まずはここから──空を飛びたかった男の再出発
2018年10月18日。同年6月にジェイ・ロックがリリースしたアルバム『Redemption』をプロモートする《The Big Redemption Tour》のオークランド公演で、REASONはロックに先立ち《The New Parish》のステージに立った。そこで「《TDE》の音楽はヒップホップであれR&Bであれ、全部リアルな場所から来るんだ」と誇らしげに語った彼は、自らも同レーベルのファンであることを強調し、最後にはイーストサイド・ジョニーによる「WIN」のパフォーマンスに加わっていた。
REASONがそんな、大ファンであったレーベルを離れる決意をした理由は、「もっと自由に活動したかったから」という、言ってしまえばよくあるものだった。両者がどういった部分でどれだけ折り合わなかったかは当人たちにしか分からないが、REASONの置かれた環境が彼にとって理想的なものでないことは、第三者の目にも明らかだった。《TDE》からの独立を発表した直後、そのデル・アモ出身のスピッターは、同レーベルにサインする前にそうしていたように、アクティヴに活動したいと息巻いていた──コラボしたいアーティストと作品を制作し、新生アーティストをフックアップし、受けたいインタヴューを受け、MVを好きなように撮り、Datpiffを模したサイトからビートジャックもののミックステープをリリースしたい、と。
ニッキー・ミナージュが最新作のリリース時に人気ストリーマー=Kai Cenatの配信に登場したことを引き合いに出し、REASONは、ベテランが親和性の高い若手を差し置いて数字の取れるアーティストを客演に呼ぶような、いわばエコシステムを軽視したフィーチャリングのあり方に、一定の理解を示しつつも苦言を呈する。それだけに、とでも言うべきか、今作ではあくまでオーガニックなつながりに基づき客演陣をピックしたことが窺える。たとえば「Fly Away」と「Stuck On Moments」に客演しているD’Anna Stewartの、Spotifyにおける月間リスナー数は、本稿執筆時点でわずか794人だ。しかしながら、REASONと共に「時々どこかに飛んでいけたらと思う」と繰り返す彼女のコーラスはヴァルネラビリティに富み、自由を渇望していた彼の心情を見事に表現している。また、リード・シングル「Not What You Think」では、以前より親和性の高さを見せていたレーベル《Dreamville》のBasと共演。苦境の中で前を向くような、静けさの中に力強さを感じさせる言葉をスピットしている。
とはいえ、あれだけ鼻息荒かったREASONの《TDE》脱退後初の作品、それもミックステープとなれば、それこそリル・ウェイン『Da Drought 3』(2007年)のようなやりたい放題の作品になろうかと思いきや、意外にもおとなしい。落ち着いた曲調のものが多いというだけでなく、しっちゃかめっちゃか感がなく、(いいことではあるが)捨て曲らしい捨て曲もない。「100 FREESTYLE」でイェ(旧カニエ・ウェスト)の「We Major」をビートジャックしてみせたり、「Hol’ That」で50セントを思わせるようなフックを歌っていたりと、ある程度の自由さは感じさせるものの、「それだけでいいの?」と言いたくなるような、妙なまとまり感がある。ただ、これも捉えようだ。故ニプシー・ハッスルはリオ・コーエンから「素晴らしい曲やひどい曲よりも、いい曲のほうが扱いが厄介だ」と、助言を受けたことを明かしていた。《TDE》下であれば絶賛されるでも酷評されるでもなくお蔵入りになっていたような“良曲”を集めた、今作のような作品こそ、ある意味では、REASONの求めた自由を体現するものなのかもしれない。
一人語りからなる「Do More With Thoughts and Ideas」と「I Really Do Love You Memoir」は、次にリリースされるであろうアルバムのティーザー的役割を果たしている。曰く、次作ではメンタル面において彼が経験したことが題材として扱われるほか、クレオ・ソルが彼にどう影響を及ぼしたかについても語られるらしい。ただ、今作においてより重要なのは、それらのトピックについてまだ語られていないことだ。一度は音楽制作をやめかけたそのラッパーは、これから本格的に空を飛び、自由を謳歌しようとしている。(奧田翔)
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