2人の天才が《Genius》のクレジット欄をジャックする前に
アンダーソン・パークにサンダーキャット、スヌープ・ドッグ、マック・デマルコ、極め付けにはハービー・ハンコック。『NOT TiGHT』と冠されたこのアルバムのトラックリストを一瞥した時、誰もがこの豪華絢爛としか言いようのない客演陣に目を引かれるだろう。そして、それからほんの少し間を置いて、ある一つの疑問が各々の脳内に思い浮かぶ。つまり、「この人たちって何者?」。
フランスの国立高等音楽院からバークリー音大に進学、複雑なコードワークや運指を上下2つの鍵盤で弾きこなす22歳のキーボーディスト、ドミ。プレティーンの頃から地元であるダラスで活きた音楽に触れ続けてきた、ミニマムで手数の非常に多いドラムンベースのようなビートを紡ぐ19歳のドラマー、JD・ベック。エリカ・バドゥのバースデーパーティーで初共演を果たした2人は、SNSを乗りこなしながらその名前をアメリカ中に発信していった。
彼らと共演したビッグネームを挙げればキリがないが、彼らを最もフックアップしたアーティストは間違いなくアンダーソン・パークだろう。ブルーノ・マーズと組み、去年最もマーケットをジャックしたプロジェクトであるシルク・ソニックのシングル曲「Skate」にドミとJD ベックが参加。そしてアンダーソン・パークが立ち上げたレーベルの《APESHIT Inc.(エイプシット・インク)》と2人がサイン、同レーベルからのリリース第一作が『NOT TiGHT』ということとなる。
そのような経緯でリリースされた今作だが、そのテクスチャーは先鋭的というよりも、むしろあらゆる意味で折衷的である。JD・ベックの奏法は紛れもなくルイス・コールの流れにあるが、ドミのルーツは70年代のフュージョンにある。アルファ・ミスト〜キーファーを思わせるようなローファイ・ヒップホップ調の「SMiLE」などの現代的なラウンジ感覚を保持しつつも、彼らのライブではコルトレーンやウェザー・リポートなどのスタンダードが演奏される。パット・メセニーとゲームキューブの起動音を、ドミは2つの鍵盤を使って巧みにマッシュアップする。何より、『NOT TiGHT』は新興レーベルの《APESHIT Inc.》とジャズの殿堂《ブルー・ノート》のダブルネームでリリースされているのだ。
2人の縦横無尽な振る舞いは、ドーナツ盤の上でも遺憾無く発揮されている。「BOWLiNG」でサンダーキャットに『Drunk』以降のムードを汲んだオーセンティックな歌を歌わせつつ、続く「NOT TiGHT」では、ストイックなセッションを同じくサンダーキャットに仕掛けている。後半のドミとサンダーキャットによるソロ合戦は——このツッコミが野暮であることを承知しつつも、彼らの無邪気なユニークさに甘えて言うとするならば——もはや全く「NOT TiGHT」ではない。今作でもとりわけ豪華な客演陣を迎えた「PiLOT (feat. スヌープ・ドッグ、バスタ・ライムス&アンダーソン・パーク)」の直後に配置された、これまたストイックな「WHOA」で放し飼いにされたカート・ローゼンウィンケルによる4分間のギターソロは、今作におけるハイライトの一つだ。
偉大なる諸先輩方を一抹の違和感もなく引き連れたドミとJD・ベックの佇まいは堂々たるものである。顔見せというにはあまりに腰が据えられすぎているこのデビュー・アルバムは、ポップス界にとって十分にセンセーショナルであるし、今頃世界中のビックスターたちがキーボードとドラムスの座を空けて待っているに違いない。《Genius》のクレジット欄を2人の若き天才がジャックする日が、今から楽しみだ。(風間一慶)
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