイズ(裸のラリーズ、ハナタラシなど日本がパイオニアであることは間違いない)から、ドラムンベース、ヒップホップ、実験的な電子音楽、コマーシャル・ポップ、さらにはブリットポップまで。イギリスもまた文化的な模倣者でもあり、しばしばアメリカを追いかけ、彼らが発明したスタイルを自分たちの好みと融合させ、その過程でユニークなものを作り出した。このように私たちは、伝統的なアイデンティティを持ちながらポップカルチャーに共鳴するポストモダンな社会の中で、文化のフィードバック・ループから見出され、それに組み込まれているという点で似ています。

日本の音楽のトーン/ムード/スタンスは、分かりやすい特徴であり、それは日本の様々な分野やスタイルに通じるものです。表現するのは難しいけど、私が日本の芸術から連想するのは遊び心。暗さの中にも「光」があることが多い(光という表現が適切かどうかはわからないが……)。例えば、「侘び寂び」のような日本の人生哲学や思想体系がこちらでは有名です。日本の人々が本当にこのようなことを考えているかどうかは知らないけど……(笑)。これは、私の日本文化に対する固定観念や憶測が含まれますが、これはすべての闇を覆い隠すことを強いる文化的抑圧の症状かもしれない。あるいは単に哲学的な観点が違うだけかもしれない。ユダヤ教やキリスト教とは違う文化圏なので、本質的には批判的ではなく、深刻過ぎない。あるいは、美意識の高い芸術的文化を反映しているのかもしれない。あるいは、これらすべての組み合わせか、どれにも当てはまらないか……(笑)。

また、日本の文化的なトレンドは、欧米諸国に20年ほど遅れて反映される傾向があります(少子高齢化はその顕著な例)。私たちが想像するのは、超高速のリニアモーターカー、ロボットの受付係、ネオンで覆われ小さな部屋が積み上げられたタワー、都会化された人々、日常生活がテクノロジー中心の社会。しかし、私たちが実際そこで見たものはまったく異なるものでした。

確かに近代的ではありましたが、実際には、日本は多くの西洋諸国よりも若干近代化しただけのような印象でした。目に入るものすべてがどんどん新しくなっているイギリスと比べると、日本は多くの点で少し古めかしく、古風にさえ見える。まだカード決済ができないところも多いし、東京の主要駅の窓口では古いカシオ計算機で運賃を計算し、制帽を被った運転手が年代物のタクシーを運転している。

開店以来一度も模様替えをしていないような、年老いたマスターが切り盛りする、まるでタイムカプセルのような居酒屋。美しい田舎の旅館や格安のAir B&Bはどこも襖や畳があり、神社や仏閣があり、太陽の光で漂白された自動販売機が、人里離れた田舎や街の路地裏に点在していました。そして、たくさんの缶コーヒーを飲んだ(笑)。

また、日本人は信じられないほど親切で思いやりがありました。これほど気軽に手助けしてくれる人は今までいなかった。ギリギリまでDIYのライブの準備を手伝ってくれたり、道を案内してくれたり。バーを経営している日本人と話していたとき、彼は「自然災害が多いからこそ、協力し合うことが大切なんだ」と言っていました。おそらく、日本の社会は根本的に個人主義的でなく、社会全体に目を向けているんじゃないですか?

いずれにせよ、要約するとこの国は最高で、私たちはとても気に入ったし、いつかまた行くのが待ちきれないということです!」(サニー・ジョー・パラディソ)

最後に、現在レコーディング中の新作はいつ頃リリースになるか、そしてそれはまた驚かせてくれるものかクラーキンに訊いた。

「今年の暮れにはリリースできればいいですね! サプライズかどうかはわからないけど、とにかく楽しんでもらえるといいな……」

──楽しめると思っていたのに楽しめなかったというのでなければ、それはサプライズですね(笑)。

「でも、楽しんでもらえると思うよ!」

<了>

インタヴュー・文・撮影/hiwatt




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