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Actress: LXXXVIII

2023 / Ninja Tune / Beatink
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不完全かつ不均衡な面白さ

21 November 2023 | By hiwatt

チェスのチャンピオンをスーパーコンピューターが最初に打ち負かしたのは、もう四半世紀も前のこと。ただ、この試合でIBM社のスーパーコンピューター「ディープ・ブルー」が勝てたのは、バグが発生したからだと昨年に開発者が明かしている。猫も杓子もAIな時代において、かつて冷淡なイメージのあったビットの粗いブラウン管モニターのコンピューターのようなレガシーメディアや、粗があった頃のテクノロジーはノスタルジーの対象となり、温かみを持つようになった。

ダレン・カニンガムによるプロジェクト、アクトレスの3年ぶりのアルバム『LXXXVIII』は、ローマ数字で「88」を意味しているが、今作はアートワーク面も含めて黎明期のオンラインチェスがモチーフになっており、タイトルはチェス盤のマス目(8×8)を表している。

当時にはまだその概念が確立されていなかったが、同じく黎明期のオンラインチェスをモチーフにした音楽作品といえば、マニュエル・ゲッチングの『E2-E4』がある。81年録音のハウス/テクノのミッシング・リンクだと言われるこの作品だが、シーケンスされたビートが1時間もループし、9部構成のうちにシンセサイザーや、ヴィニ・ライリーやスティーヴ・ハイエットのような小気味良いトーンのギターが挿し込まれ、それらが試合前の緩やかな緊張から試合の流れを演出する。モニターを通して対戦する無機質な様式美をある種批評的に俯瞰で表現している。

対して『LXXXVIII』は主観的で没入感のある印象。モノクロームのチェッカーパターンに内在する対称性や双極性がこの作品にはあり、先攻と後攻を有するその構造自体を取り込み、攻防戦や形勢逆転する様を、曲ごとにジャンルやビート、BPMが移り変わることで表現している。音楽面でも『E2-E4』からの影響を感じ、「Oway(f 7)」や「Pluto(a 2)」はそれが顕著だと言える。

カニンガムは現在ロンドンを拠点としているが、出身はイングランド中部のウルバーハンプトン。プレミアリーグに所属するフットボールチームがあることで知られるが、彼はその隣町にあるウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFCの選手であった過去を持つ。このチームも当時からプレミアリーグと2部リーグを行き来するほどの有力なチームであるが、カニンガムは怪我が理由で早々にプロフットボーラーとしての人生を絶たれ、音楽に没頭していくことになる。彼が育ち、挫折を経験したこれらの地域は、イングランドの第3都市のバーミンガムの近郊にあり、彼の音楽の基本的なトーンはRegisやSurgeon、Femaleらのようなバーミンガム・サウンドに似たモノクロームな音風景を共有しているように思う(Peter SuttonがFemaleを名乗るセンスにも共通するものがある)。

アクトレスの『Splazsh』(2010年)、『R.I.P.』(2012年)、『Hazyville』(2014年)から成る初期3部作においては、バーミンガム・サウンドとはビートが違うものの、共通する産業都市のムードがある。前作『Karma & Desire』(2020年)は、その退廃的な側面の深みにより入り込んだ傑作であったが、最新作ではキャリアの原点に回帰する意識が感じられる。というのも、初期作品でも聴ける彼が得意とするビットクラッシュサウンドが最新作のモチーフと食い合わせが良く、そのために箪笥から引っ張り出してきたようにも思えるからだ。

この作品で気になったポイントがある。それは「Game Over(e 1 )」というタイトルの曲が序盤に位置付けられていること。アルバムの最後に持ってきそうな曲だが、若くして大きな挫折を経験した彼の人生を重ねた時に、そのためにチェスという逆転可能なゲーム構造を作品のメタファーにしていると思えた。その考えに至った時にこの曲の聴こえ方が変わり、解くことのできないケーブルのように複雑なグリッチビートと、陰鬱なアンビエントが纏わり付いたヴォーカルが重なり、美しい記憶として楽曲に昇華しているように感じた。

その次の「Typewriter World( c 8)」も非常にセンセーショナルな楽曲で、ザ・フォールのマーク・E・スミスに似た、吐き捨てるような発声のバリトンボイス(おそらくドイツ語)が中毒的。ドイツへの視線を多く感じる今作なので、それこそスミスとマウス・オン・マーズによるコラボプロジェクトVon Südenfedに着想を得たのかもしれない。

9曲目の「Green Blue Amnesia Magic Haze(d 7)」も、お気に入りの楽曲だ。彼の情景描写の能力は確かなもので、アンビエント・トラックにおいてはジャーナリスティックと形容したくなるほどに、表現が的確。「グリーンブルーな忘却魔法の煙」という荒唐無稽なタイトルを提示されても納得してしまうのだから。

前作と比較した時に、正直に言うと『Karma & Desire』の方がよくできた傑作かもしれない。だが、『LXXXVIII』の方が不完全かつ不均衡で面白い。平均点を提示し続けるより、「面白い」を更新できる作家の方がいいじゃないか。私はそう思う。(hiwatt)



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