Review

Indigo De Souza: Precipice

2025 / Loma Vista
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“時代”からはみ出ること

13 August 2025 | By Yasuyuki Ono

この10年のUSインディーは《Saddle Creek》の時代だった。本稿の主役であるインディゴ・デ・ソウザのリリースをサポートしてきたこのレーベルの話から始めていきたい。アメリカ中西部に位置するネブラスカ州オマハを拠点とする《Saddle Creek》は2000年代にレーベルの核であったブライト・アイズの世界的な成功とともに名を知られるようになった。もともとは、1993年にブライト・アイズのフロントマン、コナー・オバーストの兄であるジャスティン・オバースト、のちにブライト・アイズのメンバーにもなるエンジニア/プロデューサーのマイク・モギス、そして自身もミュージシャンでありながら経営を主導したロブ・ナンセルらによって設立された《Lumberjack》を前身とする。90年代から00年代初頭まではブライト・アイズはもちろん、カーシヴやザ・フェイントといったオマハ出身のバンドを中心にリリース。そうすることで地元コミュニティの親密な感覚を保持しながら、西海岸出身のオルタナ・カントリー・バンドであるライロ・カイリーやアセンズ出身のアズール・レイなどを手掛け、レーベルとしての拡張を模索した。有体に言えば、《Saddle Creek》はUSインディーにおけるローカルな精神性と挑戦心を体現したレーベルだった。

レーベルの転機は2004年。ブライト・アイズは同年に控えた大統領選に向け、共和党ブッシュへの政治的対抗を呼びかけた《Vote For Change Tour》へブルース・スプリングスティーンやR.E.M.とともに参加し注目を浴びる。そして、次の年にリリースした『I’m Wide Awake, It’s Morning』と『Digital Ash in a Digital Urn』の二作が批評的/商業的成功を収めたことで、レーベルの知名度は世界的に広まった。その後、2011年にブライト・アイズが活動休止を迎えるなど、一時的に小康状態に見えたレーベルの潮目を変えたのはビッグ・シーフだった。2017年に『Capacity』をリリースした後の彼らの躍進はもはや説明するまでもないが、実はその前後からレーベルのニューカマー・リリースが活発となっていた。10年代前半から半ばにかけての90`sエモ・リバイバルやソフト・グランジからなる第四波エモとの共振も感じるホップ・アロングやフィーブル・リトル・ホースといったオルタナ/インディー・バンドをはじめ、上述したビッグ・シーフのソングライターでもあるエイドリアン・レンカーのソロ・ワーク、いまやギタリストとしてワイズ・ブラッドやハレイ・フォー・ザ・リフ・ラフ、パフューム・ジーニアスといったミュージシャンの作品に引っ張りだこになっているメグ・ダフィーのソロ・プロジェクトであるハンド・ハビッツ、そのほかにもトムバーリンやステフ・チュラといったフォーク/シンガーソングライター作品を次々とリリースしていった。

より時代を俯瞰すれば、2010年代半ばにおいては、00年代末~10年代前半に隆盛したヴァンパイア・ウィークエンドやアニマル・コレクティヴ、ダーティー・プロジェクターズといったブルックリン・インディー勢や、ルーツ・ミュージックを現代的に再解釈したボン・イヴェール、フリート・フォクシーズのようなインディー・フォークの勢いが落ち着きつつあった。そこに新たに登場し、インディー・ロックの世代感を更新したのがフィービー・ブリジャーズやジュリアン・ベイカー、ルーシー・ダッカス、ジャパニーズ・ブレックファスト、ミツキといったシンガーソングライターたちだった。彼らの多様な音楽性をひとくくりにすることはできないが、あえて言うならばセクシュアリティやエスニシティにまつわる違和、周囲の人間との関係性、自らの精神的な引っ掛かりから生まれるメンタルヘルスの問題を、感傷的なヴォーカル、静謐かつ幽玄なフォーク・サウンドや空間を切り裂くような轟音ギター、意匠を凝らした繊細なサウンド・プロダクションで表現していくという部分に、彼らの音楽的な特徴があったといえるだろう。上述した2010年代後半以降に《Saddle Creek》が次々とリリースを担ったミュージシャンは、自らがシーンの中核となったBig Thiefをはじめ、彼らと共通するような作品性を有していた。さらに、上述したミュージシャンの幾人かは、音楽的な原体験としてブライト・アイズをフェイヴァリットとしていたことも指摘されるべきで、中でもフィービーはコナーとベター・オブリヴィオン・コミュニティ・センターというユニットを結成し、アルバムもリリースした。そのように《Saddle Creek》は時代を捉え、自ら時代の蠢きを支えていた。

前置きが(かなり)長くなったが、この度4thアルバム『Precipice』をユニバーサル参加の《Loma Vista》よりリリースしたインディゴ・デ・ソウザも《Saddle Creek》から作品をリリースしてきたシンガーソングライターの一人だ。ノースキャロライナ州アッシュヴィルを拠点にミュージシャンとしてのキャリアを蓄積してきたデ・ソウザは、2018年にMJレンダーマンがドラムとギターで参加したファースト・アルバム『I Love My Mom』を自主制作でリリース。スウィートかつメランコリックなメロディー、情感の高低と揺れ幅をその輪郭と繊細さを保ったまま増幅する豊かな表現力を持ったヴォーカル、鋭利でありながら空間的でたっぷりとしたエレクトリック・ギター・サウンドはすぐさま上述したシンガーソングライターたちに注目していたインディー・フリークの心をつかみ、《Saddle Creek》との契約に至ることとなった。そこからデ・ソウザは『Any Shape You Take』(2021年)と『All of This Will End』(2023年)の二枚のアルバムを《Saddle Creek》からリリース。前者は同時期にボン・イヴェールやワクサハッチー、ザ・ウォー・オン・ドラッグスなどのプロデュースを担当していたブラッド・クックを、後者ではウェンズデイやホットラインTNT、スネイル・メイルの作品でプロデュースを担ったアレックス・ファーラーを招聘。モダナイズされたインディー/オルタナ・サウンドに挑戦した。

デ・ソウザは孤独、家族/友人/パートナーとの関係、死の心理的受容、過去の精神的な痛みといったテーマを、パーソナルな視点から歌う。しかしながら、そのシリアスなリリックをもった歌は、どこまでも深く沈みこんでいくような内省だけに拘泥しない事が特徴だ。オートチューンの効いたヴォーカルがエレクトロニック・オルガンにのって滑らかに転がる「17」(『Any Shape You Take』収録)やマキシマムな音像のシンセ・ポップ「TIme Back」(『All of This Will End』収録)といった楽曲を聴けば、デ・ソウザが軽やかに展開する大文字のポップスへと接近することで自身の感情を表出する手段を模索していた作家であることがわかるだろう。言葉を変えれば、オルタナティヴ・ロックの地平から、時折ひょこっと顔を出す“チャラさ”がデ・ソウザの音楽にとってチャーム・ポイントとなっているのだと思う。

最新作『Precipice』について、デ・ソウザはリファレンスとしてチャーリー・XCX、キャロライン・ポラチェック、そしてジャスティン・ビーバーといったポップ・スターの名を挙げている。アルバム・オープナーの「Be My Love」における彼女の伸びやかな歌声をさらに拡張するようなエレクトロ・サウンド、「Cryin Over Nothing」や「Crush」、「Pass It By」の執拗に刻まれるキック・ドラムとバウンスするシンセサイザーを聴けば、本作が上述したデ・ソウザが持つポップ・フィールドへの憧憬をこれまで以上に前景させた作品となっていることは明らかだ。他方、リード・トラック「Hearthrob」のようなギター・オリエンテッドなポスト・パンク・リヴァイヴァル風の楽曲も印象的に配置されているように、本作が決してインディー/オルタナとの離別となっていないことも指摘しておくべきだ。

本作におけるポップへの接近が奏功しているのかについては、評価が分かれるところだろう。実際にこれまで彼女の作品を支持してきた《Pitchfork》や《Northern Transmissions》のようなメディアは、本作での変化がデ・ソウザの特徴である微細な感情表現を阻害してしまったのではないかと懸念している。しかしながら、本作のサウンド・プロダクションが大仰すぎるきらいがあろうとも、以前の作品からデ・ソウザが軽快なサウンド・プロダクションとカジュアルなヴォーカル・スタイルをもってポップへの興味を示してきたことを考慮すれば、本作において彼女が従来の作品にあった生真面目さを相対的に剥ぎ取り、ポップ・フィールドへと接近したことは何ら不思議ではない。固定されたジャンルもしくは精神性への固執こそ、そもそも“インディー”が否定してきたものであるはずだ。ある特定の時代に充足せず、自ら一翼を担った10年代後半以降のインディー・ロックから、デ・ソウザが本作をもってはみ出そうとした試みを、まずは肯定したい。本作は、USインディーを巡る時代の動きを伝える一枚だ。(尾野泰幸)

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BRIGHT EYES 2025年 来日ツアー


◾️2025年12月3日(水) 大阪・Yogibo META VALLEY
OPEN 18:00 START 19:00

◾️2025年12月4日(木) 東京・EX THEATER ROPPONGI
OPEN 18:00 START 19:00

問い合わせ : Creativeman Productions
https://www.creativeman.co.jp/event/bright-eyes_2025/

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