Review

Various Artists: Moping in Style(A tribute to Adam Green)

2023 / Capitane Records
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ヴォーカル・ミュージックとしての名ソングライティング

23 January 2024 | By Shino Okamura

日本では今ひとつ知名度が高くないが、アダム・グリーンというシンガー・ソングライターの影響力は本国アメリカでは相当に大きい。もともと彼がキミヤ・ドーソンらと組んでいたニューヨーク拠点のモルディ・ピーチズ自体、30年くらい前に“Anti-Folk”なる括りで紹介されることが多かったものの、そうした文脈を超えて現在もっと高く評価されてしかるべきグループだ。思えば“Anti-Folk”という言葉をそのままモルディ・ピーチズに与えることには抵抗があり、そもそもこの言葉自体は伝統的なフォーク音楽の流れに一定の反旗を翻したいくつかのアーティストたちによる1980年代初頭の気骨ある運動のことを指す。シンガー・ソングライターのLachが企画する《New York Antifolk Festival》に出演していたワシントン・スクエアズやシンディー・リー・ベリーヒルといったアーティストたちがまさに“Anti-Folk”に該当するわけで、90年代に活動を開始したモルディ・ピーチズやレジーナ・スペクターらは、そうした第一世代を積極的に支持していた後輩というポジション。尤も、モルディ・ピーチズ自体はパンク、ロウ・ファイの要素を強く持っていたため、かなりジャンクなサウンドが魅力で、2000年代前後に台頭してきた初期のアニマル・コレクティヴやデヴェンドラ・バンハート、ジョアンナ・ニューサムらを指していたフリー(ク)・フォークの文脈と接続する部分もあったと思う。

それだけに、《Rough Trade》からも作品を出すようになっていた中、2000年代前半に活動休止に入ってしまったのは実にもったいないと個人的には感じていた。乱暴に言ってしまうと、2000年中盤以降にフリート・フォクシーズやボン・イヴェールらが登場する流れの源流にはモルディ・ピーチズがあったと思うし、ロウ・ファイではあったもののポップなフックを持った曲調へのシンパシーという点では今日のレモン・ツィッグスやホイットニーらにも間接的に影響を与えていると思っていたから。あるいは、『Then I Try Some More』で鮮烈的なデビューを飾ったジョアンナ・スタンバーグの背中を目に見えないところで押したのはモルディ・ピーチズと、ソロに転じてから、これまでに10枚以上のアルバムを発表してきているアダム・グリーンだったのではないだろうか。

前置きが長くなってしまったが、2枚組となる本作はそんなアダム・グリーンのトリビュート・アルバム。言ってみれば、フォーク音楽の伝統をぶっ壊す姿勢で、それでもポップに継承しようとしたアダム・グリーンとモルディ・ピーチズのスピリットを共有できるアーティストたちが、ルー・バーロウやレモンヘッズら上の世代からも、レモン・ツィッグスやジョアンナ・スタンバーグら下の世代からも集められている。現在において“Anti-Folk”の土壌がわかりやすくどこかのシーンとコミットしていると断言することは難しいものの、アダム・グリーンを前後世代を繋ぐ起点として、細く長く連綿と“このムード”の系譜が続いていることを伝える非常に意味のあるコンピレーションと言っていいだろう。

アダム・グリーンと同世代で同じように“Anti-Folk”の後継者的存在として活動してきたレジーナ・スペクターと彼女と同じくロシア系アメリカ人で彼女の夫でもあり、何よりモルディ・ピーチズのギタリストでもあったジャック・ディシェルによる「We’re Not Supposed To Be Lovers」(2003年発表作『Friends Of Mine』に収録)に始まる26曲、すべての曲が見事に“アダム・グリーンイズム”を理解し、リスペクトし、その歌の世界を謳歌している。レモン・ツィッグスによる「Baby’s Gonna Die Tonight」(2002年発表作『Garfield』に収録)、ジョナサン・ラドーによる「Emily」(2005年発表作『Gemstones』収録)、ファーザー・ジョン・ミスティによる「Musical Ladders」(『Friends Of Mine』に収録)のように、割と気を衒わずに原曲に素直に向き合ったものが多い(実際にロドリゴ・アマランテがグリーンと共演した「Birthday Mambo」(2016年発表作『Aladdin』収録)がそのまま収められていたりも)。ロウ・ファイで手作り感覚を持つグリーンの作品が、実はアレンジ、テンポ含めて、もはや再構築するまでもなく“出来上がって”いたことに気付かされるし、再解釈するより何より、まずは一緒に歌ってみたいと思わせる曲ばかりなのではないか、ということもよくわかるのだ。そして、それこそが“Anti-Folk”というスピリットを継承してきた、あるいはロウ・ファイ、ジャンクという文脈からも高い評価を得てきたアダム・グリーンの歌に対する素朴な哲学なのかもしれない。彼の歌の特徴が、ヴォーカル・ミュージックと呼べるほどに朗々と喉を響かせるスタイルであるということは、つまりはそういう自身の歌への思いがそこに込められているということなのではないだろうか。

そういう意味では、例えばデヴェンドラ・バンハートによる「Pay The Tall」(2006年発表作『Jacket Full of Danger』収録)、ジョアンナ・スタンバーグによる「Dance With Me」(『Garfield』に収録)のようにデモさながらに自宅でサクっと歌ったようなカヴァー、チープなシンセの中から歌を立ち上らせたTVオン・ザ・レディオのキップ・マローンによる「Drugs」(『Jacket Full of Danger』収録)のような解釈にこそ、アダム・グリーンの本質が表出されているのかもしれない。だから、原曲を一切知らなくても……いや、知らない人であればなおさらグリーンの“ヴォーカル・ミュージックとしてのソングライティング”の魅力に即座に辿り着くはずだ。なお、ラストに参加しているDooorsというのは、スペルをよく見てもらうとわかるように(“O”が一つ多い!)、もちろんあのドアーズではなく、謎のドアーズ・トリビュート・アクトがグリーンの「Musical Ladders」の歌詞をドアーズの「Riders On The Storm」の曲調に乗せて歌っている、よく似た別の曲(タイトルは「Musical Ladders」(alt take))。オリジナルより3倍も長い、実に6分ものサイケデリックな再構築ヴァージョンで、グリーンのパスティーシュ精神を馬鹿馬鹿しくも痛快に伝える最高のクロージング曲になっている。

ところで、驚くことに昨2023年、モルディ・ピーチズが復活することが発表された。折に触れてライヴをやったりはしていたし、2007年に公開された映画『ジュノ』でモルディ・ピーチズの「Anyone Else but You」(2001年発表作『The Moldy Peaches』収録)が使われたことをきっかけのひとつとして(サントラにはキミア・ドーソンのソロ曲が多く含まれていた)、2000年代も終盤に入るとモルディ・ピーチズは俄かに再評価され始めていただけに、正式に活動再開が表明されたとあっては新作のリリースも期待してしまう。ドローイング作品やヴィジュアル・アート作品にも力を注ぎ、自ら主演・監督・脚本も担当した『The Wrong Ferrari』(2011年)、『Araddin』(2016年)などの映画制作にも積極的なアダム。だが、バート・バカラック、フランク・シナトラ、スコット・ウォーカー、セルジュ・ゲンズブール、あるいは歌い手としても高いポテンシャルを放つベックやジャーヴィス・コッカーらにも匹敵しうる、“ヴォーカル・ミュージックとしてのソングライティング”に今ひとたび脚光を! と願う。(岡村詩野)



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