金継ぎとクリリン
──不完全な人間に捧ぐ歌
昨月『Oxford English Dictionary』に新たに追加された日本語由来の23単語の中には、“katsu”や“donburi”と並んで“kintsugi” (金継ぎ)があった(参考)。陶磁器の破損部分を修繕する技法・伝統工芸として知られる金継ぎであるが、特に英語圏ではそれのみならず、不完全であることを受容し愛するという概念を体現・象徴するものとして近年注目されている。
SiRの最新作『HEAVY』リリースに先立ちリリースされた「NO EVIL」のミュージック・ヴィデオは、彼のビルドアップされた上半身を映し続けたものであり、ディアンジェロ「Untitled (How Does It Feel)」(2000年)のそれを彷彿とさせると同時に、金継ぎをモチーフにしたものでもある(このMVに登場する女性の身体には金色の筋が走っており、さながら金継ぎでいうところの継ぎ目のようだ)。さらに、この〈金継ぎ〉は『HEAVY』を貫くコンセプトでもあると本人は語る。そうであるのは、彼が自らの不完全さを痛感するような出来事があったからに他ならない。Scribz Rileyとの「Life Is Good」のMVが2022年7月に公開された際、新作のリリースも間近と噂されたが、そこから同作リリースまで結局2年近くを要したのも、その出来事が原因である。
端的に言って、それはパーコセットやアルコールやコカインへの依存症と不貞であった。一般的に、アーティストは一定の成功を収めてセレブリティを手にし、周囲の環境がガラッと変わると戸惑いを覚えるものであるし、それを作品や楽曲の題材とすることも珍しくない。前作『Chasing Summer』(2019年)が《Billboard 200》に3週チャートインしたSiRも例外ではなかったようだ。レーベル・メイトのアイザイア・ラシャドを招いた「KARMA」でも語られるそのプレッシャーに、当時の彼はまだ準備できていなかったのだ。
薬物依存については表題曲で語られるとおりだ。《TDE》お抱えのTaeBeastが手がける、ドラッグの酩酊感を思わせるビートに乗せ、SiRは「俺は自分を優しく殺し続けている(I’ve been killin’ myself softly)」と歌う。実際に彼はリハビリ施設に出て入ってを3度繰り返したと語る。また、タイ・ダラー・サインをゲストに迎えた「IGNORANT」では妻以外の特定の相手がいる現状に満更でもない様子が窺える。生まれたばかりの愛娘がいながら、15年間続いた結婚生活は暗礁に乗り上げていたと彼は明かす。
そんな自らを救うために、SiRは音楽に頼った。
だからだろうか、切なさやトキシックな要素がありつつも全体的に開放感・爽やかさが感じられた前作に比して、今作はややドロっとした印象がある。膿を出し切る過程でみられる〈淀み〉とでも言おうか。「SIX WHOLE DAYS」の途中でBPMが遅くなるあたりなど、まさにその〈淀み〉が凝縮された箇所といえよう。
同時に、そのようにセラピーを目的とした作品だからこそ、息が詰まらないように遊びの要素を意識的に多く取り入れたようにも感じられる。アンダーソン・パークとの「POETRY IN MOTION」におけるラップのような歌い方やワードプレイもさることながら、ディプロマッツを思わせるようなイントロで性愛をストレートに歌い上げる「YOU」など、コンフォート・ゾーンを意図的に抜け出したような音作りが印象的だ。ちなみに前者は中学校時代の同級生であったNoizが、後者はドレイク&21サヴェージ「Rich Flex」(2022年)のソングライティングなどで知られるJ. White Did Itが手がけている。
ただ、SiRはやはりどこから来たかを忘れていない。「RICKY’S SONG」へのインタールードでは彼の父親が登場し、イングルウッドのストリートの危険性を説く。そして、自らの不完全さを認めるとともに行為の結果に責任を負う姿勢を見せる「ONLY HUMAN」は、本作のハイライトともいえるが、ゴスペルを感じさせる後半のパートは教会育ちの彼ならではだ。
最も好きな架空のキャラクターの一人に、SiRは、先日この世を去った鳥山明氏の代表作として知られる『ドラゴンボール』のクリリンを挙げる。「いつも悟空の味方をしていて、普通の人間になら問題なく勝てるけど、いつも最初に負けるような奴なんだよ」と、ウィードをくゆらせながら嬉しそうに話す。本作の制作過程でまさに「I’M NOT PERFECT」と感じたSiRがクリリンに自らを重ね合わせたのだとしたら、ちょっと面白おかしくもあるけれども、これ以上に本作を味わい深く感じさせてくれるエピソードもそうそうないだろう。
SiRが薬物依存と向き合うきっかけとなったのは、とある手術に先立ち麻酔の際、医師から「これらの薬物を過去3日間に使用していないですよね?」と訊かれ、正直に答えたその場に妻が居合わせたことだった。それから妻と正直な会話を重ね、ワークアウトに夢中となったクリリンは、今では1年4ヶ月薬物を断っている。(奧田翔)
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【REVIEW】
SiR『Chasing Summer』
http://turntokyo.com/reviews/chasing-summer/