ロンドンをハブとしたフレッシュなミュージシャンたちの活動を切り取るショウケース
2021年にリリースされたTirzahの『Colourgrade』は自由な曲構造やアイデアに満ちたサウンドを特徴とし、《Pitchfork》をはじめとする音楽メディアに絶賛された傑作だった。そんなアルバムのリミックス集である『Highgrade』も、おざなりな別ヴァージョンの寄せ集めなどではない。先鋭的なミュージシャンが集まり、それぞれの創造性を発揮する場になっている。
たとえば「Crepuscular Rays」のリミックスでは、ニューエイジ的で幽玄な作風を持ち味とするLafawndahが原曲をさらに融解させたような解釈を見せ、Arcaによる「Colourgrade」のリミックスでは、原曲のヴォーカルを変調し磨き上げ、Arca特有の輝度の高いテクスチャーを作り出す。こうしたリミックスが個々のアーティストの個性を再確認させる一方、ポストパンク~オルタナティヴ・ロック的なサウンドを特徴とするプロデューサー、Wu-Luによる「Recipe」のリミックスは終盤までビートレス。シンセと逆回転のループ、ノイズだけでトラックを引っ張るという意表をつくトラックで、その意外な一面を垣間見せる。
そんなリミックス集について、もっとも盛り上がったのはTirzahと同じくロンドンを拠点とするミュージシャン、ロレイン・ジェイムスが参加していたことだ。別プロジェクトのWhatever The Weatherや来日公演を経て日本の音楽ファンの評価も定まった感があるロレインだが、2021年において、彼女の『Reflection』は『Colourgrade』と並んで刺激的で、また興奮させてくれる作品だった。思えば過去のインタヴューでもロレインは「ほかの誰もやっていないことにTirzahは挑戦し続けています」「とてもミニマルだけど、あんなレコード(『Colourgrade』)はいままで誰も作ったことがない」と語っており(*1) 、もとからその音楽にシンパシーがあったためこのリミックス集の参加に至ったのではないかと思わせる。しかし、不定形にたゆたうTirzahの音楽と、鋭角的で未来的なロレイン・ジェイムスのサウンドは一見正反対にも思え、その仕上がりはなかなか想像しづらかった。特に、ロレインがリミックスを担当する「Hips」はもともと泡立つシンセのなかTirzahの声が浮き沈みするような茫洋としたトラックであり、どう料理されるのかなおさら想像しづらかった。
実際にそのリミックスを聴いてみると、出だしから駆け回るシンセとハイハットにぶっ飛ばされる。BPMは160前後で極端に速いテンポではないが、本来8+8+8+8で一つのパターンとして構成されるループが8+7+7+8と変拍子的に縮約されることによって強烈な加速感を生んでいる。こうした原型を留めない大胆なアレンジのなか、30秒辺りからTirzahの声と思わしき「cold…cold…」というヴォイスが裏打ちのシンセと同期して打ち込まれ、1分辺りからはその柔らかいヴォーカルがはっきりと顔を出す。しかし、そのヴォイスはすぐ切り刻まれ、やがてピッチアップされた「chest」という声や、聞き取り不能なつぶやきが乱れ打ちされるなか、トラックはクライマックスへと向かっていく。これはTirzahの楽曲を借りつつもロレイン・ジェイムスでしかない、名リミックスといえるだろう。
《Bandcamp》の紹介文は本作を「オーケストラル・ジャズからデコンストラクトR&B、ミニマルで金属的なエレクトロニカまで、『Highgrade』はTirzahの音楽そのものと同様にジャンルに括りがたく、それゆえ素晴らしい」とまとめているが、これを言い換えれば、ジャンルレスかつ謎めいた『Colourgrade』の本質をリミキサーがそれぞれとらえ、それぞれの解釈で表現しているともいえる。同時に重要なのは、ここに参加した面々がその後も刺激的な作品を生み出し続けていることだ。本作と前後して発表されたWu-Luの『LOGGERHEAD』は2022年の名盤として各メディアから称賛を受けたし、ロレイン・ジェイムスはその後野心的なコンセプト作『Building Something Beautiful For Me』を発表している(そういえば、そこから先行発表された「Maybe If(Stay On It)」はどこかTirzahの影響を感じさせるトラックだった)。そう考えると本作はロンドンをハブとした、フレッシュなミュージシャンたちの活動を切り取ったショウケースとしても楽しめる。ぜひ2023年に新しい音楽を追ううえで、聴いておきたいリミックス集だ。(吸い雲)
『ele-king Vol.28』(2022年)38ページ。
注:フィジカルはアナログ・レコードのみ
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