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Oracle Sisters: Hydranism

2023 / 22TWENTY / P-Vine
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3人はイドラ島をめざす

02 June 2023 | By Fumito Hashiguchi

今作が録音され、アルバム・タイトルにも登場しているギリシャのイドラ島(Hydra)に数日間滞在したことがある。2008年10月のことだ。アテネから船で約2時間ほどの小さな島で、自動車やバイクなどの車両は禁止。人々は白壁に囲まれた狭い石畳の道を歩き、荷物の運送にはもっぱらロバが使われている。たくさんいる野良猫はもれなく人懐っこい。エーゲ海クルーズのコースに入っており、一日に何度か大きな客船が水平線から現れては寄港し、主にヨーロッパからの観光客たちがわらわらと上陸しては、短時間で帰っていく。地元の男たちは午後の早い時間から港に面した店でウーゾ(酒)を飲みながら、つまらなそうに、だが何時間もバックギャモンに興じていた。まるで無為に過ごすことこそが最上の行いであるかのように。この島はいつどのようにして彼らオラクル・シスターズを招き入れたのだろうか。



(筆者撮影)

バンドの物語はベルギーのブリュッセルに始まる。メンバーの男性2人、ルイス・ラザーとクリストファー・ウィラットは少年時代を共に過ごし、様々なポップ・ミュージックに触れる中で曲作りを始めるようになる。その後、各々ブリュッセルを離れ音楽及び芸術活動を行っていたが、2017年にパリにて合流し、オラクル・シスターズが誕生する。そしてフィンランドからパリを訪れていたユリア・ヨハンセンがもう一人のシスターとして加わり、本格的に活動を開始。2018年から少しずつ曲をリリースしていき、2作のEP『Paris I』『Paris Ⅱ』が高評価を受け、多くの人の耳に届いた後、いよいよアルバムの制作に入ることになり、その地として選ばれたのがイドラ島だった。そもそも、ルイスはそれ以前から画業の関係で島へと通っていたようで、その際に出会った音楽プロデューサーであり、ヴィンテージ・レコードや楽器、機材のコレクターであるスティーヴン・コロレード=マンスフィールドが2015年に設立したスタジオ《The Old Carpet Factory》で録音は行われている。スタジオはその名の通り、かつてはカーペット工場として使われていたマンスフィールド一族の歴史的邸宅の一部を改装したもので、18世紀の建物にアナログなヴィンテージ機材とデジタルのハードウェアをハイブリッドに搭載した型破りな空間だそうだ。

録音は2020年パンデミック期の2ヶ月間。観光客の消えたあの島はどれほど現代社会から切り離された場所であっただろうか。籠城と言うにふさわしい場所と建物が一種の装置となり、バンドはフォーク、ロック、ジャズ、ブルーズ、ボサノヴァの遺産に微笑みながら目配りを利かせたような、チャームに溢れた音楽を作り出した。



ギターとピアノがメインのシンプルなサウンドとヴォーカル、ハーモニー。うっすらとサイケデリックであり、ノスタルジックであり、時にはシアトリカルでもある。甘美なエレガントさを基調としつつも、スタイリッシュというより、どこかエモーショナル。特徴であるコーラスワークにしても、精緻なだけでなく、時にユニゾンでメイン・フレーズを叫んでしまう(「Hail Mary!」「Hot Summer!」)あたりに彼らのロマンティシズムの発露を見てしまう。

この音楽が時間軸と地理上の両面においてエスケイピズムを基にして成立していることはよく分かる。しかし、それは単なる無邪気な振る舞いというわけではないようだ。アルバムのスリーヴには近世イングランドの詩人ジョン・ダンによる(ヘミングウェイ『誰がために鐘は鳴る』の引用元として知られる)「瞑想録第17」が掲載されており、その詩は「人は離れ小島ではなく、一人で独立してはいない」と始まる。ある種の享楽的な逃避行を認めつつ、過去と未来の狭間で、何かを創造するために自分たちが選び取った賢明な精神を要約したものがタイトルのHydranismという一語には込められているように思える。

パリ発、そしてこの編成ということから、思わず映画『はなればなれに』の3人のことを連想した。原題「Bande à part」を「ならず者たちのバンド」と解釈するなら、ぴったりだとも思えるが、モデル業も多忙だというユリア・ヨハンセンがジョアンナ・シムカスにとてもよく似ていることもあり、『冒険者たち』の3人組もまたふさわしいかもしれない。(橋口史人)



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